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百匹目

「百匹目の猿」
ってご存知ですか?

つまりですね。
……猿じゃなくて烏を喩えにしよっかな。

烏のくちばしは、くるみなどの硬いナッツを割るほどの力を持ちません。
でも、くるみはおいしい。
烏だって食べたいですよね?
じゃあどうするか?

何年前だったかな。
確か、中学生時代の友人からこの話を聞いたのが始めだったから、もう30年近く前でしょう。

さほど混雑しているわけじゃなく、ときおり車が通るような道の、車のタイヤが通るあたりにくるみを置く烏の存在がニュースになりました。

当然タイヤでくるみの殻は粉砕され、烏はその中身を食べることができます。

でも、最近になって、吉野だったと思いますが、カラスが殻のかたいナッツを地面に置いて、車に粉砕させようとしているのを私も見ました。

かなり多くのカラスが、この手法を学んでいるようです。

これはなぜでしょう?

二つの理由が考えられますよね。
一つは、最初に車でくるみの殻を割ることを思いついた烏のそばにいた烏がそれを真似、また他の烏がそれを真似……という風に、徐々に伝播していったのではないかという考え方。
もう一つは、まったく別の地方でも、同じ発想をする烏が複数表れ、それぞれに伝播しているのではないかということです。

そして、「百匹目の猿理論」は、最初にそれを始めた烏を真似る烏が現れ、その手法を知る烏の数が閾値を越えたとき、直接その手法を目にしたことのない烏たちにもこの知識が伝播する、という考え方なんですよね。

「んなアホな」
と思うでしょ?

ええ。
これは今では、「似非科学」「擬似科学」と呼ばれています。

でも、この説を提唱したのは、ライアル・ワトソン。
れっきとした動物学者さんなんですよ。

ただ彼女の説の基礎となるべき「動物観察」には、ねつ造が多いとも言われているようで(^^ゞ

とはいえ、「あり得ないことじゃない」と思わせる、不思議な説得力もあるようには思います。
というか多分、多くの人が「そういうこともあったらいいな~」って思うところを巧みについてきはるんでしょうね(笑)

でも、彼女の感性が優れていて、科学では証明できないけど、「存在する」現象を察知しているという可能性も、ゼロとは言い切れません。

さてさて。
次に話題にしたいのは、「形態形成場理論」について。

名前ぐらい聞いたことはありますよね。
でも、詳細に調べてみたことはありませんでした。

WIKIをみると、えれぇややこしい話みたい(^^ゞ

この仮説は以下のような内容からなる:

1. あらゆるシステムの形態は過去に存在した同じような形態の影響を受けて、過去と同じような形態を継承する。(時間的相関関係)
2. 離れた場所に起こった一方の出来事が、他方の出来事に影響する。(空間的相関関係)
3. 形態のみならず、行動パターンも共鳴する。
4. これらは「形の場」による「形の共鳴」と呼ばれるプロセスによって起こる。

非常に簡単に言えば「直接的な接触が無くても、ある人や物に起きたことが他の人や物に伝播する」とする仮説である。


私がこの話を聞いたのは、群れで飛ぶ鳥たちの動きを見ながら、旦那からでした。

群れの鳥たちの動きをみると不思議じゃありませんか?
先頭の鳥が方向を変えると、ほぼ同時に他の鳥も向きを変えます。

人間の目には「ほぼ同時」に見えますが、実際は少し遅れてるのかもしれません。
しかしもしこの現象を、「形態形成場」で、説明するならば、
「先頭の鳥が向きを変えようとするとき、その意志が瞬時に伝播して、他の鳥も同時に向きを変える」
となりますよね。

あり得ないことでもない気がしますし、科学者の中にもこれを肯定する人もいるみたい。

ただ、この理論を提唱している人物の名前で検索するとね(^^ゞ

彼の名前は、ルパート・シェルドレイク。
WIKIによれば、
「なお、シェルドレイクは生化学において博士号を取得した英国王立協会会員である。また、アメリカのPBSテレビは「現在もっとも注目すべき6人の科学者」の1人に挙げた。」
らしいんですが……。

シェルドレイク博士の名を知ったのは、この記事がきっかけでした。
驚異のオウム「ンキシ」

天才ヨウムのアレックス君は有名ですが、私は「ンキシ」の名前を初めて知りました。

しかし……。
この記事の内容は、どうも胡散臭い(T_T)

オウムが人間の言うことを理解して、会話をすることができるというのはあり得ると思います。
うちのあほ鳥でさえ、怒られたことは理解しているようですし、それに対する反応をしますから。

ただ、別室にいるオウムが、飼い主の見ているものがわかるってのはどうなん?
なんか……それはちょっとどうなん?

