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唐土の鳥が

うちの実家には七草粥を食べる習慣がなく、当然、七草粥の作り方なんてのも伝わってはいません。

……なぁんて書くと、

「え?普通の白粥に、七草を切って入れるだけでしょ?」

と言われそうなんですが(^^ゞ
まぁ、確かにそうなんですけどね。

民俗学的な興味を持った場合、七草を切るときに歌われる歌が興味深い。
そして、その歌は、土地により少しずつ違うみたいなんですよね。

しかし、不思議と全国的に同じような内容で、代表的なものを挙げると、こんな感じです。

「七草なずな 唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先に 合わせてバタバタ」

日本古来の祭りや伝統にはさまざまなものがあります。
しかしその多くが、稲作に関わります。

「虫送り」
その行事を見てみたいと思いつつ、チャンスがない。
曽爾の方では未だに行われていると聞きますが、夜ですからね。
終わってから家まで帰ってきたら夜中になっちゃう(T_T)

稲を食べる害虫を、村から送り出すのが、「虫送り」です。

これに似た行事で、「鳥送り」というものがあります。
稲を食べる鳥を追い払う行事?
それがちょっと違うんですね。

確かに、スズメは稲作の敵かもしれませんが(^^ゞ
鳥の害は、食害ではありません。

それでは何の害?

七草粥の歌を見ればおわかりいただけるのではないでしょうか。

唐土の鳥が運んでくるもの。
つまりは流行病でしょう。

昔、むかしから、渡り鳥が運んでくるものを、日本の人びとは恐れていたのだとわかります。


「極東」

日本を表す古来の言葉に思いを致さずにはおれません。

太古から、さまざまなものが唐土から日本へと渡ってきたのでしょう。

日本の東には大洋が広がり、大型船や飛行機のなかった時代には、これ以上東の国へ到達することは、滅多になかったのかもしれません。
反対もまたしかり。
「極東」の島である日本にとって、外来のものの多くは、東からではなく、西。唐土からやってくる。
そういう感覚があったのではないかと思います。



え?
ええ。
当たりです。

なんでこんな話をしてるかというと、鳥インフルエンザなんですよね。

日本でも、既にあちらこちらでニワトリの大量殺処分がニュースになっています。
あの鳥たちを使った料理屋さんがあるならば、多少遠くても行きたいと思います。
インフルエンザに罹患した鶏は、食べても害にならないと聞いているのに、
「鳥インフルエンザで殺処分になった鶏を使ってます」
というお店の話は聞かないですよね。

衛生法とかそんなので、許可されないのかな……。

今朝のニュースでも、
強力ウイルス出現に警戒を=新型、鳥インフル混合で―中国
なんて話がありましたが、人間が恐れるべきは、「インフルエンザウィルス」せいぜい鳥に引っ張ってきたとしても、「火の通っていない、罹患鳥」ですよね。本来ならば。
でも、「鳥インフルエンザ」の恐怖は、健康な鳥まで殺すんです。

去年だったかな。
昨日みたいな大雨の後、いつもの散歩道を歩いていたら、スズメの死骸がありました。

烏が食べるのも自然のサイクルだとは思ったんですが、やっぱりなんとなく傷ましい気がしたので、土手に持っていって埋めました。
スズメにとっては、バクテリアに食べられるのも、烏に食べられるのも大差ないんでしょうけどね(^^ゞ

そしてその後気づいたわけです。

「もしかして、保健所に持っていくべきだったのか?」
って。

最近年のせいで頭の回転が悪くてわるくて(T_T)
「死んだ鳥」から「鳥インフルエンザ」まではつながっても、「通報」に直結してなかったんですよ。
結果的には問題なかったようですが、もしかしたら私の行為は、鶏産農家さんに大きな迷惑をかけていたかもしれません。

なんていうのか、「今は昔ながらのやり方を繰り返しているだけじゃだめなんだな」と改めてて気づいたわけです。


つまり。
うまく言えないんですが、「大局をとるか小局をとるか」という選択肢がある場合、今は「大局をとる」のが普通で、当たり前になってきたなと、そんな気がするんですね。
それはその方がいいと思う。
でも、「大局を見れば小局を見なくていい」になったらいやだなって。
伝わるかな。

新たな被害を出さないために、罹患の可能性がある鳥をすべて処分する。
そこで、鳥一羽一羽を見てためらってたら、日本中の鶏産農家さんが困ることになるのはわかります。
わかってるんだけど。

何かが腑に落ちない。

今現在、それしか方法がないのはわかります。
でも、だからって、他の方法がないかと考えないならば、あまりにもステレオタイプに過ぎやしないだろうかと。

もちろん、昔のように、唐土から渡った鳥に、「お帰り下さい。もしくは日本を通り過ぎてください」と言うのも極端すぎです。
昔はそれしかなかったんでしょうけどね(^^ゞ
少なくとも現代では、日本だけが良ければ良いというのでは、あんまりにもケツの穴が小さい(笑)

何かもっと違う、もっと大局、小局バランスの良い解決方法があるはずではと思わずにおれません。

畢竟、科学力を高める努力をすることが、人間にできる最良のことなのかも、と思います。
そしてそのために頑張っておられる科学者さんがおられることを知ると、ありがたい気持ちでいっぱいになります。

でも、頑張るのは科学者さんたちだけでいいのかな?
私たちは横で応援することしかできないのかな?

