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とんでもないことを言い出してみる

昨日、ず~~~~~~っと考えてたんですよ。
こんなことを言ったら批難ゴウゴウかなぁ、言わない方がいいのかなぁ……って。
自分でも確信がもててないしさ。


でも、とりあえず言うことから始めてみましょう。



藤原氏は、物部氏である。






……す、すいません。

でも、決して理由のない話じゃないんです。

最初に「もしかして物部氏と藤原氏って関係深くない?」と思ったのは、東大阪は菱江にある「仲村神社」に参拝したときのことでした。

こちらのご祭神は、己己都牟須比命となってました。
調べてみると、天児屋根命の祖神ですね。
全国的にも祀っている神社は珍しいです。

東大阪から八尾あたりは、物部氏の本拠地なんですよ。
日本書紀にある、物部氏と蘇我氏の戦いでも、このあたりの地名が頻出します。

「なんでここに、珍しい、藤原氏の祖神のまたその親神様が祀られてるんだろう?」
って不思議に思いませんか?

参拝した日は2007年5月1日になってますが、それから神社の紹介を更新してないな(^^ゞ
近いうちに行ってきますm(__)m

ご存知の通り、藤原氏はなぞに包まれた氏族です。
始祖となる鎌足公以前は、ほとんど歴史の表舞台に出ていない。

なのに、それ以降は飛ぶ鳥を落とす勢い。
藤原道長なんぞ、
「この世の中全部、俺のもんじゃねぇの?」
なんぞと言うてはりますよね?

それぐらい繁栄した氏族なんです。

藤原氏の名が生まれてから、藤原氏はあらゆる権力闘争に顔を出してます。
そして、勝ってきています。

兵法の使い手であった物部氏ならでは……。
と言えば、うがちすぎ……ですね(^^ゞ

ただ、大和朝廷ができる際、それまで「大王家」であった蘇我氏を、中大兄皇子と組んで倒したのが、物部氏であると考えると、しっくりくるような気もするんですよ。

それまで、蘇我氏と物部氏は並んで立つ両雄だった。
長い間の確執もあるが、蘇我は強くてなかなか倒せない。
それよりは、朝廷家の方が組みしやすい。

だから組んで蘇我を倒す。
そして自分はナンバー2となり、影から朝廷を動かす……とね。

小説やドラマにはなりそうでしょ(笑)


さて。
もっととんでもないことを言い出します。

私は、男系天皇より、女系天皇の方が優れている点があると思っています。
それは、
「確実に皇室の血脈を守れる」
ってこと。

記紀神話では、天皇が后や側室に、
「それは本当に私の子なのか?」
と疑ってかかるシーンが、私が今思いつくだけで2つあります。

ひとつは雄略天皇。
そしてもうひとつは、天孫であるニニギです。

ニニギは自らが熱望した美しい妻・コノハナサクヤヒメが妊娠したとき、
「本当に私の子なのか?」
と疑います。

ヒメはかなり乱暴な方法。
火の中で出産することで、自分の無実を証明しますが、だからといって本当に生まれた子がニニギの子であるという証拠にはなってないんですよね。

それが誰の子かは、母親のみぞ知る。
父親が誰かはわかりません。
少なくとも記紀は、「ニニギの子であった」と結論づけてますし、それに反論するつもりもありません。

ただ、私が不思議に思うのは、
「なぜこんなエピソードが、少なくとも二度、記紀神話に挿入されているのか?」
ということなんです。

それだけじゃありません。
神功皇后が応神天皇を出産したときの経緯は、誰だって不自然さを感じると思うのです。

天皇と皇后、そして忠臣であったタケノウチノスクネが暗闇の中で託宣を行っていた間に、天皇は亡くなっています。
そしてその後皇后は三韓へ出兵。
応神天皇を出産したのは、凱旋の後です。

戦にどれほどの時間を要するかはわかりませんが、天皇の子であると考えるのは不自然な内容になっています。

そう。
まるで、
「誰の子かと疑ってちょうだい」
と言っているかのように。

日本書紀は、三代続く(性格には途中に文武天皇が入ってるけど)女帝の時代に成立したとされていますよね。
なぜ、女帝たちはこんなエピソードを入れたのでしょうね?

ちなみに言えば、タケノウチノスクネのモデルは、藤原不平等であるとも言われています。
彼と年かっこうが釣り合う女帝は、元明天皇ということになるでしょうか。
そして彼女の夫、草壁皇子もまた、早くして夭折しています。

記紀のこの記述は、ほかならぬ元明天皇が、「私と不平等の仲について、少し考えてみてちょうだい」と言ってるように思えなくもない。

とすると、文武天皇の父親は……?
ってね。
とんでもですよ。えぇ、とんでもなんです。
怒られることを承知で、妄想を書いてます。

でもね。
もし、藤原氏が物部氏だったら?

そして、見掛け上はナンバー2に降臣しながら、その実、天皇に成り変わったのだったら?


一二三四五六七八九十
布留部 由良由良止 布留部

「布瑠の言」を唱えながら十種の神宝を振れば、死人も生き返る。

十種の神宝とはなんなんでしょう?
沖津鏡・辺津鏡・八握剣・生玉・死返玉・足玉・道返玉・蛇比礼・蜂比礼・品物之比礼

持統天皇・元明天皇・元正天皇の後、聖武天皇の光明皇后が活躍します。
そしてその娘である孝謙(称徳)天皇は、弓削道鏡を天皇にしようとし、夢破れます。

……弓削氏は物部氏の一派ですよね……。

ちょっと思いついて、自分でもものっそあほらしくて言うのもなんだと思いましたが、せっかく思いついたんで言っちゃいましょう。

沖津鏡・辺津鏡・八握剣・生玉・死返玉・足玉・道返玉・蛇比礼・蜂比礼・品物之比礼
鏡と玉を女。
剣と比礼を男としてですね。

沖津鏡を持統天皇。
辺津鏡を元明天皇。
八握剣を文武天皇。
生玉を元明天皇。
死返玉を光明皇后。
足玉を称徳天皇。
道返玉を高野新笠。
蛇比礼を桓武天皇。
蜂比礼を平城天皇
品物之比礼は……もうこの後は男性天皇が続きますんで、その中の誰かってことにしてですね。

10代で、藤原氏……つまりは物部氏が息を吹き返したことを暗喩してる……な~んてね(笑)

いやいや、これはいくらなんでもトンデモすぎると自分でも思いますんで、攻撃しないでね。
自分でもちょっとこれはどうなんだよと思ってますから、えぇ。

でもさ、単純に想像するとちょっとしたロマンを感じるでしょ?

そしてもし藤原氏が物部氏なら。
春日野の主はさほどひどい扱いを受けてないかもしれない。

春日野の主が紀氏ならばね。
紀氏と物部氏は割と友好的な関係にあったと考えられるので。

んなことを昨日、なんじゃかじゃと作業をしながら考えておりました。

ほんと、酔狂だねぇ(^^ゞ
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