……と、「オウム ンキシ」で検索してみましたらば、
訃報:オウムのアレックス+消えたンキシ
という記事にぶち当たりました。

英語を読むのはちょっと難しいんですが~……。
BBCに、「ンキシ」についてのニュースがあったようです。

Parrot's oratory stuns scientists

翻訳ソフトを使って内容を読むと、
「ンキシはボキャブラリーが豊富で、飼い主と別の部屋に入れられて実験したが、飼い主が見たものがわかるようであった」
みたいな内容ですね。

しかしその記事のあったURLには、今は別の記事が掲載され、その末尾に、
「This story about animal communication has replaced an earlier one on this page which contained factual inaccuracies we were unable to correct. As a result, the original story is no longer in our archive. It is still visible elsewhere, via the link below: 」
と付記されていると。

翻訳ソフトを使うと、
「動物の意志伝達に関するこの話は私たちが修正できなかった事実上の誤りを含んだこのページの以前のものを取り替えました。 その結果、オリジナルの話がもう私たちのアーカイブにありません。 それは以下のリンクを通してほかの場所でまだ目に見えています。」

つまり、ンキシの記事は、事実上誤りであるというのがBBCの見解のようで(^^ゞ

ただもちろん、これがまったくの嘘であるとは言えません。
言えませんが、はっきり言えないものを、「ある」と言っちゃうのもなぁ(^^ゞ

「ある」ような気はする。
でも、はっきりしないのに「ある」と言われると、反発を覚える(笑)

この手の話題は難しいっすわ~。

アドベント

子どもの頃、誰にもらったんだったか、なんでもらったんだか忘れたんですが、
「のりこちゃんへのプレゼント」
ということで、外国の本が10冊ぐらい手元にありました。

「これで英語に興味を持たせよう」
っていうつもりで、親がくれたんだったっけ?
でも、当時、父親は忙しかったし、母親はそんなハイカラなもんに関する知識はなかったと思うし……。
親ではないっぽいなぁ?

私は文字を本で覚えたんですよね。
「世界童話宝玉選」という本がありまして。
母曰く、
「あんたは字を覚えるのが早かった。3歳のときにはもう本を読んでた」
そうです。

それで、「それなら英語も」となったというのは、あり得る話かなぁ。
父方の伯母は、昔からお洒落な人だったし、子どもの教育にも熱心だったから、そこらへんからもらったと考えるのが、一番ありそうな気はします。

でも、残念ながら、私はそれで英語を覚えることはありませんでした(^^ゞ
もし、面白そうなストーリーだったら覚えたかもしれませんが……。

中途半端な内容だったんすよ。
外国の子どもたちが季節の行事に参加しているイラストがあって、
「○○ちゃんは××をしています」
みたいな説明のある本。

しかも、その内容が、
「ハロウィン用の仮装をしています」
とかさ。
「クリスマス用に大きなもみの木を切りに行きました」
みたいな。

どこにどう共感しろって?????
……という内容(笑)

たぶん、この本を選んだのは、
「外国の行事に関心を持たせよう」
という意図があったんだろうなぁ、多分。

ハロウィン用のおかしを入れるバスケットの作り方……なんてのもあったし、クリスマスツリーの飾りの作り方もありました。

バスケットは材料がそろわなかったので作らなかったけど、ツリーの飾りはいくつか作った記憶があります。
手作業は好きだったんですね、子どものころから。

さてさて。
そんな絵本の中に、なぜか入っていたのが、12月のカレンダーでした。

カレンダーと言っても紙一枚のペランとしたものではなく、かなり分厚い、厚紙だったと思います。
そして、日を書いた枠は、ミシン線になっていて、ペリペリと開けてめくることができるように、細工がしてあります。

