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やな奴とリアリズム

古典って、中学生から習いましたっけ?
源氏物語の原文を初めて読んだのは、中学生だっけ?

いつだったかは忘れましたが、内容が「若紫」であったことだけは覚えてます。

源氏が幼い紫の上を見、
「藤壺の宮と似ている」
と、ムラムラしているシーンでした。

その後、漫画「あさきゆめみし」が出まして、しばらくの間、私の中の光源氏は、大和和紀さんのものだったのです。

で、さ。
「あさきゆめみし」で源氏物語を知った方たちに問いたい。
正直申し上げまして、中学生にしろ高校生にしろ、現代の若い女から見て、源氏って全然魅力的じゃないよね?

「なんでこんな男がモテるわけ?」
と思いっきり頭の中が疑問符でいっぱいになりましたさ。

だってさ~、勝手だし、女々しいし、未練がましいし、浮気者だし、スケベだし。
どこがいいのかさっぱりわからん。

あぁやだやだ。

でも、それからしばらくすると、橋本治が「窯変・源氏物語」を出します。

正直、すごく読みづらいです。

いや、橋本治さんの文章が読みづらいんじゃなく、多分、古典の読みづらさ。
つまり、地位が変るごとに呼び名が変るもんで、誰がなんという呼び名だったかなかなか一致しないんですよね(^^ゞ

例えば、源氏の永遠のライバル・頭中将。
内大臣から太政大臣へと昇進し、そのたび呼ばれ方が変るんですよ。
一人の登場人物をしてこれですから。
頭の中で、人物が動いてくれないんですよね~(^^ゞ

ただ、源氏についての人物描写は多分、「あさきゆめみし」よりはリアルでした。
「あさきゆめみし」では、源氏の行動や思考を、現代風にアレンジして、現代の読者が納得できるように変えていましたが、それが却って、
「なんじゃこの男は?」
と想わせる結果になっていたような気がします。

でも、「窯変」の方は、当時の男性の思考をそのまんまに書いていたので、却って、
「あぁ、当時はこういう感覚だったわけね」
と納得できるんですね。

例えば、若紫にあてた手紙の返事を、その祖母が代筆してきたときのこと。
「あなた(若紫)の世話をしたい」
と申し出た源氏に対し、祖母は、
「まだ姫は幼すぎるので」
と断ってくるんですよ。

「あさきゆめみし」では、源氏は「無理もない返事だ」と納得してます。

が。
窯変では、
「なんだこのおばはん。私は可愛い紫に言ってんだよ!それを横からこんな返事をよこすとは、自分が乞われたとでも勘違いしてるのか?」
と、吐き捨ててたりします(笑)

どちらの源氏が、現代の女性に受けるかと言えば、前者でしょう。

でも、どちらの源氏がリアルかと言えば、後者な気がする。
多分、当時の貴族はそんな感じだったんじゃないのかな、と。

で、です。
昨日から、夢枕獏さんの、「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」を読み始めました。
友人が貸してくれてたんですが、先に読みたい本があったり、パソコンいじりすぎて目がチカチカしてたりでなかなかとりかかれなかったんですよね。
やっとのこと、読み始めましたよ~。

私見ですが、歴史小説ってのは二種類あります。
一つは集めた資料をもとに、もっぱら物語を進行させるもの。
他方は、資料を紹介しながら、作者の想像と、資料にあるものを明確にして進行させるもの。

司馬遼太郎さんなんかは思いっきり後者。
だから、原典にあたるのが容易で、物語よりも歴史が好きな人間にはありがたいです。

でも多くの歴史小説は前者ですよね。
夢枕獏さんの「沙門空海」も前者です。
なので、ちょっと読みづらい(^^ゞ
これは得手不得手の問題ですが……。

いや~、小説の中で、空海と橘逸勢が「親友」として描かれてるんですよ~。
それに空海がやたらと「素晴らしい人」なのがね(笑)
どうもそれがピンとこなくて(^^ゞ

ということで多分、この小説を読み終わった後に、司馬さんの「空海の風景」を読み直すことになると思います。
ここでの空海は、かなり皮肉屋だし、ちょっとやな奴(笑)

でも、実際問題、空海ってどんな人物だったんでしょうね?

以前、観心寺の講話に通っていたことがあります。

……いや、すいません。
仏教心に目覚めたわけじゃないんです。
下心ムンムンで……。

いやほら、観心寺って、楠木正成が兵法を学んだお寺でしょ?
独自の寺伝も残ってるらしい。

寺務所のお坊さんに、
「見せていただくことって、できないもんなんですか?」
と尋ねましたら、
「方法はなくはないかもしれませんよ。熱心に講話に通い、住職と親しくならはったら、あるいは」
と。

……でも、そういう不純な人間はダメですよね(^^ゞ

何度か通って、住職さん(副住職さんだったかも)といろいろお話しする機会は得ましたが、とてもじゃないけど、
「楠木正成に関する寺伝を読ませてもらえませんか?」
とは言いだせませんでした(^^ゞ

だいたい、講話を聞きに来る人って、何か心に悩みがあったり、変えたい現状があったりするようで。
そんな中、能天気を絵に描いたような私と友人はかなり浮いてたようです……。

でも、住職さんから伺った話の中で、とても印象深いものがあったんです。
それは、弘法大師・空海の人となりについての質問に対する答えでした。

「弘法大師にお会いしたことはありませんが、どんな時も≪もっとも正しい方法≫を選びとられたと言います。つまり弘法大師の視点は人の何倍も高かったのでしょう」

私自身、「視点を上げる」ということをよく考えます。

視点が自分の目の高さだったら、自分レベルの高さのことや、自分自身のことはよく見えます。
だけど、見通しは利かないでしょう?

でももし視点を10メートルあげたら?
町内ぐらいは見渡せます。
その分自分のことはよく見えなくなるけれど、どちらに進むべきなのか、見えてきます。

そしてもっと……1000メートルほどにあげたら?
自分のことなんかケシ粒にしか見えませんよね?
でも、もっといろんなものが見えてきます。

そうやって自分の視点をあげていけば、「全体」が見え、大きな範囲をよりよくするために、どう行動すればよいかがわかってきます。

その分自分にかまえなくなるかもしれませんが、でも低い視点で何かをして失敗したらすごく後悔すると思うけど、視点を高くしての失敗は、次に成功するための布石となる気がします。

ですから、「弘法大師の視点はとても高かった」という言葉には、とても納得したわけです。

日本の歴史上の人物で、「スーパースター」って言ったら誰を思いだします?

私は、
・空海
・役行者
・聖徳太子
が御三家かなと思ってます。

聖徳太子は現在、実在しなかったと言われてますから、代わりを入れるなら、命蓮か泰澄かな?

どなたも皆、「空を飛んだ」「何かを飛ばした」なんていう伝承がありますよね。

やっぱ、飛ばなきゃだめなんですかねぇ(笑)

そして、「空翔る魂」を持っているならば、少しぐらい皮肉屋でも、まぁいいんじゃないのかな。
いや、少しぐらい皮肉屋な方がリアルじゃんと思うのでございます。
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のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
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