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大楠公

私は、大阪府が主催する「大阪ミュージアム学芸員」というのに参加してたりします。

学芸員といっても、やることは、大阪府の名所やイベントなどのレポートを投稿するというだけなんですけどね。

こんな感じで↓↓↓
http://www.osaka-museum.jp/comm/comm.html

このブログに使ってるのと同じ写真を投稿してるんで(^^ゞ
わかる方にはわかるかと思いますが、私のペンネームは「えしゅ」でございます。

ちなみに、学芸員の募集人数は300名で、まだ100名ほどしか集まってないようなんで、
「我こそは!」
という方は是非。

で、今度、学芸員の交流会があるってことで参加しようと思ってるんですが、その案内に、
「さまざまな意見を交換するのが目的」
なんてあったんで、ある程度の資料を持っていけたらいいなと考えてたりします。

でも私が用意できる資料って……。

だいたい「大阪をアピールするために」ってことで何ができると思います?

んなことをいろいろ考えてるうちに、ふと思いついたのが、

「楠木正成」
という名前だったのでした。


坂本竜馬で、土佐や九州は結構盛り上がってるようですよね。

確かに、坂本竜馬は幕末の英雄かもしれません。

ちょっと以前まで、私は、気分的にクサクサしたら、司馬遼太郎さんの「龍馬が行く」を読むことにしてました。
これを読むと、イライラしてたことを、
「小さい、小さいぜよ」
という気分になるんでちょうどいいんですよ。

視野は狭いより広い方がいいに決まってますしね。

最近は、この本を読まなくても、割と簡単に視点をあげることができるようになってきたんで、わざわざ本を取り出したりしませんが、自力で視点をあげられないときには、またこの本を読むと思います。

坂本龍馬という人がどういう人物だったのか、結局はよくわかりません。
でも、なんとなく、
「幕末という時代にあっては格段に先進的で、スケールの大きな男」
という印象があるんでしょうね。

それを、大河ドラマで完全無欠の色男・福山雅春が演じるってぇわけですから、そりゃまぁ盛り上がるかなぁと思います。

うちの母なんかは、
「福山雅春かっこいい!!絶対欠かさず見る!!」
とか言うてはりました。


大阪ゆかりの人物にも、結構魅力的な人物がおられると思うんですよ。

それをアピールすることはできんのだろうか……と。

そんなことを考えてたときに浮かんだのが、楠木正成公だというわけです。

楠木正成という武将は、不思議な人です。

太平記などを読むと、本当に、まったく悪いところが書かれていません。
これは、太平記を語り継いだ人たちが、楠木正成公ゆかりの人たちであるからであるという説もありますが、太平記に相対する歴史伝記とされる「梅末論」でも、正成公は英雄として描かれてるらしいんですよね。

とすると、楠木正成は、多くの人に愛された武将だったんでしょう。

「敵に愛される武将」
っていうと、大きく分けてツー・パターンあるんじゃないでしょうか。

「敵ながらあっぱれ!」
と賞賛されるタイプと、
「敵にならんほど弱い、なんか憎めない奴」
と苦笑されながらも愛されるタイプと。

ゲリラ戦に長け、北軍を苦しめた大楠公は、明らかに前者でしょう。

時が流れて、安土桃山時代後期、豊臣と徳川が争った際、最後まで豊臣側につき、徳川方を苦しめたとされる真田幸村は、大楠公の戦術を研究したなんて言われてますよね。

後世の戦上手たちは、楠木正成公の戦術を手本にしたようです。

つまり、それぐらい戦が上手かったわけですよ。
楠公さんは。

しかも、忠義の人。

幾多の武将が、南朝側から北朝側へ、北朝側から南朝側へと寝がえり寝がえり、寝返りまくった時代にあって、楠公さんは最初に恩義を受けた後醍醐天皇のために最後まで忠義を尽くします。

その上、死にざままでかっこいい。

「桜井の決別」では、息子の正行に、
「自分は死を覚悟して戦いに行く」
と語り、別れを告げるんですよね。

かっこいいじゃないですか。
泣かせるじゃないですか。

上記した、真田幸村公と楠木正成公はいろいろな面でに通っています。

1.希代の戦上手ながら悲運の武将であること
2.忠義の人であること
3.死を覚悟した戦でも、最後まで敵を苦しめたこと

きちんとPRさえすれば、歴女・歴ギャルたちがほっておかない逸材だと想うんだけどなぁ。
ダメ?


楠木正成公の血筋ははっきりしていません。
悪党……地方の豪族だったろうと言われていますが、その発達した情報網を掌握していたのは、山伏の元締めだったからだという話もありますよね。

でも、その近親者は豪華絢爛とも言えます。

例えば、「上嶋家文書」では、楠木正成の甥に、将軍・足利義満に寵愛され、能を大成したところの観阿弥がいるとしています。
これが嘘か本当かはわかりませんが……。

山伏の元締めであったというのは、忍者を駆使して情報を集めた真田幸村に通じるところがありますが、能の大家である観阿弥の伯父であるとするところは、猿楽の人たちが、自分たちの遠祖を秦河勝であるとしているのと、なんとなく似ているような気がします。


とにかく。
かくも素晴らしき武将でありながら、なぜあまりクローズアップされないのか不思議に思うわけですよ、私は。

ドラマ化でもしてくれて、誰かこう、かっこいい俳優さんが演じてくれたら、一気に盛り上がるだろうと思うんだけどなぁ。

ただ、楠公さんの場合は、「揺り戻し」が来ていて、そのために、今はあまりクローズアップされてないのかなとも思ったりします。

以前、韓国籍の後輩に、
「私、楠木正成は嫌いです」
って言われたことがあるんですよ。

「なんで?豊臣秀吉が嫌いなのはわかるけど、楠木正成は、国外にちょっかい出してないやん?」
と尋ねると、言葉を濁し、
「……なんかよくわからないんですが、すごくいやな印象があるんですよね。なんでだっけ……」
と後輩自身も首をかしげておりました。

そして、後で彼女がつらつら思い出したところによれば、父上・母上のからの影響のようであるということでした。

つまり、戦前の日本軍部は、楠木正成公を三大忠臣として必要以上に英雄に祀り上げ、
「楠公の精神を引き継げ」
というような教育を行ったわけですよね。

そのせいで、日本軍部に対する反感は、本来はなんの関係もない楠木正成公に対する反感へと助長されたと。

……迷惑な話ですが(^^ゞ

ただ、「日本軍部が必要以上に祀り上げたことに対する揺り戻し」ってのは、結構言い当ててるんじゃないかという気がするんですよね。

でもそろそろもう、その波とは反対の揺り戻しが来ても良いころじゃあないでしょうか。

と、そんなこんなを考えておりまして。
大阪ミュージアム学芸員の交流会には、楠木正成公の資料でももってこ~かな~と思って、簡単にちょこちょことまとめているのでした。

ですので、もし何か意見や情報を持っている方がおられたら、教えてくださいね!!
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のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

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Mail:norichan★norichan.jp
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