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自立と甘えと

今回の旅行において、一番の懸案事項は、チュリー君でした。

私が留守をしている間は、いっさいご飯を食べないのが特に心配で。

それにチュリー君は、飛ぶのが下手なんですよ。
普通の鳥が、飛び方を覚えるとき、ペットショップでは翼を切ってしまいます。
だから仕方ないと思うんですけども、どうも飛び方がぎこちない。

「怖がりである」ということも、上手に飛べない原因の一つだと思います。
「ここは着地しても大丈夫」
という確信をもてない場所に足を降ろすことができないんですよね。

だから、「いつもの遊び場所」である、棚の上の棒か、籠の上、もしくは私の肩……がない場所では、どこに着地して良いかわからず、円を描いて飛びまわった末、速度を落として壁に当たり、そのままずずずずずと降りてくるという感じの着地方法を選ぶようでした。

旅行中は、実家で預かってもらうことになっていたのですが、両親は鳥を飼ったことがありませんから、扱い方を心得ているとは言い難い。

旅行前に試しにと実家に連れていってみましたが、外に出ても、私の肩から離れません。
そして、何かの物音に驚いて飛び立った後は……やっぱり壁に足をついて、ずずずずずず……と降りてきたのでした。

……不安だ(^^ゞ

だから万全の策をとったんです。

まず、出かける一日前から実家入りし、私と一緒に、
「ここは安全な場所」
と覚えてもらう。

ボイスレコーダーに私の声を吹きこみ、あまりにも淋しがるようなら聞かせてもらう……などなど。

そして唯一、チュリー君にだけ後ろ髪をひかれつつ、沖縄へと出発したわけでした。


が。

次の日、母からきたメールをみて、ちょいと愕然。

私がいなくなった後も、チュリー君は変わらずご飯を食べ、
「外に出せ!」
と騒いだんだそうな(^^ゞ

そして、外に出すと、敢然と飛び立ち、堂々たる態度でカーテンレールに着地。
そこから両親を見降ろして羽繕いをしていたとか。

気が済むまでカーテンレール上で遊んだあと、母の肩に着地。
そこから籠に入っていったとか……。

なんやそりゃ?
まるで、「自立した、しっかり者の鳥」っていう感じですがな(^^ゞ

次の日からは、心得たように、出してもらった途端、カーテンレールへ。
さえずったり、羽繕いをして、気が済んだら母の肩へ、そして籠へ……。

その上、カーテンレールから、部屋中を飛びまわり、食器棚の上に止まったりもしたそうな。

私がいたときは、同じ場所で、
「どこにとまったらいいか、わかんないよぅ~~~!!」
と騒いで、不器用に降りてきたくせに……。

母の話を聞いて、
「う?」
となったのはそれだけではありません。

「うるさかったけど、いろいろモノマネをしてくれたから、楽しかったよ」
と言われたんですよ。

モノマネ?????????

母が洗濯をしていたとき、チュリーの籠から、「会話」が聞こえてきたそうな。
何を言っているかわからないけど、明らかに二種類の声色を使い分け、何か言い合っていたとか。

また、
「『ホーホケキョ』は何回か聞いた」
とも。

これは父も、
「あれは間違いなく『ホーホケキョ』やった」
と頷きます。

……うちでは一度も聞いたことないんですけど……。

二種類の声音ってのも、トンと見当がつきません。

うちにいるときは、
「ぴゃぁ」
「びゃ♪」
「ピロッピロッピロッ」
「ギャァ!」
「アァ」

ぐらいしか鳴かないのに。

「ピロッピロッピロッ……」
は多分、さえずりで、この後に、
「ピッピャラピッピャラピッピャラ」
というメロディが続きますが、これが唯一、「モノマネをする鳥」らしい鳴き方です。

それが、「ホーホケキョ」と鳴くとは、どういったことなんすかね?????

