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ゴールデンスランバー

ずいぶん前から、3日は映画を観に行くと決めておりました。

ただ、当初は「オーシャンズ」を観に行くつもりだったんですよね。
映画館の予告編で、シャチの映像がちらりと映ってたんで。

でも、さてチケットを購入しようとレビューを観たら、
「偏ったプロパガンダだ」
「人間としての傲慢さを感じる」
なんて感じでやたらと評判が悪い。

どうやら、シーシェパードが絡んでるらしいという情報もあるんですよね。

ただ、エンドロールに「シー・シェパード」という名前があるという情報はあちらこちらで見掛けるんですが、どういった形で協力しているのかというのがわからない。

どうしよっかなぁ……と悩んでたとき、見つけた記事がこれでした。
動物との一体感表現 「オーシャンズ」の両監督

朝日新聞の記事ですが、もし万が一消されたらいやなので、そのまま転機いたしましょう。

動物との一体感表現 「オーシャンズ」の両監督
2010年1月16日

 「WATARIDORI」のジャック・ペランとジャック・クルーゾー両監督が再びコンビを組み、今度は海を舞台にした「オーシャンズ」を完成させた。製作費70億円、4年かけて世界50カ所の生物の自然の姿をとらえている。22日から全国公開される。

 2人の前作「WATARIDORI」(01年)は大空を飛ぶ渡り鳥の群れに軽飛行機で「並走」。渡り鳥の一員になった感覚を観客に味わわせた。今回も最新機器を駆使し、ザトウクジラが集団で魚群を襲う狩りや、5万匹のクモガニが重なり合って交尾する場面など迫力の映像が連続する。

 海洋映画と言えば「ディープ・ブルー」「アース」などのヒット作が既に公開されている。クルーゾー監督は「それらはテレビ用に撮影された映像を使っている。私たちは何より映画であることを目指した。斬新な映像を見せるのはもちろん、生物が人間に攻撃されていることを訴えたかった」。

 ペラン監督は「この作品はシンフォニーなのです」と言う。「私たちは動物たちの真っただ中にいたいと考えている。動物を守ろうという声をよく聞くが、私には、動物を他者として見ているように思える。この作品では、動物と私たちは一体なのだということを伝えようとしています」

 そのためには、ドキュメンタリーの枠組みを超えた撮影も辞さない。例えば、フカヒレ漁の漁師がヨシキリザメのヒレだけを切り取って、胴体を海に捨てるという衝撃的な場面がある。

 クルーゾー監督は「実はあのサメはロボットなんです」と打ち明ける。「私たちは実際の漁の映像を見て、それを忠実に再現した。だって私たちはサメがそんなひどい目に遭っている場面に立ち会い、観察者としてカメラを回すことなど出来ませんから」(石飛徳樹)


生物が人間に攻撃されていることを訴えたかったっておっしゃいますけどもさ(^^ゞ
食物連鎖って言葉を知っての上でおっしゃってるんですよね……??と不安になるのはなぜでしょう。

何よりも、
「私たちは実際の漁の映像を見て、それを忠実に再現した。だって私たちはサメがそんなひどい目に遭っている場面に立ち会い、観察者としてカメラを回すことなど出来ませんから」
という言葉にドン引きしてしもたんはなんでなんでしょうか……。

私たちが生きていく上で、なにがしかの命をいただかねばならないことを知るのは大切なことです。
だからこそ、過分に殺しすぎないよう、必要以上の命を奪わずにすむようにと考えるのは大切だと思う。

でも、「生物が人間に攻撃されていることを訴えたかった」のならば、その舞台を海だけに設定するのはどう考えたっておかしい。
自分たちがいつも食べているものについて、ドキュメンタリーをしないと……ねぇ(^^ゞ

自分たちが常食としない生物について、「人間に攻撃されてると訴える!」って……。
そりゃあんた、自分に都合よすぎるでしょう……。

それに、「生き物がひどい目にあっている場面に立ち合い、観察者としてカメラを回すことなど出来ませんから」という理屈がさっぱりわからない。
でもこの監督たちは、観察者として立ち会ったんですよね?それを忠実に再現してると言うんだから。
なぜ、カメラをまわすことだけをためらうのかよくわからない。
それで、後で、(カメラを回してない、自分たちの記憶の中のものを)再現したってのが、どうにもこうにも理解できないのは、私の頭が悪いからなのかなぁ……。

私、嫌いなんですよ。

「私は正しい。だからあなたたちに教えてあげる。導いてあげる」
……っていうのが、むちゃくちゃ苦手なんすよ。
青いんでしょうが、そういった態度を感じた途端に、おもっくそ引いてしまいます。
全力で退却。

もしかしたら、ライターとして、ネタとして観に行くかもしれませんが、昨日は楽しんで映画を観たい気分だったんで、とりあえずオーシャンズは却下。

YAHOO!のレビューで点数が高く、今公開中の映画はと探すと「のだめカンタービレ」が高かったんですが、これ、テレビドラマの方を観てなかったんですよね。
で、次に評価が高かった「ゴールデンスランバー」にねらいを定めました。

