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鳥頭

今、「もの思う鳥たち―鳥類の知られざる人間性」という本を読んでます。

はっきり申しますれば、「詰め込み過ぎ」な内容で(^^ゞ
いろんな鳥研究本の中から、結論だけ抜き出している感じ。
「なぜそういう結論に導かれたのか」
というところはかなり飛ばしてあるんで、カタルシスはイマイチ(^^ゞ

カタルシス……。
ここんとこ、なんかモヤモヤしてたんですよね。
ここんとこっていうか、いつもの繰りごとなんですけどね。

「動物を飼うということは、どういうことか」
みたいな(笑)

まだわんこはね。
ドッグランみたいなところに連れていけば、
「広い野原を思いっきり駆けまわる」
という疑似体験はできるかと思うんです。
いや、うちのあほ犬は心臓が弱いんで、それはもうできませんが……。

でも、鳥の場合。
「大空を思いっきり羽ばたかせる」
のは危険すぎる(^^ゞ

それを知らないうちのあほ鳥は、幸せなのかなぁって思ったりするわけですよ。
オカメインコって、すっごく間抜けっぽいけど、「オーストラリアで最速の鳥」らしいんですよね。

怖がりなので、未だにこの六畳間から出たがらないヘタレ鳥。
でも、もし他の鳥たちと一緒だったら、もっと生き生きのびのびと飛ぶんじゃないかな~とかね。

そんなこと考えるより、わが家でペットたちが幸せでいられるにはどうしたらいいかと考える方がずっと有益だとはわかってます。
わかってますが、考えちゃうんですよ。
性癖ですね、仕方なし。

それに、「この子たちにとって本当に幸せと感じるのはどういうことか?」と考えることは、「わが家でどうやってそれを再現できるか」という発想につながりますしね。
無意味じゃない。

その一環として、上記の本を読んでいるわけですが……。

これによれば、今や、「鳥頭」は「三歩歩けば全て忘れる」というものではないと科学的に実証されているとあります。

確かに、鳥を見ていると「賢いな」と感じます。

文鳥のチュッチュが家にいたとき、一番強く感じたのは、
「頭の大きさと脳みその大きさは比例しないのか?」
てなことでした。

昔飼っていたジャンガリアンハムスターと文鳥は、頭の大きさでいえば、ジャンガリアンの方がずっと大きいぐらい。
なのに、いろいろなことを認識する力という点においては、ケタ違いに賢いんですよ、文鳥。

まず、自分が呼ばれていることを認識できる。
名前を呼ぶと、5割ぐらいの確率ではありますが、
「チュ」
と返事をしました。

飼い主の状態を見る観察眼もかなり優れていたと思います。

私が風邪で寝込んだとき、チュッチュは決して騒ぎませんでした。

「一日一時間は放鳥してあげたい」
と、籠の扉を開けても、なかなか出てこず、私が布団に戻ったのを確認してから枕もとに飛んできて、私の顔をじっと見つめていたことを思い出します。

とはいえ、ジャンガリアンハムスターが、「何もわかってない」とも思いませんでした。

名前を呼んでも特に反応はしませんでしたが、それはどちらかというと、「習性」なのではないかと思います。
群れで暮らす文鳥に比べ、単独行動のハムスターの社交性が劣っているのは当たり前のことでしょう。

長く飼っていたももちゃん、ちび雄、ちびは、私を認識して手に登ってきましたし、ちび雄に至っては、最期の日、私の手から降りようとせず、死に際して一度きちんと起きあがり、私の目を見てから絶命しました。

彼らがその小さく無邪気な頭の中で、なにがしかを考え、意志を持って動いていることは明らかです。

人間の目から見て、頭が悪いように見えるのは、人間が、人間の考え方に沿ってしか生きられないからでしょう。
彼らには彼らの手順があるし、生き方というのもある。
その手法が、人間とは違うだけなのだと思います。

でも、その手法というものがどういうものか、わかっておく方がいいに決まってます。
というわけでさまざまな研究がされているようですが、私はどうも、「研究書」というものが苦手で。
わんこはねぇ、まだ「表情」がわかるんですよね。
もちろん、イヌについてもいろいろ知っておいた方がいいとは思うけど、あほ犬については、
「幸せそう」
「何か悪いことやったな?」
「拗ねてやがる」
てなことは、なんとなくわかります。

それの対処方法がわかるかどうかはまた別の話しですけどね。

いや、心臓の弱いあほ犬のために、「ドーム型のベッド」を買ったんですよ。
実際に手をつっこんでみるとかなり温かく、わんこも嬉しそうなんですけどね。
普段はちゃんと「中」に入って寝てます。
が、私と旦那が一緒に出かけて帰ってくるとね、「上」に上がり込んでるんですよ。
それじゃぬくくないやろがね。

