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愛憎

仕事がなんか落ち着かなかったり、気がかりなことがあったりで、イマイチ睡眠不足気味なもんで、ちょっと気分転換しようと、映画を観に行ってきました。

ハチにしようかとも思ったんだけど、結局「20世紀少年 最終章」に。

第一章と第二章はテレビで観ました。
まぁ、面白いと思った。

好きなんですよ、結構。
友情って(笑)

大人になってからの役者と子役が全然似てないのに、頭の中でちゃんと繋がるのも、すごいよなぁ。
不思議だ。

最終章に関しては、あちこちでレビューを見て、賛否の差がものすごい極端だなぁと思ってました。
そういうもんなのかなとも思いつつ、むちゃくちゃ感動する人と、興ざめしきっちゃう人に分かれるな、と。

私は……う~ん……ごめんなさい。
興ざめでした。

説得力がない。
これに尽きたと思う。

結局、この三部作の主役は、ケンジやオッチョじゃなく、「ともだち」ってことなんだろうなぁ。

ということで、以下、ネタばれ注意

ネタばれになると思いつつ、簡単になぞると、20世紀後半、絶対的な支持(信仰じゃなく、支持)を集めるカルト宗教が生まれ、その教祖が、「ともだち」。
いつも、この宗教団体のロゴマークの入った覆面をかぶっていて素顔はわかりません。

「ともだち」は、世界の滅亡を予言し、実際その通りになっていくわけです。

一方、「ともだち」は、暗殺され、そして世界中のVIPが集まった葬式の場で復活。
いつも覆面をかぶった人間が死に、復活したって、「替え玉でしょ?」ってすぐわかると思うんだけど、なぜか世界中の人々が復活劇を信じ、「ともだち」の求心力はますます高まっていきます。

そして、人類滅亡の日がやってきます。

もちろん、滅亡は、「ともだち」が仕掛けたものですが……。
なぜ、人類を滅亡させようとしているのか、が、この映画の肝となってるんですよね。

普通、「核兵器を作るぞ!」と脅すのは、脅しですよね(笑)
話し合いを自分たちの都合の良いように持っていくための脅しであって、すぐに実行しようなんて考えてない。

でも、「ともだち」の目的は、人類を滅亡……とは言わないけれど、人類の数を減らすことにあるんです。

「ぼくは思うんだ。最初の人類は一人の母から生まれて人数も少なかった。人数が少なかったころ、彼らはみんな仲良く暮らしてたんだろうなって。人類は増えすぎたんだよ」

「ぼくがやらなくても、他の誰かがやるよ。ぼくこそが20世紀少年なんだ」

このセリフでまぁ、なんとなくオチが想像できちゃうわけですが(^^ゞ

つまり、「ともだち」は、いじめられっこだった。

決して悪人ではなかったけれど、虚栄心が強く、注目されるためには無理な嘘をつくような少年だった「ともだち」は、嘘が元になっていじめられるようになり、学校からその存在すら抹殺されたようになる。


ここまでは、いい。


いじめられた少年が、世間を憎み、いじめのない世界を実現するために、人類の大半を滅ぼそうと考えるというのは、まぁ、いいです。

ただ、映画に描かれていたようないじめがあったとして、ケンジやオッチョ、ユキジが放っておくかなぁってのが、ものすごく疑問なんですけどね。
だって、ものすごく不健康ないじめっすよ?
放っておくか?

だって、ケンジはクラス中の人気者で、正義漢なんでしょ?
「そこまでやることないだろ!!ええ加減にしとけよ!!!」
って言うと思うなぁ……。
それぐらいのことを言わないような奴に、世界を救ってなんかもらいたくない。

リアルに小学校時代の同級生を思い出してみて、ケンジタイプの子って、結構いた。
でも、彼らは、いじめは絶対許さないってとこもあったぞ。

小学校三年生~四年生のとき、本当に人気者の男子がいたんですよね。
運動神経がよくて、明るくて、面白くて、背が高くて、ハンサムで。
女子はもちろん、男子にもものすごい人気のある子だったけど、その子がいる場には、まずいじめなんてものが発生しなかった……という風な印象があるけどなぁ。

