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ego

いや別に哲学の話を始めようってんじゃありません。

単に、「いや~、自分のことは自分ではよく見えないもんよねぇ~」と思ったもんで、そんな話をうだうだやってみようかなと思っただけなんす。

でも「自分」じゃなんか治まりが悪いし、「自我」っていうとえらい硬い感じがするし。
「エゴ」ってカタカナで書いちゃうと、「エゴイスト」っていう単語をすぐに連想しちゃうじゃないですか。

んなわけで「ego」と、英語で表現したんですが……え、よけい意味不明になってる(^^ゞ?
ありゃりゃ……。

それはともかく。
自分の姿ってのは、自分ではなかなかよくわからないものです。

もちろん、自分にしか見えない自分ってのもあるわけですし、他人にしか見えない自分ってのもあるわけで。
気持ち悪い話ですが、自分にも他人にも見えない自分ってのもいます。
それを思うと、どうしても頭の中に、子どものころに「妖怪図鑑」で見た、「クラーケン」を連想しちゃいます。
クラーケンってのは、海の中に潜むでっかいイカの化け物で、一説では2キロ以上にもなるとか……。
うっそ~ん(笑)

でも、自分の自我を想像すると、この化け物が出てくるんですよね~。
どんな自我やねん(^^ゞ

ま、それはともかく。
自分ってのはわからないものです。

「どうしても好きになれない」と感じる人がいた場合、その人は自分と同じ欠点を持っている可能性が高い……なんて話を聞いたことがあります。

確かにそうかもしれないと思う。
だから、怖いんですよ。

私がすごく憎んでいる特質を、実は自分自身も持っている……。

でも、残念ながらその通りだと思う。

自分自身がその特質を有しているからこそ、そしてその自分の中の特質を憎み、矯正しようと苦悩しているからこそ、その特質を表現する人を「いやだ」と感じちゃうんだと思います。

昨日テーマにした、「自分が何をやっているか自覚せず、群れたがり、そのために無意識のうちに人を傷つけてしまう人」を私は嫌いですが、でも自分も同じような性質を持っていることを自覚してもいるんです。

まぁ、群れるのは苦手ですが、人の言葉を鵜呑みにし、自分でちゃんと調べずに放置してあることのなんと多いことか。
しかも、その「鵜呑みにした考え」が、誰かを批判するものであったり、誰かを害するものであることさえあるんですよね。
もちろん、「え~加減な知識」はそれだけでも害ですが(^^ゞ
誰かを傷つけるものであった場合は、もっと深刻です。

なので、いわゆる歴史の証言については、真実がわからない限り、「どっちが悪い」「どっちが正しい」なんてことを言いたくないなと思います。
わからないものを、決めつけたりできないですもん。

とはいえ、外交の場では、その限りではないかもしれませんが。
駆け引きってのもありますもんね。

ただ、態度をはっきりしないといけないのに、はっきりできないという場合もあります。

「宗教」についてですね。

今朝のニュースで、一番気になったのがこれ↓↓↓なんです。
ES細胞連邦助成 地裁の禁止命令に米政府控訴へ

この記事では「生命倫理に反する」という表現をしていますが、他の記事では、「卵細胞を壊すからダメ」と書かれていたりして、厳密には何がいけないのかよくわからないんですけどね。

ただ、こういう、「キリスト教的感覚」には、どうしても反感を覚えてしまうんですよ、私。

というのも、彼らの主張は、「神の倫理」に基づいているわけで、その「神の倫理」は聖書に存在するものしか認められません。
つまり、彼らとどれだけ話し合ったとしても、「聖書」を盾に絶対譲歩しないであろうということが想像されるからなのでございます。

この「聖書を盾に」ってのが、超ムカつく(笑)

結局ね。
聖書を盾にしているような人は、「聖書を鵜呑みにして自分が何を言っているか自覚せず、聖書の下に群れたがり、自分が誰かを傷つけているなんて考えようもしない人」なんですね。

だけどもちろん、クリスチャンのすべてがそういう人なわけではありません。

聖書を盾に人を傷つけるとしたら、それは他ならぬ自分自身であるという人もたくさんいるはず。

キリスト本人もそうであったと、私は思っています。
そうでなければ、死の間際に、エリ エリ レマ サバタクニ……「主よ、なぜ私を見捨てたのですか?」と叫ぶはずがないと思います。

さまざまな迫害を受けて苦しみながら、でも「主は正しい」と信じることで自分を鞭打ち、そして死んだキリストは、少なくとも聖書を読んでいる限り、聖書を盾に誰かを傷つけはしなかったようです。

まぁ、ユダについてはさまざまな解釈がありますけどね(^^ゞ

「何度も神を疑った」と告白した、マザー・テレサにも同じことを思います。

だから、クリスチャン全体を憎んだりきらったりしてるわけじゃありません。

が、「キリスト教」を好きかどうかと言われたら、あんまり好きくない(^^ゞ

特にね、布教の際、土着の神様をどんどん悪魔に仕立て上げていったという手法が超気に食わない。
「自分だけが正しい」って思ってるからそういう風な布教の仕方になるんだよね~。
キリスト自身は決してそうではなかったと思うのに、なぜキリスト教はそういう布教の仕方をするのかよくわかりません。
でも、そういうところは嫌い。