試しに1日のところを開けてみると、めいっぱいの笑顔を作った熊が手を振っている絵が描かれていました。

「なんじゃこりゃ?」

意味がわからなかった私は、2日も開けてみると、兎さんがおどけた表情を作った絵が描かれています。

「?????」

ますます疑問符で頭が一杯になり、次々にミシン線を切り取っていき、最後の一つを開けると、そこには、
「メリークリスマス!」
って書かれていたような記憶が……。

今思えばこれは、「アドベント・カレンダー」でしょう。

アドベントってのは、「降臨節」とか訳されてたと思います。
つまり、キリストの誕生日=キリストの降臨日を待ち望む期間を指す言葉で、調べてみると、クリスマス前の4週間を指すとか、クリスマスに一番近い日曜日までの4週間を指すとか、いろいろなパターンがあるようで。

ただ、よく知られているように、キリストの誕生日がいつかなんてことは、聖書には一切書かれていません。
なのになぜ、12月25日が、キリストの誕生日(もしくは誕生を祝う日)になったのかというと、ゲルマン民族の「ユール」を取り込んだからだというのが定説ですよね。

ユールってのは、本来、冬至を祝う日のことで、今年は12月22日になるみたい。

冬至は、昼間が一番短い日ですから、次の日からはどんどん長くなっていくことになります。
つまり、「太陽の復活日」なんですね。

だからユールは、キリストじゃなくて、太陽を祝う日だったわけです。

現在では北欧で「ユール」というと、「冬至祭り」ではなく、「キリスト降誕祭」を意味するということになってるみたいですが、本来的にはそういうことになるんですね。

ということで、北欧では、アドベント・カレンダーを「ユール・カレンダー」と呼ぶんだそうな。

冬至ってのは、どこの国でもとても大切な日だったらしく、古代日本でもこの日を「一年の始まり」と考えられていたらしき行事なども残っています。

ある神聖なスポットから見て、冬至の日に太陽が出てくる地点に、やはり神聖な祠などが設置されている……ということもある……とされてます。

つまりまぁ、12月に入るか入らないかのこの時期は、
「なんか楽しいお祭りを待ち望む、わくわくの時」
ってことですよね。

現在の日本では、あちこちでクリスマスツリーが設置され、ライトアップされ、そりゃもうキラキラですよ。
昨日も取材の帰り、大阪近辺をうろうろした(ちょっと迷ったとも言う)んですが、あっちこっちそりゃ綺麗でした。

今年も旦那と一緒に、クリスマスイルミネーション巡りの旅をしたいところだけど、この年末は旦那が忙しいから、どうなることやら。

なんにせよ、この時期、なんかわくわくするシーズンです。
旦那が忙しいんで、一人ぼっちのお出かけにはなりますが、キラキラを見に出かけてみようかな?
……でも、迷わないように、地図はちゃんとチェックしないとですね。

さ、今日を始めましょう。

菅原道真なんだなぁ

もうずいぶん前になっちゃいますが、水木しげる展で買ってきた、「日本妖怪大全」を読んでおります。
買ってきたはいいけど、他に読むものがあって、なかなか手をつけられなかったんですよね。

子どもの頃から水木氏の妖怪関係は結構読んでいるし、先だって読んだ、村上健司さんの「妖怪事典」がものすごく詳しかったので、そんなに新たな発見はなかったんですが……。

気になったのが、「ひょうすべ」の項でした。
「ひょうすべ」は、鳥山石燕の「図画百鬼夜行」によれば、どこからどうみても、ただの「毛深いおっさん」です(笑)
でも実は、そこにはさまざまな背景がありまして……。

「ひょうすべ」を漢字にすれば「兵主部」。
「兵主神社」は日本各地にあるようですが、そもそもは「兵主神」を祀る神社であったと考えられています。
それじゃ、「兵主神」って何?
……そう聞かれたら、答えに困るんですよね。

ただ、一般的には、道教の神(?)である、蚩尤と関係が深いと言われています。
WIKIを見ると、蚩尤と兵主神を関連づけているのは「史記」「封禅書」である……となってますね。

蚩尤は、金属神でもあり、武神でもあります。
というわけで、兵主神社と相撲には関係が深いように感じています。

その名残は、ひょうすべの別名「河童」にもあるでしょう。
鳥山石燕の絵からは、とってもじゃありませんが、ひょうすべ=河童とは思えません。
思えませんが、ひょうすべは河童と同じであるということになってます。
そして、河童が相撲好きであるということは、各地に残されたエピソードからも明らかでしょう。

さて。
ここまでは、前知識として持っていました。

問題は、ですね。
そのひょうすべの害を防ぐための呪文なんですよ。

ひょうすべは河童ですから、水の中で悪さをします。
人間のお尻から「尻子玉」を抜いて、溺れさせたりするので、「悪さ」と言っても、命にかかわるものです。
そこで、ひょうすべ=水難から逃れるための呪文なんてのも出てくるのですが……。

それがですね。

「ひょうすべよ 約束せしを忘るなよ 川立男氏も菅原」

って言うんです。

ん?菅原??

