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敬意

私は朝青龍問題について、テレビやニュースでちらちら見るぐらいしか知らなかったんですが、日本の巡業を休んで、モンゴルでサッカーをやっていたと騒がれたときは、
「なんでそれがあかんのん?」
と思ったんですよね。

相撲するのはしんどいけど、故郷で遊ぶぐらいの体力はあるってこともあるやんなぁ……と。

結局、相撲の世界のしきたりみたいなもんが嫌いなだけなんですけどね、多分(^^ゞ
ただ、ちょっと気に染まないことがある度に
「横綱の品格が」
とかいう伝家の宝刀を抜くのは、アホらしいとは思います。ほんまに。

今回の引退騒動でも、朝青龍だけが引退になって、高砂親方の「親方の品格」を問われないのはどないやねんとムカムカしてます。はい。

朝青龍のことはよく知らないけど、ずっと勝ち続けるってことは、ものすごい精神力を必要とすると思うよ……。
「強いだけの横綱はどうたら」
って言うけどさ。
「強いだけ」ってのもものすごいことなんじゃないのかなぁ……。
なんでそれを軽視するんだろう。


ただ、今朝の記事を読んでると、内館牧子さんのコメントが紹介されてまして……。
↓↓↓
やくみつる氏、「遅きに失した」=内館牧子さん「安堵した」=朝青龍引退表明

「朝青龍は日本に、角界に、そして相撲という仕事に、敬意が欠けていた。それを持てば、彼のよさがもっとあらわれ、そして評価されると考えています。」

という言葉は、ストンと腑に落ちました。

ただ、日本のマスコミの朝青龍に対する敬意だって、かな~~~~~~~~~~~~~~~り欠けてたし、多分、相撲界も朝青龍に対してきちんと敬意を抱けてなかったのだとは思うけれども。

自分以外の何かに敬意を抱いて接するというのは、当然のことなんだけれど、ものすごく難しいことでもあるように思います。

例えば、政治批判をする人たちの言質をとって見てみると面白いです。

「どうせ○○なんだろう!」
ってのがすごく多い(笑)

まぁ、小沢氏の問題の場合、
「秘書が勝手にやったなんてのは嘘だろう?」
というぐらいの想像は、多くの人がするとは思います。
ただ、本当に本当に、その人の下衆な想像の産物でしかないものを出してきて、
「どうせ○○なんだろう?」
って言われてもね……(^^ゞ

それだけ隠ぺいされてることが多いということでもあるんだろうけれど。
「どうせ○○なんだろう!」
なんて言ってる人は、その言葉が自分にも跳ね返ってくるとは思わないのかなぁ(^^ゞ?

例えば、今ならば小沢氏の金銭問題。
「ど~せこんなのは氷山の一角で、あちこちから金を集め周ってるんだろう?」
なんてのはまぁ、よく聞きます。

そうなのかもしれないけどもさ。
「政治家は金に汚いに決まってる」
って思ってる、発言者本人の下劣さも露呈してるような気もするんですよね(^^ゞ

裏返せば、その人が政治家になれば、「金に汚くていい」と、汚職に対してのボーダーが低くなっちゃう可能性もあるとも思えちゃうよ?……とか。

でも、大概の世の中において、与党ってのは批判対象ですから(^^ゞ
与党を批判する分には、賛同者も得られやすい。
だから気軽に批判できるってことなんでしょうね。
それって、いじめの構造とすごく似てるよね……。

政治批判だけではなく、どんな分野においても、相手に対する敬意の欠けた批判なんて、なんの意味もないような気がします。

人に物を教わるときも、人に物を教えるときも、お互いに敬意を持ち合わなければ、本当の意味で「教わる」「教える」ことは難しいんじゃないかなと感じたりします。

私は仕事柄、ネットで調べてものを書くことが多かったりします。

変な話のようですが、あんまり専門的な内容をかくと、却ってNGくらったりするんですよね。
「誰でもどこででも調べられるような内容にしてください」
とか言われる(^^ゞ

誰でもどこでも調べられるようなものを改めて書きなおす必要ないじゃん……と思うので、他では書かれてないようなうんちくを付け加えたり、工夫をしてなんとかかんとかオリジナル感を出すんですけどね……。