拗ねてるんでしょうね~……。
拗ねないように説得することはできんので、「上」の隙間をなくす工夫をすることで対処しました。
あとは、家でなるたけスキンシップをとるようにすることぐらいかなぁ。
一緒に出かけなくても、家でたくさん遊んでるときは、あんまり拗ねないんですよね。
そこらへん、「イヌの気持ち」は割とわかりやすい。

あほ鳥も、楽しそうにしてるのはわかるんですけどね。
何をしたら楽しいのかはわかりますし、その理由もわかります。

問題は「怒」ですよ(^^ゞ

「撫でて~♪」
と頭をすりすりしてくるから撫でるやないですか。
しばらくは嬉しそうにしてるのに、いきなり
「ふーっ!」
ってなんやのよ、それ(>_<)

指を近づけると頭を差し出してくることもあれば、威嚇することもある。

君の感情はほんまわからんよ。

冒頭の本によれば、鳥には、人間が持つような「思いやり」や「助け合い」という感情があるとのこと。
セキセイインコのような小さな鳥でさえ、人間の言葉を覚え、それを相応しい状況で発することができるんだと書かれてあります。

例えば、「扉を開けて」「それをちょっともらっていい?」「シャワーを浴びたい」など。

明らかに彼は自分の意志を持ち、相手に働きかけることを知っているということですね。

でももちろんそれは、うちのあほ鳥を見ていても了解されます。
外に出たいとき彼は、独得の声で鳴きますから。

餌を入れ替えて欲しいときは鳴きません。
餌箱の前に立ち、じ~っと中を見つめ、その後私を睨んできます。
それで、私が「餌を入れ替えて欲しいんだな?」と理解できるとわかってるんでしょう。

あほはあほなりに、どうすれば私を動かすことができるのか、ある程度理解しているようです。

出してほしいときでも、私が掃除をしているときは静かに待っています。

「どれだけ鳴いても、今は出してもらえない」
と理解してるってことでしょう。

あほ鳥が私の肩で遊んでいるとき、可愛さあまっていじめたくなることがあります。

掌を小さな頭の上5センチぐらいでかぶせるようにすると、あほはものすごく怒ります。
その高さのまま親指と人差し指で丸を作り、ちょっとだけ近づけると、自分からそこに頭を突っ込んできて、キョトンとしています。
しばらくすると、
「ハッ!」
という感じで気づいて、
「放せ!出せ!」
と、大騒ぎ。

こういうときには私の手を噛んできますが、ほとんど力を入れてないようです。

手を放すと、
「ふんっ!」
と鼻息を荒げますが、そんなことをされても私を嫌いになる様子はなく、肩の上がいやな場所になるようでもなく。

何を考えているのかな、何を感じているのかな……と。

いろいろ考えちゃうんですよね。

ただ、これだけは思います。
人間は、「自分たちだけが知性を持つ動物だ」なんておごっちゃいけないってこと。

淡水魚カダヤシ、ヒト並に数を認識
なんて記事もありますしね。

だけど、何考えてるんだか、よくわからんのよね~(^^ゞ
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霊長類の長として

このようなタイトルで書くと
人類を一番テッペンにもってくる図を想像してしまいますが
そうではありません

理科の時間でも習ったように
進化の図表では時間軸の最底辺に描かれ
つまり
すべての動植物はこの大宇宙の営みの中の種の創世において
大先輩であり、人類はその末裔に当たるということに気づいた次第です

おはようございます

「自由意志」
この人類に与えられた能力
これが、感情と混在し
私たちは
「同種の命を奪う」という
他の種ではあまり見かけない行為をします
逆に
「孝の念=先祖を敬う」という
他の種ではあり得ない美徳をも
その感情と共に確立してきたように思います

飽食の時代
食物が大量に捨てられることを知っていながら
もはや「食物=命」
ではなくなり
「命をいただいている」
感覚も希薄になってきているように思います

まさに
のん様、おっしゃるように
>人間の目から見て、頭が悪いように見えるのは
>人間が、人間の考え方に沿ってしか生きられないからでしょう。
そう、命に対する考え方を
現代になって、失ってしまっているように思います

「自由意志」のなす
先祖を敬う、国土を愛する、ひいては、国土の恵みに手を合わせる
神道?
は、霊長類の長としての生き方を暗に伝えているのかもしれないなあ~
と思います

このレポートには
大自然への畏敬の念というものが含まれていて
命はいかに活かすべきものかを
問いかけていると飛躍して考え込んでしまいます~♪
”若旦那~、なんり、深感恩

今気づきましたが

若旦那の文章には、誤字脱字がありませんね。
けっこう長文を書いてはるのに。
性格がしのばれます。

なんというか、一緒にしちゃ失礼ですが、鳥にもそういう、「性格がしのばれる」行動があるんですよね。

「命」というものを考えてしまいます、ほんと。

ただ、考えすぎると、動物の肉が食べられなくなってしまいますが……。
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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