気になって調べてみたら、やはりこれは、菅原道真のことのようで。
これまたやっぱりWIKIによれば、
潮見神社の宮司・毛利家には、水難・河童除けのために「兵主部よ約束せしは忘るなよ川立つをのこ跡はすがわら」という言葉がある。九州の大宰府へ左遷させられた菅原道真が河童を助け、その礼に河童たちは道真の一族には害を与えない約束をかわしたという伝承に由来しており、「兵主部たちよ、約束を忘れてはいないな。水泳の上手な男は菅原道真公の子孫であるぞ」という意味の言葉なのだという。
と解説されています。

となるとですね。
菅原道真と兵主神=力士・金属と関係の深い神……という関係が出てくることになります。

これが、むっちゃツボ(笑)

そもそも、菅原道真という人は、本当に不思議な人です。
確かに、当時にあって、天下一の天才・秀才であったことは間違いないでしょう。
でも、彼の死後、なぜそれほどまでに恐れられたのか?
彼がただの「天才」というだけではなかったからでしょう。

そもそも、菅原道真は、野見宿禰公を祖とする土師氏の出でした。
野見宿禰公は、力士の元祖でもあり、また古墳造営に深い関係があります。
その後、土師氏は、古墳造営に携わる氏でした。

ですから、菅原道真と武神に関係があるということはうなずけます。
頭がいいだけじゃなく、ケンカも強いんだね~。ほっほっほ(←?)

そして、金属。
菅原道真公の太宰府への下向は、左遷ではなく、北九州の鉄鉱関係者との縁結びのためであった……という説を聞いたことがあるのですが、その出典は確認できてません。

でも、あり得ないことじゃないと思うんですよね~。
大阪南部に菅原道真の荘園がありますが、そこにはやたらと、「雷神伝説」がありますし。
雷神と鉄鉱は、無関係とは思えません。

それを裏付けるかのような、この、「ひょうすべ」と「菅原道真」の関係は……。

うっわ~、むっちゃ気になる!!

菅原道真公といえば、「天神様」ですよね。
でも、「天神社」で祀られているのは、道真公だけではありません。
さまざまな神様が祀られていますが、でも、一番多いのは、少彦名神ではないかと思います。

思いますが……。
少彦名神もまた謎の多い神様ですよね。

うつろ船に乗ってやってくるところは、「淡島様」「秦河勝」などの、「祟り神」を連想させます。
そういえば、兵主神は、秦河勝が持ち込んだという説もありました。
また、豊中市にある「服部天神宮」では、秦氏は少彦名神を尊崇していたと説明しています。

そして個人的に、「掌からこぼれおちた神」である少彦名には、「雷神」のイメージがつきまといますし。
少彦名と同じように体の小さい男、小子部スガルが雷神を捕まえたことも、何か意味があるに違いありません。

あぁ、この絡み合う糸たちの面白いことよ!!

……でもですね。
今日はちょいと寝不足です。

旦那が早朝に出かけたんですが、「間違いなく早起きしなくちゃ」という緊張感から昨夜あまり熟睡できず。
全然頭が整理できませんねんわ(^^ゞ
もう、広げっぱなし。散らかしっぱなし(笑)
すんません。

今日は午後から用事があるし、新しくいただいた仕事関係で呼び出される可能性があるので、昼寝もできまへん。

午前中は西宮で開催されている「アフリカの仮面と美術展」に行こうと思ってたんですが、今朝になって改めて調べてみたら、水曜休館でやんの(T_T)

仕方ないのでいろいろ調べたら、阪神百貨店で、「手工芸展」をやってるので、ちょっと早目に家を出て、ぶらぶらと見て回ろうかと思います。
用事は梅田だし、呼び出されるとしたら、場所は天満だし。
今日は梅田界隈をぶらぶらしますわ~。

ぶらぶらしてる間に、菅原道真についてなんか思いつけばいいんだけど(笑)

