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ベランダへの客

旅行から帰ってきたとき、梅雨が明けたばかりだったこともあり、ベランダの大葉はまだ元気でした。

行く前に、水を入れたペットボトルの蓋に穴を開け、土に差し込んで行ったのも功を奏したみたいです。

が、今ごろになって葉っぱがボロボロに……。

はい。
虫がつきました(-"-)

いつの間に……。

ほんまにもう、油断もすきもないってことで目につくものは退治したんですが、気付いたらまた食べられてたりしますからねぇ……。

はぁ。

ま、それはともあれ、わが家のベランダには、いろいろなお客様がきます。

雀もよく来てますね。
ベランダ上部には波板の屋根がついていますが、その上に虫がつくらしく、雀たちがやってきては、コツコツとつついています。

ときどき手すりに止まって中をうかがってる様子は、かなり可愛いです(#^.^#)

が、なぜかわが家のベランダには、命が尽きる寸前のセミがよくやってこられるようなんですよ。

植物に水をやろうとベランダに出たら、セミの死骸が転がっている……ということがよくあります。

飛びこんでくるらしいんだけど、なんで?
お隣に聞いてみたら、
「うちはそんなことない」
と言われたんで、多分、うちにやってくる理由があるんでしょう。

お向かいのうちにある木からセミの鳴き声が聞こえるから、そこで最後の歌を歌った後、飛びこむ日影としてはうちのベランダがちょうど良いとかそんななのかな?

さて。
私はセミという虫が、なんとはなしに好きです。

「ショワショワショワショワ……」
という鳴き声は、いかにも夏の暑さを体現しているようではありますが、私はあの声を聞くと、暑さによる不快感が半減します。

あんな小さな体で、どうやったらあんな大きな声を出せるんだろう。
ある神社で、たった一匹のセミの体から、あの圧倒的な声が湧きあがっているのを確認しました。

初夏のころ、境内にある桜の樹から、ショワショワという大声が聞こえてきたので、近づくと、私の気配に怯えたのか、一気にシンと静まりました。

私はそれまで、「ショワショワ」という合唱は、かなりたくさんのセミによるものだと思っていたので、一瞬にして静まり返るというのは、かなり気持ちを合わせて鳴いているのだなと感心していたのですが……。

樹にいたのは、どうもセミ一匹だけのようでした。
近づきすぎた私から逃げて、たった一匹が飛び立った後、待てど暮らせど、この樹からセミの声が聞こえることはなかったんです。

それでやっとわかったんですね。
「あれは合唱じゃない。ホーミーなんだ」
って(笑)

ホーミーって、あんまりメジャーなものじゃないのかな(^^ゞ?
一応説明しておきますとですね。
一人の人が同時に二つの音程の音を出し、音楽を奏でるというものです。
モンゴルの人たちの伝統的な「歌」のスタイルで、練習次第では誰でもできるとか……。
とはいえ、私は舌が不器用で、口笛も巻き舌もできないので、ホーミーも多分、できません(^^ゞ

さて、セミに話しを戻しましょう。
アブラゼミの鳴き声って、高い音や低い音が入り混じって、よくよく聞いてみると、かなり複雑なメロディーを奏でていますよね。
でもあの音は、一匹のセミの羽、たった二枚で作り出すものなのだようです。
なんだかそれが、すごく不思議なことのように思えるのは、私だけでしょうか?

なんとなく、「体を張って鳴いている」という気がするんですよ。
そしてそう感じてしまうと、あの無骨な虫が、いじらしくなる(笑)

一体、昆虫の中でも、セミは「不細工」な方になると思います。

目は離れてるしね(笑)
くちばしのところに入っている皺は、いかにも「吸ってます!!」っていう感じで、卑しくさえある。

体形だって不細工です。
なんてったって、くびれがない。

蟻ンコがマリリン・モンローだとしたら、セミは小錦ですよね。

ガニマタだしねぇ。

透明な羽根が孤軍奮闘しても、やっぱりセミは不細工だと思う(笑)

でも、嫌いじゃないんですよね(^^ゞ

昨日、多肉植物たちが干からびてきた感じがしたので、水をやることにしました。

大葉などに水を撒くときは、立ったまま降りかけるようにしますが、多肉たちは小さな鉢の中にいるので、ちゃんと的にあてるためにはしゃがみこまなくちゃいけません。
視点を低くして、ふと、プランターの影にいるセミに気づきました。

足に力が入っていますから、まだ生きているみたい。
でも、鳴きも動きもしない様子から、もう長くはないのだろうということはわかります。

私が近づいても飛び立ちません。
ただ、前足をかすかに上下させているのを確認しました。

静かに命を終えさせてあげる方がいいだろうなと思い、セミに背中を向けます。
そして、多肉たちの鉢に水を流し込んでいると……。

ジッ!!
と短い鳴き声がし、少し間を置いて、「ジャジャジャジャ」と取り乱した音が。
振り返ると、いったいどうなったか、セミは腹を上に向けて手足をバタバタさせています。

……多分、飛ぼうとして失敗したんでしょうね。
もう、わずかな力しか残ってないんでしょう。

足の間に指を入れるとしがみついてきたので、大葉の影に置きました。
日影で静かに最後の時間を過ごしてもらおうと思ったんですよ。

でも、なぜだかわかりませんが、彼はいきなり「やる気」になったようです。

大葉の茎を昇り、てっぺんまで来ると今度はベランダの柵に移ろうと手をワキワキさせています。

どうしても届かないようなので、大葉の茎の根元部分を持って、ベランダに寄せてみます。
案の定、セミは柵に移り、また登り始めました。

……なんでそんなに一生懸命登るんだろう??

