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自然というもの

今日は、東京のイラストレータさんご夫妻を案内して、初瀬~曽爾の方へ行ってきます。

奥さんが「奈良好き」ってことで、でもよくよく話しを聞いてみると、「奈良=奈良公園近辺」だということがわかったので、「奈良の魅力は山にあり!」と豪語したことから計画されたこのツアー。

山は登らないけど、山を望むことができるような場所を周ることになります。

高井田にある遺跡には、
「古代、部族間同士の戦が激化するにつれ、人々は山の上へ山の上へと移動しました」
と説明されてました。

つまり、山の上は自然の要塞なわけですよね。

攻め込まれづらい。

江戸時代になって、戦のない世の中になってからは、平城もたてられましたが、戦国時代の城は、基本は「山城」でした。
いくら堀を作っても、平地の城ではやはり攻め込まれやすかったでしょう。

だけど、いくら山の上は攻め込まれにくいと言っても、富士山の頂上に城をたてた武将や、部族はいたのかなぁ……いなかったと思うんですよね。
いくら敵からは逃げられても、食料の調達が大変だとか、むちゃくちゃ寒いとかでは、仲間の生活が確保できんもんなぁ。

今回の大雪山の遭難事故の報道を見て、何年か前の、伊吹山登山を思い出したです。

伊吹山は、「風の通り道」と言われたりもします。
気候が良ければ、頂上はお花畑になるらしいですが、ということはつまり、木が少ないということでもあるでしょう。

古代において、大和の英雄であるヤマトタケルを殺したのは、この山の神でありました。

標高は1200メートル程度ですが、きつかったんですよ~~。

風が強いので、吹き飛ばされないようにと気を配るだけでも大変だったし。
霧がでてきて見通しが悪いし。

伊吹山は登山口が低いところにあるので、標高は大したことはなくても、登山口からの比高は結構なもんなんです。

途中私は、
「一歩も動けん!」
ってことになってしまいました。

ほんと、一歩も動けないんです。
比喩でも冗談でもなく、動けない。

旦那が差し出してくれたおむすびを食べたら、問題なく動けましたんで、まさに「ガス欠」やったわけですね。
平地では、平気で2日ぐらいの断食をやりますが、山の上では、たった6時間ほど何も食べないだけで、命取りになると実感しました。

でもね。
満腹で山を登るってのもしんどいもんなんですよ。
体が重いんです。

体が重いってのは、もちろん胃の中が満腹で重いってのもあるでしょうが、満腹ってことは、消化のためにエネルギーを使ってるってことでもあるわけですからね。
だからなおさら重く感じるんでしょう。

この調節の難しさは、都会にいてはわからないなと思いましたよ。
私は、山を舐めてたと思います。
生きて帰ってこれて、良かったと思うべきなのかも。
……旦那が一緒のパーティでしたから安心してたんですけど。
でもやっぱし、舐めてたんだなと思います。

というわけで、私自身も登山経験が豊富とは到底言えませんが、登山経験が少ない人ほど、山を怖がらないという傾向があるような気がします。

「最後に登ったのは小学生の遠足だっけ?」
っていう人の中には、むちゃくちゃ無謀なことを言う人が多いんですよ、なぜか。
特に……「スピリチュアル」な人ほど、「スピリチュアル」だけに惹かれて山を登ろうとする人が多いような気がします。

以前、「スピリチュアル」なライターさんとしゃべっていたとき、私が富士登頂を失敗したって話しをしたんですよね。

その二日後ぐらいにメールが来まして。

「お話しを聞いて、『そういえば私、富士登山したことなかった』と気づいてツアーを探しています。
日本一のパワースポットなのに、うかつでした。
良いツアーがあったら教えてください。
でも、頂上は寒いんじゃないかとか、普段、2階まで登るのにもついついエレベータを使ってしまう私には山登りはきついんじゃないかとか、心配しすぎてしまいます。
でも、富士山の頂上での中継を見ていると、おばさんばっかりだし、おばさんでも登れるんだから、考え過ぎる必要はないですよね?」

なんて書いてあったので、頭を抱えました(^^ゞ

とりあえず、
「頂上は寒いどころか、真夏でも0度ですし、登りはすっごくきついです。装備だけでもかなりのお金がかかりますよ」
と返事を出したら、
「あ~、やっぱり山は思っているより大変かもしれないですね。体力作りのためにこれからしばらく、一駅分歩くことにします。装備については、雨合羽とかはいりますか?ジーンズでは無理ですか?」
って返ってきて、またまた頭を抱えることに……。

よくよく考えてから、こういう風にメールを送りました。

「とりあえず、百貨店かどこかで10階分ぐらい階段で登ってみて、富士山はその何倍あるかといことを考えてから決心した方が良いと思います」
と。

それに対して、
「10階分の階段を上るのは、私には無理ですね!考えるだけでしんどいです」
っていう返事が返ってきましたが、それでもって富士登山を諦めたかどうかは知りません(^^ゞ

相手は私のことを、「いちいちうるさくケチつけてくる奴」と思ったのか、仕事上で関係があったにも関わらず、それ以降連絡しても返事こなくなったんで(^^ゞ

でも、なぜ、「階段で10階まで上がる」のが大変だということは容易に想像がつくのに、「富士山登頂」が、軽いことだと考えてしまうのか、私にはようわかりません。
「ジーンズ」というのが、せめてのびのびジーンズであることを祈ります(笑)

以前、男山八幡へ参拝したとき、坂もなだらかで、150メートルほどしか標高のない山に登るのさえ、ケーブルを使いたいと主張した人に、
「弥山登山に連れて行って欲しい」
と言われたのにもびっくりしましたっけ(^^ゞ

ほんと~になだらかな坂を、おもっきり息を切らせて登りながら、なぜその10倍ほどある、坂も急で、登山道は険しい山にはたやすく登れると思うんだろう……。
弥山は、天河弁財天の奥の院がある場所ですから、やはりスピリチュアルな方には人気の場所ですが……登るのはかなりきつかった記憶があります。
でも、「弥山登山」は、片手間にできることだと思われてしまうらしい。

よくわかりませんが、「自然」というものの優しく慈しみ深い面しか、喧伝されていないからなのではないかという気がします。

日本人は自然を神とし、それに感謝し崇拝してきた……と言われます。

だけどそれは、牧歌的で、のどかなものばかりではなかったはず。

自然は恵みを与えてくれはしますが、同時に、過酷な試練をも与えますもんね。

旱天や洪水、酷暑、大風、嵐。
今のように、整備されていない土地に住む人にとって、これらの自然の脅威は、私たちが感じる以上のものだったはず。

神は荒らぶる存在でもあった。
現代の、街に生きる人間は、この点に対する想像力が欠如してしまっているのかもしれないと思ったりします。

現代人にとって、山は「住む場所」ではなくなってきているわけで。
「住む場所」ではない場所へ出掛ける時には、それなりの覚悟が必要なのかも。

そしてそれは「海」に対しても同じことが言えるんでしょうね。

ということで、私らは、もう少ししたら、山の方へ出掛けます。
山の中に入るわけではありませんが、注意は忘れないでおこうと思ってます。
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のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
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