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いそ

今朝起きて、唐突に、
「そういや、王様のレストランで、シェフは、『磯野静』やったな」
と旦那に言ったら、
「あっ!!!!!」
とすぐにわかってもらえて、ちょっと嬉しかった奥さんです。

さて。
昨日は二つのテーマをめぐってきました。

一つは、菅田と狐の物語。

龍田の娘・コマノという女性が化けた蛇は、菅田池に棲みつき、若い女性を喰らう毎日でした。
とうとうある日、嫁入り途中の娘が獲られたってことで問題は大きくなり、ついにコマノ大蛇を退治することになりました。
そこで白羽の矢が立ったのは、狐と菅田の森に関わる人物です。
それは菅田の森で、狐に乳をやった乳母という説もあり、狐と一緒に育てられた長者の息子という説もありますが、とにかく狐と一緒に見事蛇を退治したといいます。
その後、コマノの尻尾からでてきた刀を「小狐丸」と呼び、石上神宮に奉納されました。

だいたいこんな筋ですが、個人的には、コマノが大蛇に化けたというよりは、コマノが嫁入りのときに大蛇の生贄としてとられたと考える方がしっくりきます。
なぜならば、「大和の伝説」によれば、同じ奈良の中で、「嫁入りが決まった娘が、人柱として埋められて無事に架かった橋故に、嫁取橋と呼ぶ」という話が、他にもあるからです。

とすると、菅田池に住んでいた蛇の正体はなんなのでしょうね?
現在の嫁取橋は、なんの恐ろしげもなくそこにあります。

0730_shizuka_yometori.jpg

川はさして深くないのですが、雨が降ったためかゴウゴウとながれ、橋がなければ渡るのはためらわれるでしょう。
この橋を作るために、コマノが人柱となったのだと考えると、少し怖いですけどね(^^ゞ

そして、菅田神社。
0730_shizuka_sugata.jpg

延喜式神名帳にも名を残す、古社です。

菅田池から一人の美しい女神がシデを持って表れて、西の方に進んでそこに鎮座した。
するとそこに、一夜にして松林ができた……なんていう伝承も残ってまして。
松の幹も残されています。

0730_shizuka_sugata_hitoyo.jpg

松林ができたというのは、なんの意味があるのでしょうね?
多分、何かの暗喩だとは思うのですが、とりあえず、この池から、「シデ」を持った女性の神が表れたということに意味があるのかもしれません。

シデが魂鎮めの役割をするのなら、やはりこの池には、荒らぶる神がいたのでしょう。

だいたい、この神社は水の中にあるんですよね。
境内には小さな池が3つも。
0730_shizuka_sugata_ike.jpg
神社の片側には川も流れています。
0730_shizuka_sugata_kawa.jpg

「水の女」が、この神社の神を祀るために存在したという話は、充分想像し得ると思います。

また、ここから1キロほどのところに、「子守神社」が鎮座するのも興味深いところです。
0730_shizuka_komori.jpg

この社地で、狐と英雄が遊んでいたのだとしたら……。
ちなみに現在の御祭神は蛭子命。
これまた「流される神」なんですよね(^^ゞ

ここにどう石上神宮が絡んでくるのかさっぱりわからないんですが、ただ、かなり興味深い話だと思いますんで、またしばらくこのあたりをウロウロする予定(笑)

次に向かったのは、子部神社。
0730_shizuka_kobe.jpg

「大和の伝説」では、小子部スガルを祀る神社だと伝えています。
正直、今回の巡拝からは外れてますが、スガル好きなんで(笑)

さて、もう一つのテーマは、静御前でした。

源九郎稲荷の御祭神は、その社名の通り、源九郎狐ということになっています。
この神社のそばは、巨大な歓楽街。
遊女たちが静御前を守った狐にすがったと考えることに無理はありません。

でも私は、彼女たちが本当にすがったのは、静御前自身ではないかと思うのです。

悲しい思いをした女性が、悲しい思いをしている女性に対して同情し、慈しんでくださるのではないかというのは、しごく日本人らしい発想かもしれません。

それに、
「私だってつらい思いをしたのだから、あなたもつらい思いをしなくちゃいけないわ」
と考える人だっているでしょう。

でも、日本の神様はそういうタイプではありません。
ニニギから「こんな醜い女は妻にできない」と突き放され、あげくのはてに婦人病にかかったという伝説も持つ岩長姫は、それだからこそ女性の病をいやす神となり、貴船神社では、それだからこそ女性の恋を守ろうとする女神とされています。

淡島様もそう。

曽根崎心中で有名なお初・徳兵衛は、叶わぬ恋の末路に心中を選びました。
そんな彼らが「恋の守り神」とされ、その舞台となった大阪の露天神社は、恋守りの神社としてたくさんの参詣者が訪れるのです。