確かに、「ホーホケキョ」は、旦那が教えてましたから、それを覚えたのかもしれないけど、うちでは一度もそんな鳴き方したことないんですよ。

それにうちでは、籠のふたをあけると一目散に出てきて、私の肩へ飛び移り、そこから離れることはまずありません。
ときどき思いついたように、棚の上の棒に飛んでいき、棚の上を探検していますが、9割以上の自由時間を私の肩の上で過ごしています。

その姿は、「甘えた」以外の何物にも見えないんですが……。

実家で見せた、「しっかり者の鳥」的態度は一体全体なんやねんと言いたい(^^ゞ


よくはわかりませんが……。

私は、旦那がそばにいると「びびりぃ」になります。

例えば吊り橋を渡るとき、横にいるのが友達ならば、私は別に騒ぎません。
高所が得意なわけではないので、立ち止まって景色を楽しんだりはほとんどしないと思いますが、スタスタとさっさと渡り切っておしまいだと思います。

吊り橋を渡らなくて良いならば、避けるでしょうが、渡らなくてはならないのならば、さっさと渡ってしまう方がいいに決まってますからね。

やらなきゃいけないことから逃げるほど子どもでもないし、せっかちなのでどうせやらなきゃいけないんならと肝が据わるのも速いんです(笑)

でも、旦那が横にいる場合、
「いや~~~~~~~~ん、手ぇつないでてぇ」
「腰を持たせてぇ」
「おんぶしてぇ」
となっちゃう。

つまり、横に甘えられる人がいると、弱虫になっちゃうんですね。
甘えられる人がいないと、普通の自立した人間になれる。
それどころか、頼りにできる人がいない場面での私は、なかなかのシッカリ者でさえあるんですよ(笑)

もしかしたらチュリー君も、本当は、ごくごくしっかりした鳥なのかもね。
「甘えただ、甘えただ」
と困ってたけど、私が甘やかしすぎるのが原因だったのかも(^^ゞ

とにかく。
チュリー君は、私がいなくても立派に生活していけることがわかりました。

環境が整ってきたので、これから少しずつ、旅行が増えるかも、しれません。
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「良かれ」と思ってする

周囲の環境によって
人は立ち居振る舞いが異なるから
面白いなあってよく思うんです

チュリー君にしてみれば
「僕の飼い主を生み育てたご両親だから
 かしこそうなところを見てもらわねば
 飼い主に恥をかかせてしまう」
なんて想いだったら
ははは、
とっても面白いなあって思うんです

他人の家に泊めてもらうとき
「お郷が知れる」ので一段とお行儀よくしたりする心理を
持っているのかもしれないですね

なんにしても、かしこい鳥さんですね~

こんにちは~

人そして生物もまた
それぞれ違うということを知っているから
できるだけ幸福感を与えられるように(役に立つこと)、
できるだけ居心地良くいられるように(幸福感を得ること)
立ち居を想い、振る舞いに変化をつけていると思います

ただし「良かれ」と思ってするという
行動の動機はブレてないのだと
気がついた次第です

この「良かれ」と思うことが
結果においてどれほど叶うかを
相対する人との間合いを
勘と経験、むしろ経験で計りながら
生きているんだなあって思ったんです

それで
結局、自らの人生を充実させるためなんでしょうね
「良かれ」という思いの中身は
「命に価値を与え続けること」と言えるのなら
また、飽くなき成長への意欲も輝きだすような気がしました

お泊りができるようになった
チュリー君の成長ぶり
飼い主のん様と
「ホーホケキョ」を教えた旦那様を
喜ばせ、「良かれ」と思ってやったことが
おおよそ叶うというほほえましい
立ち居振る舞いと思いました
”若旦那~、なんり、深感恩

さすが!!

多分そうです、きっとそうです!!!!

>>かしこそうなところを見てもらわねば 飼い主に恥をかかせてしまう

ほんと、チュリー君って、賢くて、思慮深くて、優しい良い子ですよね~~~~~♪(←バカ満開)

でも、ほんとそうですね。
「良かれ」という思いさえブレなければ、いろいろ遠回りがあっても、成長し続けることができるものなのだと思います。

ただ、「独りよがり」という言葉もありますから、どこに視点をおくかということや、本当に人のことを考えているのか、「人のため」と言いながら、本質は自分のためにやっているのではないかという自問自答などは不可欠ですよね。
それが大変だ(^^ゞ

なんにせよ、「賢い」とチュリーを褒めてくださってありがとうございます。
私はとっても嬉しいです(笑)
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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