スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

49or50

仏教……といってもたぶん、「万人往生」を唱える浄土真宗などだけだと思いますが……では、人が亡くなって49日であの世に行くと考えられているようです。

一週間ごとに、閻魔様やらお地蔵様やらに指導され、49日目に旅立つんだとか。

浄土真宗では即得往生、つまり亡くなれば即座に仏になると考えられているとか。

……なんて話をもう一つのブログに書いたところ、真言宗で厳しい行を実践されている行者さんから、
「即得往生なんて、あり得ると思います?」
とツッコミをいただきました(^^ゞ

私は仏教徒じゃないので、もちろん、
「さぁ、よくわかりません」
と答えましたが(笑)

「たぶん、遺族に対する慰めの意味が大きいんじゃないでしょうか?」
というと、
「ふぅむ」
って感じでしたか。

いったい。
日本の「死」にまつわる教えは、遺族への慰めのためにあると思えるようなものが山ほどあります。
そもそも葬式の煩雑さは、
「忙しくて悲しんでる暇がない」
という時間を作るためのように思えます。

地蔵和賛は、親より先に死んだ子供は、賽の河原で鬼にいじめられるのだと説きつつも、最終的には、
「だから、子どもの死を悲しみすぎてはいけない。
もし親が悲しめば、それは子供の罪となり、ますます鬼にいじめられるからね。
親が元気に過ごしていれば、お地蔵様が助けてくださるんだから」
と、親に対するメッセージになっています。

人が死んだらどこへ行くのかはわかりません。
わかるのは、「残されたものの悲しみ」だけ。
だからこそ人は、「まず見えるもの」に対処したのかもしれませんね。

チベット仏教では、人が死の国にたどりつくまでの49日間、死者の耳元で、
「解脱への道の行き方」
を囁き続けるのだと、「死者の書」には書かれていました。

そして、神道では50日目に服喪期間が明けます。
亡くなった人はすべて「神」となりますが、それまでの期間は神社さんによってまちまち。

一年とも三年とも、七年とも聞きました。

ってことで私は49日目にあの世へ旅立つという話は半信半疑というか……(^^ゞ
どうなのかなぁと思ってます。
ただ、遺族がそれで「終わった」と一区切りつけることができるのが、49日なんでしょうね。

だいたいそもそも、49日の法要を、本当になくなって49日目にバッチリシッカリするわけじゃありませんからねぇ(^^ゞ
ほんとうに49日目にあの世へ旅立つと信じてるなら、パッキリスッキリ49日目にあたる日に法要を開催するはずでしょ、だって(^^ゞ?

さてさて、祖母が亡くなってから、今日で49日になります。
この日、祖母はあの世へ行くのでしょうか?
それとも、死んだとき、すでにもうどこにもいないのでしょうか?

実際、どうなんですかね(^^ゞ??

修験者だった友人が亡くなった後、いろいろと不思議なことがあったんですよ。
彼が生前49日通った信貴山で、信貴山縁起絵巻が公開されてるってんで見に行こうとしてたら、その午前中に用事ができて彼の遺族のお店へお邪魔することになりました。
そしてそのあと信貴山へ向かったわけですが、到着してびっくり。
修験者さんたちの大祭が行われてたんですよ。

なんだか
「連れてってくださいよ~」
と言われているような気がしたものです。

彼は本当~にいいやつで、自分のことなんか一切考えず、他人のことばっかり心配して尽くすような男でしたから、彼が亡くなってから、なんとなく幽霊が怖くなくなりました。

「のりちゃん様のこと、守ってますから!」
そういって笑う布袋様のような彼を想像すると、心強かったものです。

が、祖母が亡くなってからは、そういった感覚が一切ないんですよね。
祖母は天寿を全うしたから、私の心の中に、未練がないのかもしれません。
とすればやっぱり、死者の存在を感じてしまうのは、生者の心の問題なのかもね。

ならば私は、なるべくたくさんの人を好きでいられるような人生を望みます。
なるべく人を嫌わずにすむ人生。
でも、無理をしない人生。
身の丈にあった人生。
大事な人を、ちゃんと大切にできる人生。

そういうシンプルな人生がいいなぁ。

でも今、だいたいそれに近い人生なんですけどね(#^.^#)

合わない人とは無理に付き合わない。
そのかわり、できるだけ人のためになれるよう、気をつけて頑張っておく。

大事な人のことは、思いっきり大事にする(#^.^#)

うん。
それが幸せだと思います。

さて、今日はこれから面談です。
仕事につながればうれしいので、頑張ってきま~す!!
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

始まる大きな変化:南里

これから始まる大きな変化に
のん様の心構えは
大きな役割を果たすように思います

今年の年末には
マヤ歴でいうところの一つの暦が
終わり、新たな暦に変わると言われてもいます

おはようございます

宇宙に始まりがあったと仮説を立てた
私たちの科学は
始まり以前には?
という疑問を持たざるを得ませんでした
そうすると
「空」という「ゼロ」の存在を認めねばならない
「なんにもないということが存在するのだ」
と言ってるのだと思うんです

その「空」にただよう魂は
「命」のという活動根拠を経て
「生」を得て、
この世での使命を終えて
「死」という卒業式を迎える
魂は「空」に広く
また存在するようになる
というふうに思います

以前、本田健さんの本で
「未来には、
 好きな仕事を、人の喜びのために
 人に役に立つためだけに
 する」
というのが書かれてありました

たとえ、無報酬でも
これなら残りの人生やり続けられる
ということを人たちはやり始めるという
時代が来ようとしているというふうに思います

また、神田昌典さんの本には
世界最速で高齢化社会に突入した日本は
年輩を大切にする儒教の「孝」の思想や
勤勉と手先の器用さから
世界でも高い医療・介護技術を
もって
この高齢化社会を乗り越えてゆくと
やがて、3億人を越える高齢者を抱える中国
後を負うインドを大きく牽引する
と書かれてあり
今、私たち働き盛り40代は
その時代の橋渡しをする
大切な接合部分を担っていることになります

だから、
できるだけ動ける今のうちに
できるだけたくさんの働き
できるだけ多くの人に役に立ち
できるだけ今までの恩返しをし
できるだけ広く未来を拓き、人々を幸せにする
という使命が自ずと見えてきます

その使命を全うした時
神さまに認められ
「空」へ魂が導かれ
「死」を受け容れられるようになるのだと思います
「生まれてきてほんとうによかった」といいながら・・・

損得に 生きるの死ぬの 騒いでも
 人の笑顔に なだめられたり
”若旦那~♪、なんり、深感恩

No title

いいですね(#^.^#)

そうなんですよ。
「誰か人のために頑張ろう」
って思ったら、結果がなかなか出なくても、焦らずにすみます。

「自分には見えてないけど、どこかで役に立ってるにちがいない」
って思いますからね(#^.^#)

「誰かのために頑張ろう!」
って思ってられたら、大きな不安も、「だからこそ頑張るぞ」というモチベーションになります。

自分のためだけに生きようとする人は不幸だ、と。
だから思います。

「深感恩」の気持ちで生きていきたいですね(#^.^#)
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。