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太陽

太陽ほど圧倒的な存在は、そうそうないと思う、多分。

例えば、日本神話において、最高神が太陽の化身であるというのはわかりやすい例ですよね。
仏教においても、大日如来は太陽ってことになるか。

キリスト教において、魔王ルシファーは、金星を象徴としているけれども、これは「明けの明星」「宵の明星」たる金星を、「太陽に反目するもの」と見ているからそうなってるんでしょうね。

確かに、もし太陽がなくば、地球のエネルギーはいつか枯渇してしまいます。

人間が活動するためにはエネルギーが必要ですよね。
そしてそのエネルギーは活動により消費されちゃう。
つまり消えちゃうんです。

「でも、排泄物は肥料になりますよね?」
って言われるかもしれませんが、排泄物はあくまでも、人間が摂取したエネルギーの余りが排泄されたものです。
最初に口から摂ったエネルギーの何割かが含まれてるに過ぎないはず。

植物は、堆肥だけで成長するんじゃありませんからね。
嘘だと思うならば、真っ暗闇で野菜を育ててみればいい。
肥料だけはたっぷりあげて育ててみたら、太陽のえらさがわかると思うんですよ。

確かに、
「植物は光だけで光合成するから、電球で育てりゃいいじゃん」
と言うかもしれませんがね。
そのエネルギーはどっから来てるのかって話し。

石油も石炭も、そもそもは太陽の恩恵で生きた植物・動物たちの死骸が何年もかけて変化したもんすからね~~~。

風力発電だって、太陽の熱が地球上の空気を対流させるから生まれるものだし。
水力発電だってそう。太陽の熱がなければ、水が蒸発して雲が生まれ、雨が降るなんてことはないはず。
水はただただ流れ、そしていつかすべての水が海に集まってしまうんじゃなかろうか。

太陽の熱が、地球上のものを循環させてるんですよね。
多分、多分、多分……ですが。

ただ、ウランはどうなのか、知らないけど(^^ゞ

まぁ、そんなわけで、なにはともあれ太陽なんすわ~~~~~~。

そしてまぁ、人間にインパクトを与えるその次のものは、なんでしょうね?

月とくるか、海とくるか。

例えば、ギリシャ神話の三高神は、ゼウス・ポセイドン・ハデスってことになるんじゃないかと思います。

ゼウスはこの世を支配し、ポセイドンは海を、ハデスは冥界を……というような役割分担をされてますが、例えば、プラトンの言う……なんだっけ、ほら、幻の大陸、ムーじゃなくてレムリアじゃなくて、えぇっと……でてきませんが、あの幻の大陸は、ポセイドンが支配する平和な島だったんですよね。
オリハルコンなどの素晴らしい金属を算出する、恐ろしく文化の発達した島だったと考えられてます。

なんだっけ。
思い出せん。
(後記:朝はバタバタしてて調べてる余裕なかったんすが、今調べました。アトランティスですね、はい)

まぁ、そういうわけで、ポセイドンもまた、素晴らしく力のある神と考えられていたのでしょう。
ゼウスと匹敵するほどに。

太陽の次に力のあるものとして、「月」を持ちだす神話もやはりあります。

日本神話で「月」は、太陽の弟、もしくは妹ということになってます。

それほど存在感があるわけじゃないけども、「三貴神」の一柱ですから、重要な神であることは間違いない。

こないだ読んでた、リグ・ヴェーダでは、「昼の神」「夜の神」というような考え方をされてました。
でも、「太陽の神」は他にいるんですけどね、しかも複数(^^ゞ

まぁそれはいいとして、リグ・ヴェーダでは、「夜の神(月の神)」は、「癒しの神」として信仰されているようではありました。

ただ、月の女神は必ずしも良い女神ではなく、「闇の支配者」として恐れられることもあるようですね。
例えば、フランス語で月を「ルナ」と言いますが、英語で「ルナティック」というと、精神病者を指すことになっちゃいますし……。
だいたい、狼男が月を見て変身するのだって、月に魔力があると考えられていたからに相違ないと思われます。
多分。

月というものは、なんとも冷ややかなイメージがありますからね。
それをどう捉えるかって話しだと思いますわ。

インドなんかだとどっちかっつぅと暖かい国だから、月の涼しやかさがプラスに捉えられたのかもしれないしね。

他に、太陽と並んで崇められるものって何があるだろう。

山とか風とか、雨とか、大切な「信仰」に関する事象ではあるけれども、太陽ほどではないと思います。

そんなわけで、太陽ってなんなんだろうなぁとか思うんですよね、私。

っていうのも、最近、このニュースを見たからなんですけどね。

太陽の塔4つ目の顔「地底の太陽」を探せ 万博記念機構が情報募集

なんでも、万博の象徴であった「太陽の塔」には、第四の顔があったらしく、それが「地底の太陽」と呼ばれるもの。

公式サイト(?)では、こういう風にニュースになっております。
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~kitada/doc/taiyo/taiyo.htm

