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灯台鬼

昨日は空気が乾いていたので、過ごしやすかったですね。
動物園に行こうかと思ってたんですが、あんまりにも爽やかなんで、ちょっと丁寧に掃除をしたくなり、終わったときには、出掛けるにはちょっと遅い時間となっておりました。

なので、今日出掛けようかな。
午後から雨だから、カメラを保護するビニール袋持ってかなくちゃ。

さて。
昨日はずっと、鳥山石燕の画集を見てました。

角川から、全画集が出てるんですが、絶版かな……?
あ、まだありますね、良かった(笑)
角川は良い本を出してくれるんだけど、サイクルが早くて、よっぽど売れないと、すぐ絶版になっちゃうの(T_T)

鳥山石燕の妖怪画が後世に与えた影響はかなりのものでしょう。
多分、ほとんどの人が、彼の妖怪画を、一度は見たことがあると思うんだわ。

例えば、「目々連」。
破れ障子にたくさんの眼がついている絵、見たことあるでしょ?

私が子どもの頃、小学館の学年誌では、夏になるたび妖怪特集なんぞをやっていましたが、今思えば、鳥山石燕の妖怪画の引用がむちゃくちゃ多かった。

「ひょうすべ」「ぶるぶる」など、全部、石燕の絵をコピーか模写したものでした。

そしてこの「目々連」もありました。
母方の実家には障子があったんで、里帰りをした際なんか、
「目がでたらどうしよう(T_T)」
とかなりびびった記憶があります。

よくよく考えてみたら、別に障子に目がでたからってなんてことないのにね(^^ゞ

ただ、子どもを怖がらせるためのサービス精神なのか、学年誌の説明には、
「この目に見つめられると気がおかしくなる」
とかいう文章があったはず。

捏造やん(笑)

というのも、鳥山石燕の絵と説明には、
「煙霞跡なくして、むかしたれか栖みし家のすみずみに目を多くもちしは、碁打のすみし跡ならんか」
とあるだけで、気がおかしく云々などという話はどっこにもないからどす。

しかも、「碁打の住んでいた家だから、こんなに目が出てきたのか?」というふざけた解説を見れば有る程度察しがつくように、この妖怪、石燕の創作だと言われてます。
ムムゥ。

つまりです。
鳥山石燕がシャレっ気で作り出した妖怪を本気にとって紹介する雑誌やムック本があり、そしてそれを読んで真に受ける現代人がいる……と。

なんだかなぁ(^^ゞ

原文を読めば、「あ、創作くさい」ってわかるんですけどね(笑)

ただ、どれもこれも、石燕がどういう意図で何をシャレて作り出した妖怪なのか、だいたい想像がつくんです。
私には想像がつかなくても、妖怪研究家の方にはわかるみたい。

例えば、角川の「全画集」の解説に、「百々目鬼」について説明があります。
解説者は多田克己さん。
妖怪研究では有名な方です。

石燕による、百々目鬼の解説はこう。
「函関外史云、ある女生れて手長くして、つねに人の銭をぬすむ。忽腕に百鳥の眼を生ず。是鳥目の精也。名づけて百々目鬼と云。外史は函関以外の事をしるせる奇書也。一説にどどめきは東都の地名ともいふ」

「函関外史」という書物は、現代には残ってませんし、これも石燕の創作かもしれませんね。

多田氏によれば、「手長」というのは、盗み癖のある人のこと。
「鳥目」とは、鳥の眼のような穴のある貨幣……つまり銅銭のこと。
「足がついて手に罹る」とは、犯罪事実の手掛かりが見つけられて、いやな目に合うという意味の言葉だそう。

つまり、「鳥目」=「お金」=「お足」が手に罹ってしまったということをシャレたものなんですね~。

とするとこの百々目鬼は既に逮捕される寸前。
当時の人たちにはすぐピンときたのかもしれないこのシャレ。
現代の私たちにはシャレがわからず、
「そんな妖怪がいるのか~。怖いねぇ」
ってなってしまいます。

シャレが通じないってやつですか(笑)

とはいっても「教訓的な妖怪なんだな」と判断はしますけどね。

教訓的な妖怪ってのは、例えば「垢舐め」なんかがそれに分類されてます。

風呂桶を綺麗にしておかないと、「垢舐め」が出て、風呂桶についた垢を舐めるんですね~。
いやですよね~~~~~。
垢舐めが出ないために、風呂桶を綺麗にしておきましょう!

……こんな感じです。

その他、「べとべとさん」なんかは、日常にある不気味を妖怪だと見立てたもの。
夜道を歩いていると、後ろから誰かの足音が聞こえてきたりしませんか?
でも、振りむいても誰もいない。

現代的&科学的に説明しようとすれば、
「自分の足音が何かにこだまして、後ろから誰かの足音が聞こえるような気がする」
ということになるんでしょうが、昔の人はそうは考えなかった。

「べとべとさん」という妖怪が後ろからついてくるのだと考えたわけです。

でも、それに対する対処は簡単。

「べとべとさん、べとべとさん、先にお越し」
と道を譲ると、べとべとさんは先にどっかへ行ってしまうそうな。

こんな風に、だいたいの妖怪について、
「あぁこれは不気味な自然現象を妖怪だと勘違いしたものだな」
「あぁこれは教訓的妖怪だな」
「あぁこれはこういう史実が妖怪化されたんだな」
「あぁこれは所謂神様の凋落した妖怪だな」
なんて想像がつく中、一つだけなんでこんな妖怪が生み出されたのか、さっぱり想像もつかないのが、表題にある「灯台鬼」なんすわ(^^ゞ

長いし漢文詩もあるんで、簡単に要約すると、
軽大臣が遣唐使として唐に渡った後消息を絶ちます。
息子の弼宰相が探しに行くと、とある場所で、灯台鬼を見つけます。

灯台鬼とは、口がきけず、体に彩色をされ、頭にロウソクを乗せた姿の人物。
彼は指を食いちぎり、血文字にて漢詩を書きます。
我こそは弼宰相の父、軽大臣である、と。
彼は唐の人から口のきけなくなる薬を飲まされ、体にさまざまな模様を描かれ、頭にロウソクを打ちつけられたため、このような姿になったのだと言います。

……わけわからんでしょう(^^ゞ?

なんのために唐人はそんなことをしたんでしょうか?

軽大臣は架空の人物だとされていますが、鹿児島県硫黄島には彼を祀る徳躰神社が鎮座し、独得の伝承を伝えます。
つまり、灯台鬼となった軽大臣と弼宰相は、唐から日本に帰ろうとするのですが、嵐に遭遇して硫黄島に漂着。
ここで体力が尽き、亡くなったので祀ったというんですね。

こんな神社があるということは、軽大臣のモデルがいたのかもしれません。
硫黄島っていえば、鬼界ケ島。
鬼界ケ島に流されたといえば俊寛ですよね。
俊寛だとしたら、彼を灯台鬼にしたのは、平清盛ってことになりましょうか。

が、しかし(^^ゞ
それにしても頭にロウソク立てて灯台って……。
意味わからん。

あれこれ想像してると半日がすぎちゃいますね(^^ゞ

と、いろいろ調べながら書いてたらすごく時間がかかっちゃったな(^^ゞ
とりあえず、今日はでかけるつもりなんで、用意しま~す!!
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のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

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