猫は、死期を悟ると自ら姿を消すって言いますよね?
セミも、死期を悟ると樹の上に姿を隠すとか、そういう習性でもあるんだろうか?

理由はわからないままに、セミの動きを追いかけていると、彼はピタリと動きを止めました。

虫の目はどこを見ているのかよくわかりませんが、なんとなくキョロキョロしているようにも思えます。

そしてすべての足に力を籠め、「ジッ」という言葉とともに、飛び立ちました。



まだ、飛ぶ力が残ってたんだね。
命って不思議です。



昔、ハムスターを飼っていたとき、一番の甘えん坊だった「ちび雄」は、断末魔の直前のほんの短い時間、意識を取り戻しました。
私の手の上にいるのが好きな子で、亡くなる日の夕方、手の上からケージに戻そうとすると、しがみついて降りようとしませんでした。

ちび雄が倒れたとき、私は風呂に入っていました。
「ちび雄がのりこを探してる!」
と旦那に呼ばれて慌てて飛び出すと、もう倒れて意識を失っていました。
旦那曰く、急に小屋から飛びだしてきて、何かを探すようにウロウロしていたそうです。

倒れているちび雄を持ちあげると、まだ脈動がありました。
掌の上に乗せて、何分ほどが経ったでしょうか。

急にちび雄が起きあがりました。
そして私を見つけ……。
私はハムスターが泣くのを初めてみました。

大きな瞳に涙が溢れ、こぼれ落ちるかと思った次の瞬間、再び倒れ込み、小さく痙攣し、息をひきとりました。

ちび雄は2歳半と高齢でしたし、何かの病気も患っていたかとも思います。
自分の死期を知っていたのでしょう。

でも、消える直前の命のすべてを振り絞って私にさよならのあいさつをした、あの小さな生き物のことを思い出すたび、
「命って、なんと尊く、苛烈なものなのだろう」
と思わずにいられません。

なぜ彼は静かに、わがままに、自分のためだけに最後の命を使い果たす道を選ばなかったんだろう、と。
別に、私に義理だてする必要はなかったのに……、と。



「命」は、それ自体が、何かの意志を持っているように思います。



あのセミは、最後の時間を過ごすに最適の場所を見つけることができたんだろうか?

短い青春の謳歌を胸に、命を燃やしつくすことができたんだろか?


命って不思議です。

その後私は、掃除とか買い物とか、やることはまだまだ残っているというのにすっかり呆けてしまい、ベランダの柵にひじをついて、遠くのお空をしばし眺めておりました。

夏は嫌いじゃないんだけどね。
命の終わりに何度も対面しなくちゃいけない季節でもあるんだよね……。

でも、夏本番は、まだ、これからです。
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大気の輝き

ベランダには
「陽だまり」という言葉が似合うなあといつも思います
スズメが来てくれて、ほんとそんな感じがしました

おはようございます

夏は大気に光が充満して
とても好きな季節です

蝉の声とともに
大気に命が、みなぎっているようにも思います

「晴れた日に、希望を抱かない人がいるのか」

夏の光は、元気や希望をくれます

生から死への営みが
春夏秋冬に似ているなあと思いました

夏に蓄え、鍛えた力が
秋に熟成され成果となる

自分の人生、ちょうど秋なのかもしれないなあって思いました

「別れの覚悟」
そんな言葉も思い起こされ
「立つ鳥、後を濁さず」
締めくくり方も準備がいるということでしょうか・・・
「ちび雄」くんに敬意を表します
”若旦那~、なんり、深感恩

何をおっしゃいますやら

若旦那はまだまだ夏ですよ、大丈夫。
ちなみに私も旦那もまだまだ夏をやるつもりです(笑)

でも、人生の締めくくり方については、いろいろ考えてしまいます。
残った人たちを困らせないように。
そして自分も思い残すことのないような生き方をしたいですよね。

夏は暑いけど素敵な季節だと、私も思います。

そうなんですよ。
生命力がみなぎっている。

でもそれが少し怖いような気もするのは、年のせいなんでしょうね(^^ゞ
なんにせよ、過剰なものが怖く感じるようになってしまいました。

ちび雄についても、ありがとうございます。
最後に挨拶してくれたからか、いつまでたっても思い出が褪せない子です。
今頃は、生まれ変わっているか、それとも虹の橋のたもとで待っててくれているのか……。

ときどき、
「チュリーがちび雄の生まれ変わりだったら?」
と思いついたりしますが、おっとり人の良かったちび雄に比べると、チュリーはかなりわがままです(笑)
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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