個人的に、YAHOO!のレビューには、ある程度の作為を感じております。
やたらと高く採点してるくせに、本文を読むと、どうも作品を観てないんじゃないかと思われるものがときどき含まれますしね(^^ゞ

ですが、ゴールデンスランバーのレビューは、信頼がおけそうな気がしたんで、その場で映画館の座席予約を入れ、午後から観てきたのでございます。

観終わった後、こんだけスッキリサッパリスッカリしたのは久しぶりかも。
何より、「気持ちの良い映画」でした、すごく。

「どんな話かさっぱり知らん」という方のために、とりあえず予告編ムービーを。


堺雅人さんは、今すごく注目を浴びてはる俳優さんですが、正直、逃げるところのアクションなんかは……スピード感がありません(^^ゞ
だけど、全体として配役がぴったりとはまってたなぁという印象。

以下ネタバレ含みますので、ご注意を。

この映画のテーマは、冒頭にいきなり出てきます。

「人間の最大の武器は習慣と信頼だ」

この映画の中で、主人公はいとも簡単に人を信頼し、そしてまた出会う他人も、いとも簡単に主人公を信じます。

首相暗殺事件の犯人とされている犯人が目の前にやってきて、
「ぼくはやってません」
と言ったとしたら、
「あぁそうなんだ」
と、逃亡に協力する人がそんなにたくさんいると思います?

でも、この映画では、たくさんの人が主人公を助けるために奔走します。
そして、その好意を、主人公はすぐに信じます。
「信じるのが当然」というように。

主人公に協力をするのは、主に彼の昔からの友人・知人たち。
そして、世間的にはアウトローと呼ばれる人たちです。

友人知人たちは、なんの疑問もなく、「彼はやってない」と信じる。
そして、自らの危険を顧みず、助けるんですね~~~~~~。
いやぁ美しい。

そして主人公が、「まさかあいつら買収されてるんじゃ」なんて疑うこともない。
普通疑っていいと思うんですよ。
だって、それ以外のことについては、水をも漏らさぬ包囲網なんですから。
自分そっくりに整形した替え玉が、凶器となったブツを購入する映像まで用意されてるほどに。

でも主人公は昔からの友人をまったく疑わない。
そして、無事逃げ伸びるんですね。
いやぁ痛快。

そして、助けた人たちは、主人公からのなんの見返りも期待してません。
強いて言うならば、主人公が生き延びることが、「見返り」なんですね。
すがすがしいじゃないですか。

伏線もしっかりしてました。

彼らがアルバイトをしていたのが、花火師のところであったということは、主人公が火薬を扱いなれていたということの証拠ともなり、クライマックスへの伏線ともなるわけですが。
クライマックスの喜びが倍増するような仕掛けもちゃんとあるんですよね。

そして、当花火師の言葉。
「楽しかったころのことを思い出すとき、他のみんなもそのことを思い出しているなんてことが、あるんじゃないかな」

このセリフのおかげで、ご都合主義が、ぐっと自然になったりします(笑)

恋人と交わした別れの会話。
「昔、答案用紙に○をもらったじゃない?(うずまきを書いて)よくできました。(はなまるを書いて)たいへんよくできました……って。私たちはこのままつきあっても、『よくできました』止まりだと思うんだよね~」
こんな理不尽な言葉で主人公に別れを告げた恋人。
でも、主人公が危機のときには、その無実を信じて命を賭けて助けます。
だからといって、(そんなにうまくはいってなさそうに思える)夫と別れて主人公とやりなおす……なぁんて気配は露も見せないのが男らしくっていい。

とにかくみんながすごく簡単に主人公を信じて、そして命がけで彼を救おうとします。
だから主人公は無事、逃げ延びる。

そして、彼は映画の最後に、ささやかな、本当にささやかな「褒章」を受け取ります。
それがまた、なんともすがすがしいんですねぇ。

登場人物がみんな、すごく魅力的。
誰かを過剰に憎んだりもしないし、依存したりもしない、もちろん侮蔑するわけなんかないし、変に理想視することもない。
ごくごく自然に自足した登場人物たちが、本当に魅力的。

主人公は、自分の無実を証明することはできませんでしたが、その代わり、他の登場人物が、
「本当に青柳が犯人だと思ってるの?」
と問いかけてくれることで、青柳はスケープゴートにされただけではないかという考えが、世間に少なからずあることがわかるんで、まぁよしとしましょう。

まぁ、ハッピーエンドです。

こういう映画はいいなぁ……と思って観てきました。

ただ、ただ、ただね。
一つだけ。
一つだけ。
キルオの存在がね……。

この映画には二組の「犯罪者」が登場します。

一人目は、このキルオ君。
通り魔なんですね、彼は。
しかも、相手を殺してる。
連続殺人犯でもあります。
決まりセリフは、
「びっくりした?」

彼はひょんなことから主人公と知り合って、話しを聞き、その後ずっと彼を助けようとします。
「裏の世界」の情報網にくわしく、身体能力が高い、トリックスター的キルオの存在は、主人公の逃亡に大いに役立ちます……というか、キルオがいなきゃ、主人公は逃げ延びてなかったかもしれない。