太陽の光が、周囲を清浄にするように。
人間が人間に与える影響力ってのをバカにしちゃあいけない。
ケンジのクラスにひどいいじめがあったのなら、ケンジは人気者でも、正義漢でもないってこった。


いじめの原因が、実はケンジにあったなんてことは、正直どうでもいい。
ケンジのやったことを「誰でもやること」とは決して思わないけどさ。
でもまぁ、ケンジが原因で、「ともだち」がいじめられるようになったという発端はまぁいい。
けど、それがわかってて、
「もうやめとけ!!」
も言わなかったケンジって……サイアクやんか。

そして、そんなケンジに、いまや世界を掌握しようとしている「ともだち」が、そこまで固執するってのが、さぁあああああああああああああっぱり、わからん。

ケンジに憧れてたってことはちゃんと描かれてました。
万博の話を、作文に書いたとき、ケンジがそれに興味を持って、熱心に話を聞いた。
そのとき、「ともだち」はこう思うわけです。
「あのケンジが、僕の話に夢中になってくれてる!!」
それぐらいケンジに憧れてた。
まぁ、そういうのはあるかもしれない……。
あるのか?あるんかもしらん。

だけど、そのケンジが、自分を悪者にして、そのせいで自分がいじめられて。
それを知らんぷりしてるケンジに固執するって気持ちが……う~~~~~~~ん……よくわからないんだよなぁ。
どうしてもそれが納得できへん。

「ともだち」が、ケンジに仕返しをしたいというのは、まだ理解できる。
世界を掌握できるほどの存在になってもまだ、そんなちっぽけでアホな奴にこだわろうというのは、わからんなぁとも思うけど、幼児期の体験がそれほど強烈だったんだと、「頭」で理解しようとすればまだ納得できるんですわ。
だけどさ。だけどさ。

そこまで大人物になってもまだ、
「ケ~ンジくん、あ~そび~ましょ」
って言い続けなければならないほど、ケンジに固執しちゃってるってのが……どおおおおおうしても納得できへんのでございます。

んもう台無し(笑)

ベタだけどさ。
私は、ケンジがいじめの原因だなんてことにしなかった方がいいと思うな。
監督さんは、その方がわかりやすいと考えたのかもしれないけど、リアリティを失くしただけだと思う。

それよりも、「ともだち」は自分の虚栄心からついた嘘でいじめられてたってした方がわかりやすかったな。

「友達になってほしい」
という「ともだち」の願いに、無邪気に屈託もなくOKしたケンジが、他の親友……オッチョやユキジ、ドンキーほどに、自分とこころから楽しそうには遊んでくれなかった。
「遊ぼう」
と言えば一緒に遊んではくれたけど、他の友達にするように、自分を頼りにしてくれたり、自分を守ろうとはしてくれなかった。

そのことがさびしく、口惜しく、情けなく、だから、
「遊びましょ」
って言い続けたって方が、なんぼか共感できたなぁ。


愛と憎しみは、決して相反するもんじゃないって言いますよね。

可愛さ余って憎さ百倍なんて言葉もある。

だけど、もし、肩の上のチュリー君が、私のことを怪我させたとしても、私はこの子を憎むだろうか。
いや~~~~~~~……憎んだりはせぇへんなぁ。

「んもう、チュリー君!!!痛いでちょっ!!!!!!チョメ(古い)!!!!!!」
だよね?

旦那が私を裏切ったとしたら、私は旦那を憎むだろうか?
う~~~ん……旦那が私を害そうとするなんてことは、多分あり得ないしなぁ。
私を害するつもりなく何かがあったとしたら、それは過失だし(^^ゞ

よくわかんないんだけどね。
何かあったとき、つらいことがあったとき、相手を憎むようになるなら、やっぱりそれは愛じゃない。

「ともだち」の、ケンジに対する気持ちは、一体全体なんだったんだ。

一番納得できるのは、「堕ちた偶像」に対する憎しみだったという説明なんだけど。
そこまで誰かに憧れたことがない私は、薄っぺらい人生を生きてるのかしら(^^ゞ





でも。

でも。

でも。

いや、実はここからが本題なんです(笑)


最後、「ともだち」は、その覆面をはぎ、佐々木蔵之介さんになります。

この役者さんの持ち味なのかもしれないけれど、あの泣いているような笑っているような表情をさらに複雑にして、
「ケンジくん、遊んでよ」
なんて言われると、ジ~~~~ンと来るものがあったりするんですよね(笑)

ついでに、過去の、「ともだち」のセリフを、佐々木蔵之介さんがしゃべってるのを想像しながら思い出してみると……。

う……切ない(笑)
ぜんぜん共感できへんのに、切ないって、これはなに?