ですからね。
人間として尊敬できるクリスチャンが、キリスト教の話を私にしてくださるとき、どんな態度をとれば良いかわからなくなるんですわ。

「神のために自らの命を削っておられる立派な方」には大いなる敬意を持ちますが、彼らが信じる「神」はあんまし好きくないんだもの。
人間だろうが神だろうが「我だけが絶対的に正しい」って言われたら、絶対近づきたくない。

日本人は信教の自由が保障されてるって言いますよね。
でも、日本書紀を「正史」とすることをやめない限り、厳密には信教の自由は保障されてない。
とはいえ、日本の神様は、その存在の絶対性はともかく、正誤の絶対性には言及されてません。
素戔鳴尊なんて、天つ罪を一身に背負ってますもんね。
罰せられ、殺された神もいます。
また、「神」について、詳細な描写はなく、人それぞれが、それぞれの「神」を持つことも可能だし。

そういう点で、私はキリスト教の神より、神道の神に共感するのでございます。
とはいえ私が信じる「神」が、神道の神なのかどうか、自分でもようわかりませんけどね(^^ゞ

でもまだ、クリスチャンの人たちは、強引な布教をしないから、それほどの葛藤はありません。

問題は、折伏を仏の道などとおっしゃるあの宗教でございますね。

信者でも、折伏をしてこない人はいますから(選挙の際にはしつこく電話してきはるけど)、全員がいやだとは言いません。
実際、仲よくしている信者さんもおられます。

でもね~……あそこは、折伏してなんぼの宗教なんですよね~~~~~~~~~~~~~~~~。
だから、「信者」と聞いた途端、近寄りたくなくなるんですよ~~~~~~~~~~~~~~~。

こういうのって、「個をちゃんと見ずに、信教という非常にマクロなものでもって人を判断する」ということであり、そういうのは、「自分でちゃんと考えず~(以下略)」になるんじゃないかと考えるとねぇ。
ジレンマ(笑)

だけど、「個人をちゃんと見なくちゃ」と近づいた途端、折伏される~~~……なんてことになったら最低だと思いません??

私の鬼門である、「依存心が強く、独占欲も強い女の子」についてもそうです。
いつも抜き差しならんところまで依存され、「私以外の人と出かけないでください」なんてことまで言われて、ぎゃぁぎゃぁ言ってご縁を切ることになるわけですが。

対処法として、
「そういう人の話をちゃんと聞くからあかんねん。危ないと思ったらすぐに逃げたらええねん」
とアドバイスされるんですよ。

でも、それは私がとてもいやだと思っている、「自分の目でちゃんと見ずに(以下略)」にあたりますよね??

う~~~ん。
どうしたらええの~~~~~~~(T_T)

多分、私は、何か大きなものを見落としているんでしょう。
だからこんなところで足踏みしてるんだということはわかってます。
わかってるけど、所詮私の器なんてこんなもんよ、へっ!!

ま、そんなわけでですね。
自分をちゃんと見つめるのは、大変に難しいことなのですよ、ほんま。
はぁあ。
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私も気をつけなくては!

いや、のりちゃんさんは、常に振り返っておられ、俯瞰して自身を見る方だと思います。
私こそ、ここにあるように、結構「鵜呑み」の上での失敗をしてるので、気を付けようと思いました。

しっかしブッシュは本当にことごとく天然の頭悪すぎるやつでしたね。
真の悪人ではないと思うんですが、それこそ、自分でものを考えない代表みたいな。

卵子で生命がどうしたとか言ってるけど、じゃあ、あんな言いがかりの戦争やって、すでに生まれた者をころすのはいいのか、って誰もがツッコまずにいられないですよねー。

ねぇーー、キリストって、本当もっと単純なことを説いていたはずなのに、なぜこうなってしまったのか。
のりちゃんさんがギャグで書いたつもりの原稿を「かわいそう」と読んだ先生のように、意図というのはなかなか伝わらないですよねー((かといって、1を聞いて、こっちが言いたいことを10わかってくれる人もいるし、本当に人はいろいろですね)

ブッシュ

というか、イラク戦争が起きたのは、二回とも「ブッシュ政権」のときですよね。
アメリカ国民はそのことになんの疑問も抱かないんだろうかとすごく不思議に思っていました。

イラク戦争の後、続けてもう一期大統領の地位につけたことに、何か胡散臭いものを感じてました。

そもそも「人間が神の領域に手を出してはいけない」という主張が、なんか変な気がするんですね。
「神の領域」が、そんな簡単に人間の手の届くところにあると思ってるのかなぁ??……って。

だって、うちのあほ犬が、どれだけ賢くなったとしても、料理をするとは思えないじゃないですか。
せいぜいお使いができるぐらいで(笑)
犬と人間の差でさえ、そんな簡単には埋められないのに、人間と神の差はそんな簡単に近づくと考えてるのか……って。

そういう考えこそ、神を冒涜してんんじゃないの~……って(笑)

唯円は、「偉大なる親鸞の教えが、なぜこんな変な解釈をされるのだ」と嘆いて「歎異抄」を書いたと言いますが、もしキリストかその直接の弟子が今生きていたら、「驚悲怒歎異抄」を書くんじゃないかとか思ったりします(笑)

最後に、人間は過ちを犯す動物ですから、「自分だけは大丈夫」と思わず、いつも「気をつけよう」と思っていたいですね。
しんどいですけど(^^ゞ
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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