スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

タラレバ

久しぶりに弟からメールが来ました。

久しぶりたって、2カ月ぶりぐらいだけど、それまでは割と頻繁にやりとりしてたんで、見た瞬間、
「お、久しぶりやん」
と思った。

弟は阪神大震災で思いっきり被災しているんで、多分、私たちよりずっと思うところがあるのだろうなと思ってました。

弟の下宿は地震で一階部分が崩壊、すぐ側で火の手があがっていたのですぐに逃げ出すしか生き延びる術はなかったと言うてました。
幸いだったのは狭い下宿で、靴がそばにあったこと。
靴がなければあの道路を歩けなかったろうとも言うてました。
家に帰ってきたときは、パジャマの上にちゃんちゃんこという、まさに「着の身着のまま」な姿でしたが、靴だけはちゃんと履いてた。

何も語りませんが、逃げる間に、いろいろなものを見たらしい。

そのとき弟は大学四年生だったんで、その後すぐ会社に入ったんですが、入社式の後の談話会のとき、一人の社員が、
「私は友達を見殺しにして逃げた」
と涙ながらに語ったとかで、そのことをものすごく怒っていました。

なぜその言葉に腹がたつのか、想像はできますが、それが正しいかどうかはわかりません。

ただそのとき、「自分の命を助けるだけで精いっぱいだった人間は山ほどいる」とも言うてましたから、被災地の現実を知らない人を前にことさらにそれを口に出して涙を流して見せる人に、何かしら「不正直なもの」を見たのだろうと思っています。

「ニュースでは、被災地の人たちが譲り合っているところを流しているけれど、最初の救援物資が届くまでは奪い合いだった」
とも言うてました。

メディアは、「日本人は災害にあって秩序正しい」ということを流していますが、もちろんそんな人ばかりじゃあないってことは想像がつきます。
いろいろな人がいますから。

そんな弟からのメールに、
「正直、(被災しなかった人が)不幸になってくれたら嬉しい」
と言った、被災者の話がありました。

調べてみたら、結構話題になってるんですね。
↓↓↓
頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。

弟は、これに関して、「そっか、そういう人もいるんだ・・・と少し思った」と言うてました。

しんどいとき、周囲の人が羨ましくなったりします?憎く感じたりするのかな?
しんどいときってだいたい、やることが山積みだったりするんで、他の人がどうとか考えてる余裕なかったなぁ。

っていうか、私がしんどいとき、私の周囲の人も大変な中で頑張ってる人が多かった。
自分だけがしんどいしんどい言うような甘い真似は申し訳なくてできなかったっていうのが正解かも。

でもそして多分、私が他人に対して何も思わなかったのは、どうやったらそれから抜け出せるかという答えを出せてたからだとも思います。
それに向かってがむしゃらに頑張るしかないから、自分が進む道がわかってるから、とにかく前へ進める。
そして、周囲の人たちが、本当に私に対して、「何がしてあげられるかな?」と一生懸命考えてくれてるのを感じたからだとも思う。

くだんの被災者の方は、周囲の人が、本気で自分を心配してくれてると感じられないんでしょうね。
そしてそれは多分、そういう行動をしている人がいるのも原因なんでしょう。

でもさぁ。
被災者の中には、自分も被災しながら、避難所で炊き出しをしたり、ボランティアをしたりしている方もおられますよね。
その人たちに注目をすれば、
「自分もこういう風になれるよう頑張ろう」
って思えるかもしれない。

しんどいときに、「どこ」を見るのかってのは、結構重要なことかもしれない。

「しんどいのは自分だけじゃない」
「でも、みんな頑張ってる」
って思えば、勇気も湧いてくるのかもしれないと思うんだけど。

難しいですね。


ただ、被災地の人に対して「頑張れ」って言ってる人は、本当は、自分に対して「頑張れ」って言ってるんだと思うんですね。
自分の住む日本で起きた災害に立ち向かうために、同じ日本人として頑張れ自分……って。
多分ね。

だって、多分、上記被災地の方は気づいておられないかもしれないけれど、私たちが働いて、日本に税金を納めているから復興もなるんだから。

だから、被災してない私たちが頑張らなくちゃいけないことも、いっぱいあります。
「頑張らなきゃ」が「頑張れ」という言葉になってるんだ……という風に思ってもらえれば、少しは気分が違うかな?

まぁ、これもまた人それぞれですけどね(^^ゞ

あ、そうそう。
「たられば」
の話をしようと思ってたんだった。

私の記憶力はものすごく曖昧で、夕方の報道番組で、
「校舎が津波にさらわれたにも関わらず、児童のほとんどが生還した」
というニュースを見ました。

揺れているさなかに、津波のことを思い当たり、批難を開始したため、ほとんどの児童が助かったとか。
助からなかったのは、保護者が迎えにきたので裏山に批難しなかった子だけ。
調べてみたら、その小学校は、田老第一小学校。

でも今朝ニュースをチェックしていたら、児童の7割が亡くなったもしくは行方不明になった大川小学校のことがいくつかの記事になっていました。

読売新聞の「石巻・大川小の悲劇、被災時の詳細明らかに」によれば、
学校南側の裏山は急斜面で足場が悪い。そうした状況から、約200メートル西側にある新北上大橋のたもとを目指すことになった。そこは周囲の堤防より小高くなっていた。市の防災マニュアルは、津波対策を「高台に上る」とだけ記しており、具体的な避難場所の選択は各校に委ねられていた。

とありますから、避難場所の整備がなかったのが、不幸の原因なのだとは思いますが……。

一方でほとんどの児童が助かっている小学校があることが、大川小学校生の保護者の不幸を大きくしてるだろうなって。
ちょっと思ったんですよね。

「なぜ日ごろから避難場所を確保しておかなかったんだ。もししていたら」
「日ごろから、適切な避難訓練をしていれば」
って。

こういうとき、被災していない私たちも、いろいろなことを考えます。

「もし、同じような震災が身近で起こったら?」

この「たら」は、必要かと思います。

どこに逃げるのか。
何をすべきなのかと、心の準備になります。
……ってそれができてないんですけどね……。

つぅか、鳥籠ひっつかんで、犬を引っ張って……無理。
体力的に無理。

だけど、「あのときこうしていれば」は、できれば今は、封印しておきたいなと。

とにかく今は、できることを一つ一つこなしていくしかないんだろなと。

そういう思いで、「頑張れ」と言いたいと思います。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。