この映画さぁ、最初から「ともだち」の覆面はずしといて、「さぁこの男はいったい誰だったでしょう」っていう謎にした方がよかったんじゃないの?
それならもっと、入り籠めたのに。

いや……佐々木蔵之介さんのファンだからそう思うのかもしれませんが(^^ゞ



そして何より。
古田さん、かっこいい!!!!!!!!!!!!

古田新太は、国民的歌手・春波夫の役で、万博のテーマソングを歌ってるんですよ(笑)
モデルが誰か、わかりやすい(笑)

でもね、でもね、でもね。
これがうまいっ!!!!!!!
古田さん、歌手やってもいいんじゃないの?

演歌もそんなにうまいのにね。
ドラムもむちゃくちゃうまいっ!!!!!

この国民的演歌歌手は、実は、昔、ケンジとバンドを組んでいたロッカーだったことが最終章の途中でわかります。

だから、彼は、国民的人気を獲得しながらも、「ともだち」を倒すためなら、いつ命を投げ出しても構わないと覚悟を決めてます。
古田さんのあの鈍そうな笑顔で、「ともだち」と穏やかに話をしながら、
実は裏方で、自分の付き人がダイナマイトに火をつけようとしていることをも知っているっていう場面が、第二章にあるんですけどね。
かっこいいんだよ、これが。

よくある演出なら、一瞬厳しい表情になったりするんだろうけど、古田さんはそんな小手先のことはしない。
始終笑顔。
ずっと笑顔。
だけども、心に秘めているものの強さを感じさせるんですねぇ、かっこいい!!!

……と思うのは、私が古田ファンだからでしょうか(^^ゞ


というわけで。

「佐々木蔵之介さんが切なくて、古田さんがかっこよかったから、まぁ……いいや」

と思いながら帰ってきたのでございました。

ってなわけで、思いっきり気分転換になったようで。
ま、目的は果たしましたな(笑)
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子ども時代の罪

のりちゃん

こんにちは、根岸です。
映画『20世紀少年』のご説明は、イエローカードぎりぎりのところでしたね。
ドキドキしながら拝読致しました。
原作のコミックでは気にならないストーリー展開も、実写では無理が出たということでしょうか。
 
不肖、私め、過去に数10年ぶりの小学校の同窓会に出席した折、ある同窓生から
― お前は嫌な奴だった。一時は殺してやりたいと思っていた。 ―
告白されて大いに困惑したことがあります(それまで、仲が良かった幼なじみだと認識していただけに)。
小学校の低学年の時、母親ゆずりの『下町言葉』が抜けずに、担任の先生から指導を受けるのが嫌で授業を抜け出してしまう問題児でした。
それでも、級友に殺意を抱かせてしまったことがあったなんて、思いもしませんでした。
いじめをしたつもりはなくても、傷つけていた訳で、困惑しながらも、謝罪したことを記憶しています。

ありゃりゃ

イエローカードでしたか(^^ゞ
ってことで、「ネタばれ注意」の文言を入れておきました。

根岸さんは、映画はご覧になってないんですね。
映画は「独自の結末」を取り入れたそうです。
私は原作を読んでないので、断言はできませんが、多分、その「独自の部分」が、安っぽすぎたんだと思います。

知らないうちに人を傷つけていることは誰だってありますよね。
また、そうと知っていても、人を傷つけることを避けられないこともあります。
もしかしたら、後者の方が多かったかも……。

そしてそのことが、「ともだち」を狂わせてしまったってんなら納得もいくんですけど。

その「独自のエピソード」が、他のケンジやオッチョ、ユキジのキャラクターにどうもそぐわなくて(^^ゞ

ただ、それなりに面白い内容ではありました。
もし興味をもたれたなら、一度みてみてくださいね(#^.^#)
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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