ということで、眠い頭をふりふり、用事始めます~。

私は中学校の約三年間、ものみの塔の集会に通い、高校・短大とイギリス国教系の学校に通いましたし、一応聖書は通読したはずなんですが……。

「七つの大罪」という言葉を知りませんでした。
いや、多分、この言葉を目にしたことはあったはずなんですが、明確に意識したことがありませんでした。

だから、映画「セブン」が大流行したときも、「へぇ~、七つの大罪なんて言葉があるんや~」と呆けていたほどで(^^ゞ

私の母校では、どちらかというと、「神の愛」に関することばっかり教えてたなぁと思い出しますわ。
のんきな学校だったんですよね~、ほんまに。

さて、昨日私は、「ブリューゲル版画の世界展」に行ってきました。
この画家さんは、日本でも結構有名でしたが、どんな絵を描くかと言われて、すぐ答えられる人はあんまりいないんじゃないかな。
絵画にまったく造詣のない私はもちろん、知りませんでした。

だから、駅なんかでこの展示会のポスターを見たとき、
「あ、ボッシュの絵だ!」
と思ったぐらいです(^^ゞ

ボッシュは、「悪魔はボッシュの描くように存在する」とかなんとか言われるぐらい、独創的な悪魔を造り出した人で、絵に興味のない人でも一度はどこかで観たことがあるんじゃないかと思います。

ブリューゲルは、ボッシュと同じネーデルランドの画家で、時代はほぼすぐその後。
ということで、かなりの影響を受けたようですね。
そりゃ似てるはずだわ(^^ゞ

ブリューゲルもまた、キリスト教的な題材で、絵を描いています。

その中でも特に印象に残った連作が、「七つの大罪」だったというわけ。

七つの大罪とは、
「暴食」「淫欲」「貪欲」「憤怒」「怠惰」「嫉妬」「傲慢」
のことだそうで、調べてみると、聖書の言葉じゃないんですね。
4世紀ごろに成立した思想のようです。

そして、ブリューゲルはこの思想をモチーフにして絵を描いているんですが、それぞれの中心に、それぞれの罪を擬人化した姿が描かれ、それに添うように、動物が書かれています。

すなわち、
「暴食」は、豚。
「淫欲」は、雄鶏。
「貪欲」は、ヒキガエル。
「憤怒」は、熊。
「怠惰」は、ロバ。
「嫉妬」は、七面鳥。
「傲慢」は、孔雀。

人間の罪を動物にあてはめるなんてのは、その動物に対して大変失礼な気もしますが(^^ゞ
でも、そのイメージはなんとなくわかります。

ちなみに、WIKIによれば、16世紀のドイツでも、悪魔や動物との関連付けが行われているようですが、それぞれちょっとずつ違います。

「傲慢」は、グリフォン、ライオン、孔雀
「嫉妬」は、蛇、犬
「憤怒」は、ユニコーン、ドラゴン、狼
「怠惰」は、熊、驢馬
「貪欲」は、狐、針鼠
「暴食」は、豚、蝿
「色欲」は、蠍、山羊

ですね。

ちなみに、仏教で言う三毒、すんわち、貪・瞋・癡も、それぞれ象徴する動物があるようなので、WIKIから引っ張ってきてみましょうか。

貪は、鶏
瞋は、蛇
癡は、豚(猪)

だそうで……。

こうやって見ると、イメージの悪い動物ってのは、世界共通なんすかね(^^ゞ

仏教に登場する、
鶏、蛇、豚は、キリスト教でもやっぱり登場している(^^ゞ

とはいえ、いまいちよくわからないものもありませんか?

ブリューゲルの絵を見ていて思ったんですが、例えば、孔雀が傲慢を表すのは、なんとなくわかります。
なんせあの綺麗な羽根ですから。
「俺、綺麗やろ?どや?」
と傲慢そうに見えるのも無理からぬことでしょう。
そういう目で見てしまうのは、「嫉妬」があるからだとも思いますが(笑)

また、豚が「暴食」と言うのは、「むさぼり喰っている姿」を連想しやすいからじゃないかと思います。
これが一番しっくりくる(笑)

「憤怒」が熊というのも、まぁわかるし、「怠惰」が「ロバ」というのも、イメージなのかなと思います。
確か、イソップ童話にも、怠け者のロバがよく出てきますよね。
貪欲のヒキガエルや、邪淫の雄鶏も、明確には納得できないけど、イメージ的にはなんとなくわかります。

一番わからないのは、七面鳥が「嫉妬」を象徴するっていうことなんですよね~。
なんで?