そしてここで、衝撃の事実を知りました。
なんと「太陽の塔」という名前は、石原慎太郎の「太陽の季節」から連想された名前だという話でして。





いや~~~~ん。



石原慎太郎、きら~~~~~~~~~~い。



何が嫌いって、「スケールのでかさ」ってのを「態度のでかさ」勘違いしてそうなところが嫌い(笑)
息子の良純氏に、
「だからおまえはスケールのでかい男になれないんだ」
とよく言うてはるらしいっすけどさ。

私には、良純さんのがよっぽどスケールでかいと思われます。

何が「スケール」なのかは私だって知らないけど、少なくとも、「自分のことしか考えられない」よりは、「自分の所属する都市の人全体のことを考えられる」方がスケールでかいとか、そういうことだと思う……思いたいので。
自分の判断能力が衰えたと感じたら、すぐに辞任すりゃいいのに。
まぁ感じてはらへんのでしょうけども。

嫌い。

つぅか、太陽の季節はそれほど良い小説だと思わなかったんですが。
何がそこまで受けたんでしょう?

確か、当時、最年少芥川賞受賞作だったんですよね。

鮮烈に覚えているのは、主人公が、障子に男根を突き立てて、恋人にアピールするシーンぐらいかなぁ。

アドルフとか、肉体の悪魔とか、安吾(いや安吾より太宰の方かな)の一連の小説とかさ。
男がその勝手な自我を、嫌悪しつつももしくは嫌悪することもなく振り回し、女を傷つけて、最悪の場合死に至らしめるてな話しはごろごろ転がってるわけで、それが今更何がどうやねんば~~~~かと思ったんですけど。

単に、作者の風貌がかっこよかったことと、学歴が高かったこと。
そしてその小説の内容が、いかにも偽悪的……というか露悪的(ここも嫌い)であったことのミスマッチが受けただけちゃうん?

言葉は悪いし、喩も悪いが、市橋容疑者をいいという女性群がいるのと同じことではないんすかね~~~。
嫌い(←私情はいりまくり)

とまぁ、話しが逸れましたが(いつものことですが)、太陽の塔には四つ目の顔があったらしく、それが「地底の太陽」ってのに、ものすごくインスピレーションかきたてられた私です。

地底……かぁ。

そもそも、太陽の塔の三つの太陽は、

「未来の太陽」「現在の太陽」そして「過去の太陽」ってんですよね。
そこにもうひとつ、「地底」ですか。

それってなんの象徴だと思います?

なんかね~こう、想像力かきたてられていいっすわ~。

もしどっかで見つかったら、同じ大阪ですし、観に行きたいと思います。
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山、かなぁ。

こんにちは。

太陽と並んで崇められるもの、と聞いて思い浮かぶのは山かなぁと思いました。

山岳に対する信仰って、地域的かもしれませんが結構日本的な気がします(天には光(太陽)、地には不動(山)でしょうか。山岳信仰と森林信仰は関係あるのかなぁ)。山頂で臨むご来光というものありますが、これは太陽とつながりますね。

そういえば日本では、太陽神にしても山の神にしても女性ですね。

山岳信仰

本当かどうかはわかりませんが、一般的に縄文人は、山や巨磐、海などをそのまんま神として拝んだとされてますよね。
確かに、早朝、谷間に立って山を見上げると、その大きさが、威圧ではなく、愛にあふれた存在に感じられたりするんですよね。

ただ、その感覚と、太陽に対する信仰とが、結構肌合いの違うものに感じたりするんです。
うまく言えないんですが……。

で、山の神なんですが、男女のどちらなんでしょうね。
コノハナサクヤヒメの親であるオオヤマヅミの神なんかは、なんとなく男性っぽいイメージがありますが。

また、三輪山も男の神様だったりします。

で、です。
太陽神を女性とした日本書紀が成立したのは、持統・元明・元正と三代続く女帝の時代であったということは見逃せないんですよ(笑)

なので、本来、日本でも太陽神は男性だったという説は根強くありまして(笑)

私としては、古代日本にはさまざまな部族がいたでしょうから、太陽を女性と見る部族も、男性と見る部族もいただろうな~と考えるのが一番自然かな、とか思ってます。

……すいません。興味のある分野なんで長く語り過ぎました(^^ゞ

「元始、女性は…」

先のコメントは、のりちゃんの興味に引っ張られた結果です。(笑)

自然に対して威圧感よりも親しみを感じるというのは、自然に対する信頼があるからなのでしょうか。自然が日々の糧を与えてくれるほどに豊かだからなのかもしれません。(荒野や砂漠とは違って)

太陽神を女神とした、ということの政治利用の話は私も聞いたことがあります。政教分離というのはまだまだ歴史が浅いですしね。平塚らいてうの「元始、女性は実に太陽であった」ということばを思い出しましたが、これはまた意味が異なるのかも。