まぁそんなわけで、ネットで調べることが結構多いです。

例えば「節分の由来」「節分のしきたり」とかね。

そのとき、いわゆる「説明サイト」のあり方にもいろいろあることに気付きます。

まず、
「私はいろんなことを知っている。私がスタンダードだ。だから教えてあげるね」
っていうスタンスのサイト。

こういうサイトは、不思議なぐらい、
「いやいや勘違いしてるから。ここはこういう話もあるはずだから」
と、素人の私でもつっこみたくなるぐらい、知識の偏りがある場合が多いです。
自分の狭い狭い世界の中で完結してはるのかなぁ???てぐらい、偏ってはるように感じます。
もちろん、素人の私の知識がそもそも偏ってるんですが、そのことを差し引いても、
「教えてあげよう」
と書かれてある内容が……薄っぺらく感じるような内容だったりします。

それに対して、
「私の持っている知識はこんな感じです。いろいろ教えてください」
というスタンスで書かれているサイトの場合は、本当にいろいろな意見が集まってたりするんで、やっぱり勉強になりますよね。

とするとやっぱり、他人に対して敬意を持った人が「教え合う場所」に集まった場合、「教える」と「教わる」が容易に逆転して、お互いに勉強になるんだろうな……なんてことがたやすく想像できたり。

だから、他人に対して敬意を持てれば持てるほど、人生は有益なんでしょうね、多分。


でも……難しいですよね、それって(^^ゞ

私は嫌いな人に敬意なんか持てないや(^^ゞ
無理っす。

なので、
「相手をよく知らないのに、勝手にこういうひとだと決めつけて、敬意を失することにないようにしよう」
ってことと、
「とりあえず敬意を持てる人と付き合うようにしよう」
ってことぐらいは守ろうかと思ってます。

でもね……。
敬意を持てる人と付き合うってことすら難しいんですよね……。

いや、なんていうか、距離感が難しいんですよ。


……こっからちょっとグチになるかも、すんません……。

年賀状がきますよね。
「また会いたいね!!」
なんて書かれてるのが多いです。

「また集まりたいね!」
ってバージョンもあります。

でもそう書いてくる人の多くが、
「私が企画するから、来てね」
じゃなくて、
「だから企画してね」
なんですよね。

企画して誘えばすぐ出てきてくれるのは嬉しいことなのかもしれないけど、彼らが企画することもしたことも一度もないという……。

もちろん、私が本当に親しい友人との間でも、私が企画して相手を誘うってことは多いです。
忙しい友人が多いんで、一日パソコンの前に座ってる私の方が企画しやすいですからね。

いつもよくつるんでる友人三人のうち一人は、私がなんか企画して誘えば、次は相手が企画してって感じ。
もう一人は、私が三回で相手が一回って感じかな。
そしてもう一人は、ほとんど私が企画する感じだと思います。

で、これは、相手の忙しさに思いっきり比例しております。
体力的な忙しさじゃなくて、時間的な忙しさね。
最後の友人の場合は、物理的に調べてる時間がないと思う。

でも、この三人とも、体力的にも話題的にも趣味も似てるので、一緒に出掛けてれば刺激になるし、いろんなことを教えてもらえるし、もちろん「あぁあ一人だったらもっと動けるのに」なんてことは絶対にないです。
帰ってから、「あ~~~~~、楽しかった!!」って感謝できるわけですよね。

ただ、
「また誘ってね」
の人と出掛けると、体力的なものが違ったり、テンポが違ったり、話題もあんまり合わなかったりするので、帰ってからの感想は、「企画した内容を楽しんでもらえてよかった」になっちゃったりするわけで……。
なんつぅかあんまり……モチベーションが……。

もちろん、その人ご本人に対しては、嫌いじゃないし、どっちかというと好きだし(どっちかというと好きじゃなければ「誘ってね」って言われても誘わないですよね、だって)、尊敬できる部分もたくさんたくさんたくさんあるんですよ。