西洋の象徴は、日本人にとってわかりづらいものが多いです。
例えば、ペリカンがキリストを象徴することがありますが、これは、ペリカンは自分の血を与えて子どもを育てるという迷信があったからだとか。

迷信を元にされた象徴なんかわかるわけないやんねぇ(^^ゞ

ただ、八坂書房の「世界シンボル事典」にも七面鳥(ターキー含む)は載ってないし……。
「嫉妬」でひいても、七面鳥はでてきません。
なんでなのかなぁ?
日本では七面鳥はそれほど馴染みのない鳥なので、余計によくわかりません。

顔が赤いのが原因でしょうか?

ターキー料理を食べたらわかるのかなぁ?
……とか言ってたら、「大食」の罪がのしかかってきますかね(^^ゞ

さて、この展示会に行く前、私はかなり悩んでおりました。
ランチをどうするか……です(やっぱり「大食」や(T_T))

今ちょっとダイエット中なのもあって、たくさん食べたくない。
でも、カキフライが食べたい。
カキフライがうまくて安い店はあるけど、ボリュームたっぷり。

悩んだ末、プラスチックパックを持って出かけることにしました。
ご飯は少なめに頼んで、余った分は持ち帰ればいいや~……と考えたんですよね。

ところが、行ってみるとその店は休み。
トボトボと歩いていると、そのそばのビルに、昔好きだったカレー屋のチェーン店があるのに気付きました。

そのカレー店、「本当においしいカレーを食べたことがありますか?」という、すごく傲慢なキャッチフレーズ。
カレーの味自体はそんなに……とも思うんだけど(すんません)、バターライスの上に乗ってるオニオンフライがうまいんですよね~。

私が通っていた店舗は閉まってしまい、「久しぶりに食べたいなぁ」と思っていたところだったので、ここに入ることに決めました。

このお店、カレー専門店にしては、お高級な感じなんですよ。
暗くてね、上からシャンデリアがつり下がってたりします。
壁は鏡張りだし。

でも、量は「庶民的な店」並に多い(笑)

ダイエット中なこともあって、半分でお腹いっぱいになっちまいましてね。
店員さんを呼んで、
「残りを包んでいただけますか?」
と聞くと、
「基本的にそういうことはさせていただいておりません」
との答えでした。

カレーの持ち帰りもやってるのに、なんででしょうかね?
持ち帰りのちらしを見ると、これまた無意味に(失礼)高価そうなタッパに詰めて持ち帰らせてくれはるみたいなんで、「基本的に」というのはつまり「無料では」っていう意味かもね。

仕方ないんで、持ってきたプラケースを取り出すと……。
店員さんは、ちょっと目を見はりました。

残飯をどうするかっていうことに対してはいろんな意見がありますよね。
お店のプライドってのもあるでしょうから、それを侮辱するのも大人げないかとも思ってはいます。
けども、食べるために物を殺しているんだということを、人間は知っているはずですから。
「無碍に捨てられる」とわかっているのに、残すのもちょっと……。

ということで、一応、お店のプライドを慮るつもりで、
「もったいないので、持ち帰りますね?」
と断りを入れると、
「どうぞ」
てなことでした。

で、カレーはこぼしそうだったんで、その場で食べました。
カレーだけなら入れる余裕はあったもんで。

はっきりとは言えないんですが、まったく罪の意識なく侵している罪こそ恐ろしいと思ったりします。

ペットがいるのならば、その生態をまったく知ろうとしないのは、罪かもしれません。
例えば、イヌに玉ねぎをあげたりとかね。
犬だけじゃなく、猫やハムスターなど、多くの動物は、タマネギを食べると体調をくずし、重篤な場合は命を落とします。
人間は、自分を基準にものを考えがちだから、「タマネギは体に良い」と思ってますよね。
それで犬にあげて、殺してしまうこともあるとか。

私がもっとも身近に感じる罪は、やっぱり、食べられるために提供された魚や肉を、食べずに残してしまうことなんですよね。
まずいと思いながら食べるのも同じぐらい罪深い……と言う意見もあると思うんですが……。
私はもともとたくさん食べられる人間だし、好き嫌いがあんまりないので……。
「まずいと思いながら食べる」ってことは、あんまりないんですわ。

