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レーゾン・デートル

「視点を上げる」ということを考えます。

もし、自分の頭の上に視点があったら、自分しか見えません。
自分のことだけ見て、考えるのは楽かもしれないけど、遠くが見えない。
見渡せないのは不安なものです。

ちょっと上げたら、周囲の人たちが見えます。

も少しあげたら、地域が見える。

そしてもっと上げたら、日本が、さらに上げたら世界が見えるかも。

もちろん、世界の中の自分は点でさえありません。
自分のことなんか考えてる余裕はなくなります。

それでも、広く見渡せる方がいい……そう思うんだけど、自分のことを第一に考えてしまうのも人間です。

だからこそ、意識的に視点を上げなきゃね。

少し前まで、一休みの昼寝なんかをすると、高い割合で明晰夢を見ました。
私は意識して空に向かい、地球を見降ろします。
頑張って高く飛ぼうとするんだけど、気を抜くと、低いところを飛んでる。

「ダメじゃん」と頑張って上に向かうけど、引っ張られるみたいに、地に近づいちゃうんですよね。
でも楽しい夢なんですよ、だって、空を飛ぶんだから。

それが最近、まぁ、昼寝をする時間がなくなってきたという理由もあるんだけど、飛ぶ夢をめっきり見ることがなくなりました。
時間が余ったとき、久しぶりに飛ぶ夢が見たいと目を閉じるんだけど、思いっきり熟睡してしまう(^^ゞ

やることが増えて、多少疲れてるのかもしれませんが、多分それだけじゃない。
もう、夢で飛ぶ必要がないと自分でわかってるからじゃないかと思います。

なぜ高く飛べなかったのか、わかるような気がするんですね。
地面に拠点がなかったら、怖くて高みに登ることはできません。

誰かの手を離れた風船が、空を漂い、いつか破裂するように。
しっかり捕まえていてくれる人がいなければ、宇宙はあまりにも広すぎます。

無条件に自分を受け入れてくれる存在。
自分を地につなぎとめてくれる存在。
それがあってこそ、空を飛べるのだと思います。

自分のコップを満たす仕事は、一人でするには難しすぎる。
誰かの手を借りなければ。

そしてそれを知っているからこそ、自分が満たされているからこそ。
……誰かのコップに水を入れるために、冷たい水にも手をさらすのです。

多分それは人間だけじゃなく、動物も同じだと思うんですよね。

あほ鳥の我がもの顔はえらいもんですよ。
頭なでろとせっつくくせに、ちょっとでも撫で方が気に入らないと、
「カァ~ッ!!」
って怒る。

そのくせ、私が部屋を出て行こうとすると、大慌ての表情で肩に飛んでくる。

何をしても許される、何をしても愛されると確信したこれらの行動は多分、野にいれば叶わないことだと思います。

雛の時代は完全に護られていても、いつかは親離れしなくてはいけません。
そして一人立ちしたら、誰ももう、自分を無条件には護ってくれやしないでしょう。

ということで……。
はい、昨日は電車とバスを利用して、いつもの公園に行ってきました。
旦那の車で行くときは30分ほどしかかからないのにね~。
電車だと1時間以上かかるんですよ。
なんせ、電車もバスも本数が少ない(T_T)
そして、連絡もイマイチ。

往路は最寄駅から乗ったんですが、一駅余分に歩いた方が速く着いてたことを後で発見しました(>_<)

駅から公園まで徒歩35分程度ですが、帰路はバスを使いました。
でも、結局歩いた方が速かったと、これまた後でわかった。

ふぅ。
まぁいいけど。

でも、時間がかかっても、行くだけの価値はあるんです。
だって「彼」がいますから。

0208_2.jpg

昨日は池のそばでウロウロしてる時間が長かった。
だから、こんなシーンも。

0208_3.jpg

セイタカアワダチソウ?
と思ったけど、草じゃないですね。芙蓉かなぁ?
実をむしって食べてました。

0208_5.jpg

流れに向かって飛んで行ったので追いかけたら、どうやらルリビタキ雌を追い払うためだったよう?

