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今日はネタが二つあるんですよ~(笑)

なので今日は、私にとって重要な方の話題を。
もう一つは後日にでも。

シャチのナミちゃんについて、死因が発表されました。

太地博物館の自然プールにおいて、大量に飲みこんだ石が死の原因となった……というものです。

これは私にとっては、大きな救いなんですよ。
だって、「名古屋への引っ越し」が、ナミちゃんにとって不幸で悲しいことだったのではないかという疑念を、かなり払拭してくれますから。
むしろ、体の弱っていたナミちゃんにとって、名古屋でルルちゃんという友達と過ごした時間は、生涯の最期を飾る幸せで楽しい大切なものとなったんじゃないかと考えられることです。

もちろん、環境の変化がナミちゃんの体になんらかの影響を与えたとは思います。
が、もしかしたらそれはマイナスではなくプラスの方向にだったのかもしれません。

ルルちゃんとの触れあいによって、命が伸びた可能性もあるのです。

少なくともナミちゃんは、ルルちゃんと並んでいたとき、嬉しそうでした。
「嬉しい時間」を最後に持てたのなら、太地時代からナミちゃんファンの私にとっては、大きな救いです。

ただ、もちろんこのことことから、シャチについての研究を深めて欲しい。

なぜ石を誤飲したのか?
太地の自然プールには、小さな魚がたくさんいて、ナミちゃんのそばを泳ぎ周っていました。
もし、ナミちゃんが魚を食べていたのなら、あんなにたくさんまとわりついたりしないでしょう。

その魚がおいしくないにしても、石よりはましだったはず。

つまり、石を飲んだのは、食欲からではないような気がします。
ならばなぜ?

そういったことまで踏み込んで欲しいと思います。

石を飲みこんだ時期はわからないのでしょうか?
もし、クーちゃんと一緒のときには飲みこんでおらず、彼女が名古屋へ行った後からならば、
「寂しさ」
が原因かもしれません。

太地にいたころ、ナミちゃんはお客さんが好きなように見えました。
観客席が空のときは、プールの向こうの方にいましたが、一人でも人がいると、くる~りと泳いできて目を水面上に出し、何度も客席そばまでやってきます。

寂しがりだったのかなとも思うのです。

人間だって、一人なら寂しいですもんね。
それならば、今後シャチを飼育する際は、同じポッドの子も一緒に……などの工夫が必要かもしれません。

シャチの研究はまだまだ始まったばかりだと思います。

んなこと書くと、
「シャチを捕獲する際、どれほど傷つくか知っているのか?!」
と怒られるかもしれませんが……。

人間は他の動物を食べて生きる動物です。傷つけもする動物です。
でもその代わり、その科学的知識でもって、他の動物を助け得る存在でもあります。
「飼育」という形で生き物を研究することは、長い目で見れば、その種を助けることにもつながるかもしれません。

犬だって、馬だって、鳥だって、人間と関わった初期のころは、ひどい目に合わせてしまったのでしょう。
でもその代わり、今では多くの犬や馬や鳥たちが、人間によって助けられてもいます。

……というと、
「それは不自然なことだ。人間は他の動物に関わってはいけないのだ。自然に任せるべきだ」
と反論されるかもしれません。
が、私はそうは思いません。

人間という存在は、地球を汚すかもしれないし、温暖化の原因ともなっているかもしれません。
が、自らの意志でもって汚れた地球を浄化しようとし、温暖化(してないという説もありますが)を食い止めようと努力するのもまた人間です。

それが人間という動物のもつ「個性」。
そして人間という動物が生まれたのは自然の成り行きでした。
ならば人間が人間の個性でもって存在することもまた、「自然の意志」のはずです。

ただ、飼育や研究のために動物を捕獲する際、なるべく傷つけないようにする工夫は必要だと思います。



「生まれ変わりはあるのか」
という話を友人としたことがあります。

私は「ある」と思う……いや、思いたい。
なぜならば、この世に生まれ出ずる命が、あまりにも不公平に扱われているからです。

お金があれば幸せだなんて思いません。
ドバイの、あほみたいな施設を見るたび、
「こんなことでしか贅沢気分を味わえないとは、不幸な人たちだな」
と思います。

生きるために最低限のお金があるのなら、幸せに過ごせるかどうかは、その人の生き方次第だと思います。

でも、その最低限のお金さえないところに生まれてくる人もいる。

北朝鮮に生まれるか、日本に生まれるかで、こんなに差がついてもいいのか、と思います。
もちろん、日本に生まれてきたって、親によってはどうしたって幸せになれなかろう子どももいるでしょう。

また生まれてくる時代によっても全然違いますよね。

一度しかチャンスがないなんて不公平だ!

……そんな思いから、「生まれ変わりはある」と信じたいんですね。
「自然」がそんな不公平であるわけはない、と。

友人の意見は聞き漏れましたが、だいたい賛同はしてくれました。

ただ、そのとき食い違ったのは、
「例えば猫が人間に生まれ変わることはあるのか?」
ということ。

私は、生まれてすぐ死んでしまった子猫にも、人間の生活を知って欲しい……なんてことを思ってたもんで、
「あるんでないの?」
と答えましたが、友人は、
「でも、猫の体に入っていた魂が、人間の体に入るというのは違和感がある」
と反論しました。

そのとき私は納得できなかったんですが、今は彼の方が正しいような気がします。

動物はみな、それぞれの種の生き方を、楽しみながら、精いっぱい生きている!!
……って。

彼らに比べて人間の方が幸せだなんて考えは、かなりおこがましいものだったな、って。

昨日、「ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯」という本を読み終えたんです。

いや~~~~~~~~~~~……ひっさびさに、そばに置いて毎日読み返したい本を見つけたって感じですよ。

もちろん、今本棚に入ってる本のほとんどすべてが「読み返したい本」ですが、「毎日」ってわけじゃないもんね。

まず文章の美しさ。
これはもちろん翻訳者の梨木さんの手柄もあろうけれど、元の文章のもつ品が隠れることなくにじみ出てきています。

一文一文に、スズメのクラレンスに対する愛情が輝き溢れているかのようなんです。

作者にとって、一羽の小さな、障碍をもつスズメが、どれほど大切な存在であったか。
それがわかるだけに、晩年の記録には胸が痛みます。
……だって、私にも同じ記憶がありますから。

かのペットたちが、もし人間に生まれてきたとして、それが過去に鳥として、イヌとして、猫として生きた日々より、……そして彼らが人間と過ごした日々よりも幸せなことだと言い切れるでしょうか?

スズメの魂というものがあるのならば、それはスズメの体にあってこそ幸せを感じられるものなのかもしれません。
だからこそ、私たち人間は、自分のパートナーとして選んだ動物に、「その動物として最高に幸せ」な一生を生きてもらえるために工夫し、愛情を注がねばと思うのです。

それならばナミちゃんは、今頃どこかの海で、またシャチとして生まれているかもしれません。
「人間は悪い存在ではない」
と知っているシャチとして。

そんなことを想像してみたりするのです。
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のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

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