以前、鳥写真好きのコミュニティに籍を入れていたことがあるんですが、ある一人の参加者さんが、
「巣から落ちた雛鳥を見つけたらどうしますか?」
という質問をされました。

それに対してすぐに一人が、
「自然に任せるのが一番。人間が自然に手を出してはいけない」
と回答をした後は、
「人間が自然に手を出すのは傲慢不遜である」
の大合唱になったんですよね。

ムカついたんで、
「人間だって自然の一部だろ!!」
と大演説をやっちまいましたが(^^ゞ

(後記:自分で自分の言葉が気になったので、追記。
だからって、地面にいる雛を簡単に持ち帰ってはいけません!
人間が鳥の雛を育てるのは、ものすごく難しいことです。
もう少ししたら、スズメの繁殖シーズンですが、雛が大きくなると、飛行訓練が始まります。
その際、親鳥は雛をわざと放置したりします。
そういう雛を見つけた場合は、そっと見守るのが鉄則。
雛が親鳥から離れているのを見た人が、助けるつもりで拾って帰り、却って死なせてしまうこともあるので、その点は誤解のないようにお願いいたしますm(__)m)

多くの人は、問題から逃げたいんですよね。

「自然は自然に任せるのが一番。人間が手を出せるものではない」
というのは、確かに真理だとも思う。

でもそれを逃げ口上にするのは違うでしょ。

人間が自然に対してできることは、ほんの少しです。
でも、何かできることは、あるはず。
できることはやろうよと思う。

そりゃ難しいけどさ。
私だって、「やろうよ」と言いながらできてないけどさ。
最初から逃げたくはないじゃん。
少なくとも「何ができるのか?」と必死で考えたいな、ぐらいのことは思います。

「人間が自然に手を出してはいけない」
そんなこと、軽々しく言いたくないし、言って欲しくない。

自然だけど自然じゃない鳥。
今、私の横にある籠の中で、一口食べるごとに私の顔を確認するアホ鳥を見ながら、そんなことを考えたのでした。

切ないもんね、なんだかね。
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No title

鳥インフルエンザに罹患となると、それだけでダメなんでしょうね。

私も勉強不足でOKだなんて知らなかったですが、大丈夫なら食べてあげたいです。

巣から落ちた雛。そういや、うちの旦那が大昔、変なところ、水辺から遠いところを歩いている亀を見つけて、水のそばまで連れて行ってあげるべきか悩んでいたのを思い出しました。結局どうしたかは覚えていない。

考えてみたら

殺処分になった動物たちがその場で消毒の粉をざばざばとかけられて埋められているのをテレビで見た気がします。
まずは感染が広がらないことを考えなきゃだめなんでしょうね。
消毒よりも、焼く方がウィルスは死ぬような気もしますが、設備を作るのが大変だったりするのかなとも。
しかしなんともやるせないです。

亀への対処も難しいですね。
ほとんどひからびかけているクサガメを見つけたときは池へ連れていきましたが……。

今、日本の池では、ミシシッピアカミミガメが幅をきかせ、クサガメは淘汰されつつあると聞きます。
あのクサガメも新天地を目指してたのかなと思うと、「余計なことをされた」と思ってるだろうなと思います。

人間が自然に手を出すのは、いけないことと思いたくないけれど、でも、難しいことだと思います。
しみじみと。

まんべんなく:南里

最先端の科学でも
観察でしか確認できないことがたくさんありますよね~
そのひとつが
「エントロピー」
「まんべんなく存在」する
という自然界の掟があると思うんです
そして
自然に立ち向かおうが
共存しようが
この
「まんべんなく」という
調和の維持が法則としてあると思うんです

おはようございます~

進化があり、絶滅があるのも
「まんべんなく」
という自然界の調和の営みなんだなあと思います
もちろん、動物にも細菌にも
ほんとに「まんべんなく」あるんだなあと思いました

戦後、男性の数が激減して男女比が狂っていましたが
今や男性の数が女性を追い抜いているという結果では
寿命と出生数に
「まんべんなく」の法則がはっきりと出ているんですね~ ほー!

あるところに集中して
鳥さんをたくさん飼育する
「濃縮」にたいしては
「疫病の流行」というリスクが発生するのも
この「まんべんなく」という法則が働いているんだと思います

人類が自由意志を持っているから
正邪を判断しているに過ぎないんですけど
正も邪も「まんべんなく」存在させてくれるのも
壮大なスケールを思わせてくれています
”若旦那~、なんり、深感恩

なるほどなぁ

究極、「まんべんなく」を実現するというところに行きつくのかもしれないですね。
もしかしたら。

確かにね。
鶏の話に限って言えば、殺される前からかわいそうな境遇にある……とも言えるかもしれません。
狭いところに押し込められてますもんね。
「生きることを楽しむ」ような境遇じゃない。

命をそういう風に扱うことだって、考えてみれば横暴な話かも。
でも、人間は肉を食べる。
人間以外の肉食動物も、肉を食べます。

鶏は虫を食べるし。

そうやって、命は循環している。

世の中にはそういう動物が「まんべんなく」存在している。
それが自然なのかも。

ただね、若旦那。
「まんべんなく」な思想だけに偏ると、「個」は忘れ去られてしまいます。

だけど私たちそれぞれは、「個」です。
だから、「個」を見つめるように作られています。
とことん「個」に執着して、それを生かそうとするのもまた人間。

「まんべんなく」な自然の中に、そういう人間の性質があってつり合いがとれてるのかも。

「調和点」はどこにあるんでしょうね?
難しいっすわ。
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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