面白いですね

>自然に対する信頼があるからなのでしょうか。

というか、人間も自然の一部っていう感覚が強くあります。
人間だけが特別じゃあないんですよね。
人間も自然の一部だから、自然が過酷なのと同じに人間も過酷だし。
自然が恵み豊かなのと同じに、人間も恵み豊か。
よくはわかりませんが、だから、自然の発する愛情みたいなものをちゃんと受け止めれば、それなりに自分も豊かになれるんじゃないかと……、テキトーなことをかましてます(笑)

>元始、女性は実に太陽であった
平岡らいてうは読んだことがないので、なんとも言えないんですが、「太陽」という言葉から何を意味するか……でしょうね。

281028さんは、太陽から何を連想しますか?
奥さんだったりして(笑)

っていうかまぁ、そういう意味じゃないかとか思ったりしてます。

ちなみに、私にとって太陽は、旦那です。
もちろん(笑)
多分、旦那も私のことを、「太陽」と思っているんじゃないかと思うときもありますし。

夫婦って、互いに相手を中心に回ってるでしょ。
相手の光を映してるでしょ?
互いに相手が太陽なんですよね。そして自分は月のつもり(笑)

そういう意味ならば……。
まさに、らいてうが、婦人解放を叫ぼうとするに相応しい言葉ではないかとも思ったりするんですよね。

「夫婦が共に、太陽にも月にもなれた時代とは違っている!!」
というのならば、とても頷けるんです。

……あり、話しが逸れましたね(^^ゞ

日の本の国の民

「あなたは、私の太陽だ~」

おはようございます

太陽というと
命を司るという印象があるのでしょうね~
その恩恵を感じる国名かと・・・

ほんと、おっしゃるように
エネルギーの源

こんな、言葉も思い出しました
「晴れた日に、希望を抱かない人がいるだろうか」
”若旦那~、なんり、深感恩

国名

国の名前ってのはまぁ、面白いですよね。

だいたいどこの国も、「良い名」をつけるわけですが、そこに何を持ってくるかというところに、ある程度国民性ってものも出るのかもしれません。

中国の場合は、「中華」というネーミングを使ってますから、「華」に対する思い入れの強い国名ってことですよね。

日本は「日」なんだなぁ~……なるほどなるほど。

「日本」という国の名前が文献に最初に出てくるのは、日本書紀の成立ごろだろうと言われてますよね。
彼らがまた、太陽神を最高神としたのだと考えると、天武~持統天皇あたりで日本で権力を持った人々は、多分すごく太陽が好きだったんですね(笑)

それまでの権力者たちもそうだったんだろうか。それとも違ったのかなぁ。
そこらへん、すごく興味深いです。

いや~……最近古代史からちょっと遠ざかってましたが、なんか興味が再燃しちゃいました(^^ゞ

目玉焼き

ウチのカミさん(妻)は持ち上げられるのが苦手なので(男の下心を警戒してドン引きしてしまうのらしい)、カミさんに「私の太陽だ」とか“You are my sunshine...”などと言ったことはないですねぇ。(笑)

想像力が貧困なのか、私が太陽から連想するのは目玉焼きくらいです(子供のときに読んだ『ふらいぱんじいさん』という絵本の影響を受けているかもしれません。お日さまみたいな目玉焼きを焼くのが好きなフライパンのお話です)。太陽はそれ自体の印象が強くて、唯一無二のような印象を持っているようです。

平塚らいてうの言葉「元始女性は太陽であつた。――青鞜発刊に際して――」には続きがありました。(全文はかなり長いです)
「元始、女性は実に太陽であつた。真正の人であつた。今、女性は月である。他に依つて生き、他の光によつて輝く、病人のやうな蒼白い顔の月である。(後略)」
どうやら、太陽は自ら光るもので、月は自分では光らないものとして表わしているようです。

お日さまみたいな目玉焼き

食べたいです、それ(笑)

英語で、目玉焼きのことを、サニーサイドアップって言いますよね。
確かに、あの見事な黄色からは日の出を連想するかも。

>女性は月である

なるほど。

私は、遠藤周作が結構好きだったんですが、狐狸庵ものを読んでたら、
「ウーマンリブの女性は『女性にも権利を』と言うが、私の母は、私を育て上げることで自我を表現した。女にはそういう自我の表現の仕方があり、昔からそういう風になっているのに、なぜ男の権利を欲しがるのかわからない」
というようなことが書いてあって、
「あぁこの人はアホなんだな」
と思い、それから読むのをやめました。

今の感覚ならば、狐狸殿の言ってることのおかしさがすぐにわかると思いますが、ほんの10年ほど前には、このセリフに対して、「なるほど」という人も少なからずいたように思います。

らいてうの時代、「元始、女性は実に太陽であつた」という言葉は画期的だったでしょう。
こういう人が時代を動かしてきたのかもしれないですね。

でも本当は、「時には月、時には太陽、時と場合に応じて臨機応変」ってのが一番なんだと思うんですけどね(笑)
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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