日本人は、「自分と同じ悲しみを知っている神様」にこそ、救いを見出すところがあると思うのですね。

さて、「大和の伝説」によれば、静御前は、大和高田市の磯野で生まれたと言います。
この地の長者と、磯野尼御前の娘で、義経の愛妾となった後、病に倒れ、この地に戻って亡くなったとされます。

そして、静御前がその衣を掛けたとされる、「衣掛けの松」は、現在も残っていることがわかりました。
ただ、場所は、「高田高校のグラウンド」とのこと。

外から捜したんですが、よくわからず(^^ゞ
校門には、「部外者の立ち入りを禁止します!!」と書かれてるしねぇ(^^ゞ

どないすべか……と思いながら、とりあえず周囲を一周。
裏口らしきところから覗きこむと、工事のおっちゃんたちが座って休んではります。

いきなり入ったら怪しまれるでしょうが、声をかければいいんちゃうかと、
「あの~、静御前の衣掛けの松って、見せていただけるんでしょうか?」
と聞いてみると、
「職員室で聞いてみたらええんちゃう?」
と案内してくれはりました。

が、職員室の扉はしまってますよね、当然。
いきなり扉を空けて入るのはためらわれるな~と思っていると、吹奏楽部らしき女生徒が通りがかりました。

なのでもう一度、
「あの~、静御前の衣掛けの松が見たいんですが」
とお願いすると、
「それなら、受付を通すと良いですよ」
と、案内してくれます。

みんないい人や。

でもって、受付で了承をもらって、撮影。
「そうじゃないかな~」と思っていた、校門入ってすぐの松が、目的の「静御前の衣掛けの松」であることがわかりました(笑)
0730_shizuka_kinukake.jpg

ここには、「静御前めぐり」と書かれたプレートがあり、静御前らしき可愛いキャラクターが描かれています。
……ということは他にも、静御前ゆかりの地が残されているはずですが、それらしき案内はありません。

……う~~~~ん。
とりあえず、静御前が生まれた地とも伝えられる春日神社には参りました。
0730_shizuka_kasuga.jpg

でもなんの案内もなし。
う~ん。
このそばに、静御前が病気平癒を祈った、「笠神の森」もあるはずなんですけどね……。


さて、旦那の不思議な能力に、「奥さんの喜ぶ場所を偶然見つけてしまう」というものがあります。

この帰り、なぜかゴチャゴチャした道を帰り始めました。
というか、このあたりはゴチャゴチャした道が多いんで、必然とも言えるかもしれませんが、それにしても細い道。

そんなもんで、看板なんかがいやでも目に入ります。
そこで見つけたのが、
「磯野環濠集落」
と書かれた看板。

「大和平野には、堀(濠)に囲まれた、いわゆる環濠集落が多い。
濠には水を湛え、水利と村落防衛のために造られたと考えられている。
大和高田市域にも、有井、池尻、松塚、土庫、藤森などに環濠が残っているが、何れの環濠も、水利の変遷、住宅開発などにより姿を消しつつある。
磯野は『延喜式』神名帳に『石園坐多久豆玉神社』とある石園のことであろう。」
と、書かれています。

石園坐多久豆玉神社は、大和高田市片塩町にある古社。
なぜだかわかりませんが、海のない奈良において、龍神を祀る神社なんです。
そのため、別名「竜宮」とも。
takumushitama.jpg

大和高田市片塩町は、大和志に、欠史十代の中の三代目、安寧天皇の宮があったと書かれている場所でもありますね。

そんな神社が「坐」すのは、「石園」と「磯野」、どちらがもともとかと言えば、「磯野」である可能性は高そうに思います。

「磯」ってなんなんでしょう。
私が一番に思いだすのは、「磯良」です。

「磯良」は、海の民ともされる安曇氏の祖神。
神功皇后の三韓遠征の際は、案内役として活躍したとも言われます。

太平記に、神功皇后から招かれたとき、
「顔に牡蠣やらアワビやらがついていて醜いので」
と辞退したという話があるのは有名でしょう。

つまり、顔がゴツゴツとしていて醜かったということで、「かさ」……「瘡」を連想させるのです。

静御前が祈ったのは、「笠神の森」。
この「笠」もまた、「瘡」だと思われます。


静御前の昔。
「竜宮」とは何を指したのだと思いますか?

なぜその竜宮を、環濠で囲ったのでしょうね?

「異界」に対する感覚は、今と昔では少し違うのかも。

科学の発達していなかった時代、伝染病にかかった人は、隔離されたと言われます。
それは、河原だったり、谷だったり。
では、川の少ない盆地ではどうしていたのかな?とか。

そんな環境から生まれた、女性たちの救いの女神、静御前について、いろいろと考えてしまうのですね、私は。

磯野地区の「長者の娘」であったという、静御前。
彼女はいったいどういう経緯で、白拍子となり、義経に愛され、そしてこの地で滅したのでしょう。
私の中の、静御前は、少しずつ、色がついて参りました。
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Author:のりちゃん1968
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