ただ、「誘ってね」っていう言葉に対して敬意をもてない……(^^ゞ

「まぁ、3年に一度ぐらい誘えば、義理は果たせるよね」
って思っちゃうんですが(^^ゞ
でも、相手は毎年……いやメールが普及してからは、なんかあるごとに
「次はどこに誘ってくれる?」
って聞いてきたりして(^^ゞ

そう言われるとついつい聞こえなかったフリをしてしまったり、
「一緒には行けないけど、こういうイベントがあるよ~」と紹介だけしてお茶を濁してしまったり。
紹介するっていう行為は一見親切そうだけど、「連れてって欲しい」と思ってる相手が、一人でその紹介したイベントに行くことはまずないだろうなとわかってて紹介だけでお茶を濁そうとするんだから、タチがよくないっすよね(^^ゞ

もっとタチの悪いことに、私は、自分が興味のあることに、人を誘うのが好きなところがあるんですよね。

なので、興味をもってくれそうな人に、
「案内しますから行きませんか?」
って声をかけることが多いです。

でも……それは最初だけのことで、これからもずっと案内しますという意味では……ないです……。

皮肉なもんで、
「また一緒に行きたいな」と思う人は、その次からは自分で何かを見つけ、自分の力で行くようになったりするようにならはります。
もしくは何かを企画して、反対に私たちを誘ってくださったりします。

でも、
「次からは自分たちだけで行って欲しいな」と思う人ほど、「次も誘ってくださいね」って言われちゃうんですよね(^^ゞ

「誘ってくださいね」って言われるとやっぱり嬉しいんで、余熱の残ってるそのときは、「次も誘おう」って思えるけど、しばらくするともう、モチベーションが(^^ゞ
企画する気がわかないんで、次に「誘って」って言われると、聞こえないフリを……。

こういうのって、相手に対して敬意がない行為なのかなぁ……と思いだすと、なんかジレンマが(^^ゞ

だってさ。
相手は、
「あなたと出掛けるとすごく楽しいです!次はどこに誘ってくれる?」
ってな風に表現してくれはるじゃないですか、お世辞でも。
それに対して、「私はそんなに楽しくなかった」って思うのってものすごく不遜じゃん……と考えてしまう私は、詐欺に狙われやすいかもしれません(-"-)

楽しくない人と出掛けるために、なんだかんだと企画しようとするのは、すごいモチベーションが必要だったりするのは、仕方ないですよね?????


針ねずみのジレンマって言葉があるじゃないですか。

二匹のハリネズミの話。
近づきすぎると相手のトゲがささって痛い。
でも、離れ過ぎると寒い。

「痛い」「寒い」を繰り返して、二匹はちょうど良い距離を見つけていくんだって話です。

人間関係もそれをやらなきゃいけないんですよね、本当は。

私が本当に心を許せる相手を見て見れば、多少なりとも相手に痛い目に合されたし、こちらも相手に嫌な目を見させてるよなと思う。
一度か二度は必ず相手に「ごめん」って言わなくちゃいけないし、相手にも「ごめん」って言われたというかなんというか(^^ゞ

中学校時代からの友人とか、高校時代からの友人は、若いころにそれをやっちゃってるから平和なんだよね~(笑)

でも、大人になってからはそれが難しい。

相手を痛がらせるのもいやだし、自分が痛いのもいやなのが人間です。
だから、相手が近づきすぎてきてるな~……って思っても、相手に「ちょっと離れてくれるかな?」って言いづらい(^^ゞ
でも……なぜか知らないんですが、初対面の人が、いきなり接近してきぃはることが結構多いんですよね(^^ゞ
特に、私が「この人とは距離を置きたいな」って感じる人に、そういう傾向が大きいような(^^ゞ

結局、私が「なんか無遠慮に近づいても良い雰囲気」を醸し出してるんだろうなぁという結論は出てますが(^^ゞ
敬意を持って相手に「離れて」って言うのってすげぇ難しい。

まぁそんなわけで、あれですわ。

「敬意ってなに?」
と考えたとき、私はかなり迷い子になるのであります。

なので、変なことやってたら叱ってやってください(^^ゞ
すんません。
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のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

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Mail:norichan★norichan.jp
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