ってことで、どうも、ご飯を残すってことに抵抗が……。
いろんな理屈があるとは思うので、残す人を批判するつもりはまったくないんですよ?
人についてあぁだこうだ言うつもりはまったくないけど、自分自身は、苦手です。

庶民的なお店の場合、量が多くて食べきれないなぁと思っていると、何も言わなくても、
「残りはお包みしますか?」
と聞いてくれはることがあります。

母曰く、高級店の場合、
「お持ち帰りになって食中毒を起こされると、責任を負いかねるので」
という理由で、断られるのが多いそうですわ。

そんなわけで、やっぱり私は、あんまり高級料理店には行かんとこうと思ったのでありました。

やっぱり、身の丈にあったところにいるのが一番よね~。

「男女」あれこれ

「女らしい」「男らしい」
という言葉を私はあんまし好きではありません。

「男は男らしく」「女は女らしく」などという個性無視の感覚はどうも苦手ですし(^^ゞ

それに、「らしい」って言われたって、どういうのが「女」で、どういうのが「男」かわかりません。

例えば、茶道華道は、「女らしい趣味」ではないですよね。
だってそもそも、茶道なんてのは武士のたしなみだったわけで。
そういう意味では、非常に「男らしい趣味」なんです。

実際、茶道については、かなりの体力・腕力が必要です。

水がたっぷり入った水入れを、「スッ」と置くには、腕に筋肉がついてないと無理っす。

普段はなんてことないこの所作。
風邪気味でふらふらしているときにやったら、かなり大変で、
「ドスン!」
と置いてしまい、師匠に、
「んま~、あなたらしくないわぁ!」
と怒られたんですけども。

「あなたらしい」というのはつまり、「力持ちのあなたらしくない」なんですよね。
全然女らしくないじゃん(笑)

高校時代、漢文の授業で、「長恨歌」の一部をやりましたが、その中で楊貴妃は、「侍兒扶起嬌無力」とその美しさを称えられていました。
風呂に入っててさえなよなよと、侍女に助けられなければ立ち上がれないほどたおやかである~……とありますね。
つまり、背筋をスッと伸ばして動作をせなあかん茶道は、楊貴妃には絶対無理でしょう。

まぁ、そもそも、茶道は、「密談をするのに都合が良い」ということで発展したものですから、男のものであるのは当たり前なんですよね。
大阪は堺へ行くと、「将軍義昭と信長が密会したと伝えられています」なんていう茶室もあったりして。
武器商人であった千利休がお茶を大成したのには大いに理由があるんですねぇ。

ということで、「男らしさ」「女らしさ」というのはどうやら、時代により大きく変わるようです。

岩波文庫の「江戸怪談 上巻」は、今現在品切れ中ですが、中古ならば送料込でも定価より安く入手できることがわかったんで、さっそく取り寄せてみました。

いやぁ、おもろいわ。
昨日一気に読んじゃいましたもん。

「宿直草」の中に収められた「女は天性肝太きこと」がまた、笑えるんですよ。

この女性、毎晩男のもとに通う、「恋する女」なんですね。
現在と違い、江戸時代の道は犬の糞だらけだったと言います。
それだけでなく、死体や得体のしれないモノがたくさん転がってたみたいですね。

しかし彼女はまったく平気。
恋する男に会うという喜びに、死体やうんこをずんずか踏みつけながらスキップを踏んでいたわけです。

ところが。
西河原の宮と呼ばれる森を通りぬけようとするときのことです。
小川を渡ろうとすると、ちょうど良い具合に死体が横たわっています。

「あら~、良い橋ができてるじゃない?」
と、死体の上を歩いていたときになんとっ!!!
横たわっていた死体が、いきなり彼女の着物の裾に咥えついたんです!!
んぎゃぁあああああ!!!!!!!!