ただ、多くの人が指摘しているように、キルオが主人公を助けようとする動機が薄いんですね。
しかも、キルオは主人公を助けようとして活動しているうちに、命を落とします。
確かに、何やら不自然な感じがしなくもない。


もう一組の「犯罪者」は、言わずと知れた、主人公を陥れようとする巨大組織です。
その巨大組織の正体は、わかりません。
総理大臣を殺すことによって、なんらかの利益を得るもの……です。
ケネディ暗殺を下敷きにしてるようなんで、
副総理大臣が怪しいとも、総理大臣の改革が困る組織が怪しいとも言えそうですが、とにかく、警察組織のトップ(のうち何人か)を動かすことができるような「大きな」存在です。

彼らが主人公・青柳を暗殺犯にしたてあげたのは、以前、アイドルを助けたことで有名になった青柳が、
「正義感の強い反面、ある思想に染まったら、大統領暗殺ぐらいしかねない」
というように仕立て上げやすかったからだけに過ぎません。

誰でも良かった。
いわば、「通り魔的」に、青柳に目をつけて、彼を陥れようとしたわけですよね。


つまり、です。
いわば、「大きな通り魔」が主人公を殺そうとし、「小さな通り魔」が主人公を助けようとするという構図があるわけで、そこに何か意味があるんじゃないかと思ってはいるのですが……。
ようわからん(^^ゞ


無理やりに、自分好みの理屈をつけようとするならば……。

「通り魔」は、人間だけじゃないってこと。
そして、「通り魔」にやられるのも、人間だけじゃないってことです。

死は、本当に理不尽に、無作為に訪れるものです。
「死を司る神」こそは、通り魔以外の何物でもないんじゃないでしょうか。

人間は誰だって、「病気」「事故」などの武器を持つ通り魔に狙われ続けてる存在だってこと。
反対に、「死ぬところを九死に一生助かった」ってこともある。
その大きな存在は、本当に無作為に死と助けを与えてくるものなんですよね。


そして、人間自身だって……。

昨日の晩も、お風呂に浸かろうと湯船を見たら、蜘蛛がおぼれてまして。
洗面器ですくって乾いた場所に置いたら、元気に逃げていきましたから、まだ水は飲んでなかったんでしょう。
こんな風に、人間ってのは、気まぐれに小さな動物を助けることもあります。

そしてまた反対に、歩いていて気付かずに小さな虫を踏み潰すこともあるでしょう。

小さな動物から見れば、人間もまた通り魔なんですよね。

そういう風に、視点をチェンジして見てみれば、悪に対する感覚も変わってくるんじゃないかな……などとね。

こんだけきっちりと伏線をはってる作者なんだから、多分、キルオにも意味はあるはずと思いつつ。
やっぱしようわからん(^^ゞ

でも、ほんと、気持ちのいい映画でした。
スカッとしたい人には、お薦めです。

***********************
ただ単に、「小さなものが大きなものに勝ち得る」ってだけの解釈でもいいのかもしんないですね。

たとえば、こんなシーンがあります。

運送屋の運転手である主人公の先輩が、ほとんどテナントの入ってない、ひとけのないビルからの集荷を頼まれるんだけど、行ってみたらやっぱり指定されたテナントは無人。
「なんだよ!」
と怒ってたら、指名手配中の主人公が登場。
主人公を見てちょっと驚くが、
「おまえさ、大変なことになってっぞ。でも、おまえ、ほんとはやってねぇんだろ?」
と唇を歪めて笑う……。


小気味がいいんですよ。すごく。

巨大な組織が、時間もお金もかけて何重にも張りめぐらせた包囲網を、
「友達を信じる」
という、ささやかでまっとうなものが、あっさり突破しちゃうというのは。


ただ、「小さくても、まっとうなら大きなものにも立ち向かえる」っていうメッセージに受け止めておきゃいいですかね。

キルオ君も、映画の中では「上から殺してもいいと許された相手ならば、情け容赦なく殺す」ような無情な人間しか殺してないんですよね。
主人公や、親子で旅に出ようとする素朴な男性は、殺さず、却って手助けする。
殺人者をまっとうと言ってしまっては語弊があるけれども、最後のシーンで、旅から帰ってきた親子を見つけ、
「あぁ、生きてらっしゃったんですね。てっきり死んだと思ってたから」
と嬉しそうに言うシーン。
キルオが人を殺したのには何か深いわけがあるんだな……と思わせるためのものなのかもしれません。


あぁ、旦那と一緒に見たかったなぁ、この映画は。

まぁ、大画面で観る必要もなかった気がしますから、DVDを購入しようかと思います。

何度でも見返したい映画だったしね(笑)
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プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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