0208_4.jpg

でもこの子も結構めげず、しばらくここに居座ってました(笑)

彼のそばに1時間程度いたでしょうか?

昨日はちょっとしくじりました。
いつも着ているのと違う上着だったんですよ。

そのため、「知ってる人」と認識してもらうのにちょっと時間がかかったような気がします。
最初の30分はちょっと距離を置いてました。

でも、しつこく話しかけているうちに、
「あ、この人は大丈夫な人だ」
と思い出してくれたんでしょうか。

足元まで近寄って、地面をつっつくようになりました。

通りがかった女性たちが、
「餌をもらえると思ってるんやろか?」
と言うてはりましたが、もし餌が目当てなら、
「この人はくれない」
とわかったところで、どっか飛んでいくと思うんですよね。

くれないとわかっても側にいるのは、「人間のそばは安全」と知っているからだ、と私は思う。

1時間ほど一緒にいましたが、ジョウ君が林の中に入っていってしまったので私もおいとますることに。

バスを待つわずかな間、ジョウ雌のテリトリーに行ってみました。
ここからバス停までは徒歩3分程度ですから。

でも実は、「ルリビタキがいるんじゃないか?」という期待もあったんですよね。
いろんな人のブログを見ていると、どうやら、ジョウ雌スポットに、ルリビタキ雄がやってきているようで。

まぁ、ジョウ雌も可愛いんだけど、彼女が踏ん張ってるのを見たときは、なんとなく複雑な気持ちになりましたとさ(^^ゞ
0208_1.jpg

「あんたがいるってことは、ルリ雄は来ないってことだねぇ~」
って(笑)
ごめんよ。

その後、ちょっと遠回りして、西ノ京へ。

きとら」で、4合瓶を3本ゲットしました。

家についたら17時過ぎ。

あほ犬は上機嫌で迎えてくれますが、チュリー君はすっかり不機嫌で、私の肩にとまってずぅっとグチュグチュ言うてはりました(>_<)
ときおりほっぺたにくちばしパンチが飛ぶしさぁ(T_T)

でも多分、私の肩が彼の拠点なんでしょう。
そしてそれはとても、嬉しいことだと思うのです。
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限りなくゼロに近い:南里

しかしゼロではない命

私たちの身体にしても
細胞は見えないのに
その存在を信じて
命は営まれてると思うとき
大宇宙が意図していることが
すこ~し
見えた気がしませんか?

空を遠く
仰ぐときに自分というのがちっぽけに思えてくると同時に
大宇宙の意志がそこに入っていることを感じたりしないでしょうか?

おはようございます

命あることは
スケールのでかい時空に
愛されているということに等しくなるように思いました
誰かのコップに水を注ぐ
その行為に
何者かがまた、自分のコップに
水を足してくれていることにも
気づくのはそのためだと思いました

うーん、朝から楽しいぐちゃぐちゃ思考に陥りそう~♪
マクロとミクロの融合
そんな可能性を思わせる~ゾクゾク~ワクワク~♪
ゼロと無限大がとても近いところにあることも・・・
ははは、わけわからんですね~♪
”若旦那~、なんり、深感恩

そうなんですよね~

>命あることは
>スケールのでかい時空に
>愛されているということに等しくなる

これ、大きな自然の中にポツンと立つと、否応なしに実感させられます。

生きてるってだけで愛されてるんだな、って。

でも、気持ちに余裕がないとそれに気づけないんですよね(^^ゞ
気持ちに余裕がないときほど、それを実感したいのに。

誰かが自分のコップに水を入れてくれてることにも、余裕がないと気づきません。

う~ん、余裕が必要ねぇ(^^ゞ

ゼロと無限大の相似。
そういうものも、余裕がないと感じられないだろうなぁと思ったりします。

私たちは、ひとりひとりが無限大の存在であり、同時にゼロに等しい存在でもある。

……みたいなね(笑)

あれ?なんだか、若旦那からいただいた数学の本、もういっかい読み返したくなりました(笑)
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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