でも女は別に怖がりません。
「えい、邪魔だ!!」
とばかりに無理やりひきはがし、歩き始めます。
そして、ちょっと行った後、立ち止まるんですね。
「それにしても、はて?」
と。

「なんで死体が私の着物の裾にかみついたんだろう?」
好奇心が抑えきれず、元の場所に戻って、死体の橋をもう一度渡り、その際わざと着物の裾を口の中に入れてみますと、やっぱり噛むんですよ。

「もしや?」
と死体の胸板を踏んでいた足をあげると、死体は裾を放して口を開きます。

つまり死体は、胸板を踏まれることにより口を閉じる「器械」と、すっかり化してしまっていたとわかったわけです。

なるほどねっ!
彼女は深く納得して、恋人の元へ。

そしてことの次第を彼に語り、
「タメになったね~」「タメになったよ~」
ともう中学生の真似をしたところ、男はドン引き。

いや、もう中の真似をしたことに引いたんじゃないですよ。
それならまだわかります。
私も旦那があの高い声で、
「ぱっぱら王子だよ~」
とか言い出したら、多分、熱だして寝込みます。

違うんです、男はそこに引いたんじゃないんです。
死体をまじまじと観察した女に引いたんですよ。
ひどいでしょ?ひどいよね~。

そんでもって、物語の著者は、
「女はもともと男よりもずっと肝っ玉が座ってるもんだが、そんな武勇伝は黙っておきなさい」
と〆てます。

いや~~~、でも面白い発見をしたら、黙ってられないのも「女」かもしんないですよ~~~(笑)
「聞いて、聞いて~~~」
なんつって(^^ゞ

まぁとにかく。
江戸時代には、「女は男よりずっと、肝っ玉が座ってる」という感覚があったようです。
つまり、「あの人って、すんごく肝っ玉の座った女らしい人なのよぅ」なんてことも言われてたかも(笑)

あと、この本を通して読むと、「安珍清姫型」の物語がかなりたくさん流布していたことがわかります。

つまり、男に強く懸想した女が、蛇と化して男にとりつくというパターンですね。

安珍清姫の伝説では、美僧安珍が、戯れに
「今度の旅から帰ってきたら、清姫をお嫁さんにしよう」
と話しかけることが、清姫の狂乱を引き起こすとなっていることが多いと思います。

その場合、清姫は恥じらいを知る可愛らしい少女ですし、予てから憧れていた安珍にそんな冗談を言われて本気にしてしまったのも仕方ないことかと思われます。

ですから、彼女が恋慕のあまりに蛇となり、安珍をとり殺してしまったとしても、「哀しい物語」となり得るんですよね。

でも、「江戸怪談」に収められた、安珍清姫型の物語は、大概、
「あら浅ましや」
と言わずにおれんような内容でして(^^ゞ

例えば、男が旅先で、すごく風雅な琴の音を聞き、
「こんなに上手なんだから美人に違いない」
と決めつけて、暗闇の中で相手の姿も確認せず、一夜の契りを結ぶと引き換えに結婚の約束をしてしまいます。
でも、朝起きて確認したら、相手はすごい老婆でびっくり!!
逃げだしたら老婆が追いかけてきて~……というものがありました。

これはもう、男が悪い。
笑い話にしかなりませんわね(^^ゞ

でも、もっとひどいのが、
「奇異雑談集」にある「糺の森の里、胡瓜堂由来の事」でしょう。

女性は糺の森あたりに大きな屋敷を構える茶屋の主人で寡婦。
その茶屋では棚を作って胡瓜を商いしていました。
そこへ通りがかった三人のお坊様。

一人が戯れに一本のキュウリを持ち、
「わしのんはこれぐらい~、形もそっくり~」
と言うたんですね。

女はそれを聞いて、ドキドキそわそわ。
お坊さんを追いかけて、
「すんませんけど、うちでご祈祷してもらえません?」
と家に引き込みます。

その後は秋波を送りまくり、誘惑しまくるんですが、お坊さんは動じない。
却って、警戒されてしまいます。

思いを遂げられないとわかった女は蛇と化し、お坊さんを追いかけ……。

う~~~~~~~~~~ん。
なんじゃこりゃ(^^ゞ

この女は坊さんじゃなく、魔羅に恋し、盲執したわけで……。
どうアレンジしても美しく哀しい物語にはならんと思うぞ(^^ゞ

多分、江戸時代の男たちは、女に夢を見てなかったんでしょうね(^^ゞ
それは正解だとは思うけど……。

つか、この話に出てくるのが、どんな大きさ&形のキュウリなのか、それがすごく気になる(笑)

しかしまぁ、いつの時代も……。
恋愛沙汰って面白い(笑)
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

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Mail:norichan★norichan.jp
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