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無知の知

「無知の知」。
なぁんて言葉があります。

「自分には知らないことがたくさんある」
と、自分の無知さ加減をしっている人のこと。
ソクラテスの言葉ですね。

ソクラテスは、あんまり好きになれないんだけどね(^^ゞ
もっとも身近な存在であるはずの妻を大事にしない人が賢人だとは思えんなぁ。

無難なところでWIKIばっかになっちゃうんですが、こんなエピソードが書かれています。
「そんなにひどい妻なら別れたらいいじゃないか」と言った人に対し、ソクラテスが語ったとされる言葉にこのようなものがある。「この人とうまくやっていけるようなら、他の誰とでもうまくやっていけるだろうからね」

また、彼の格言として、
「ぜひ結婚しなさい。よい妻を持てば幸せになれる。悪い妻を持てば私のように哲学者になれる」
は、よく知られてますよね。

結局、クサンティッペを一人の人間として扱ってないじゃん。
悪いのは妻、自分は悪くないと思ってる。

つまり、夫婦関係において、ソクラテスは「無知の無知」と言えるでしょう。

「無知の無知」とは、「自分に知らないことがあるということを知らない」という意味。
自分がすべてを知ってると思い込み、自分と違う価値観の人を見ると「間違ってる」と断じるような人たちのこと。
自分たちの感性が絶対的だと思い込み、違う感性の人を見えると「変な人」と笑うような人たちのことです。

ね、ソクラテスそのものでしょ(笑)?

でもこの「無知の知」という言葉、「『無知の無知』の人間よりはソクラテス(無知の知)の方が賢い」という結論につながるんですよ。

やぱりWIKIで、ソクラテスが「無知の無知」と感じた人たちに対する表現を引用してみますね。
しかし、実際に賢者と世評のある政治家や詩人などに会って話してみると、彼らは自ら語っていることをよく理解しておらず、そのことを彼らに説明するはめになってしまった。それぞれの技術に熟練した職人達ですら、たしかにその技術については知者ではあるが、そのことを以って他の事柄についても識者であると思い込んでいた。

「夫」「自分」の技術を知ってるからって、「妻」「クサンティッペ」の技術やら心やらに思いをいたすこともせず、「悪い妻」と断じる男こそが無知の無知だっつの。

納得いかんなぁ(^^ゞ

まぁ、クサンティッペのエピソードについては、後世の付会だって話もあるので、この点をもってソクラテスを語ることもやめましょう。
ソクラテスに会ったこともなく、著書を読んだこともない人間がソクラテスを語ることもまた、「無知の無知」ですもんね(笑)

さて。

「自分には知らないことがたくさんある」
と知ったのは、いつでしたか?

私がそれに気づいたのは高校生のときでした。

「自分の無知に気づいてるなら大丈夫ね?」
いえ、それがそうではないのです。

というか、「自分には知らないことがある」と思っていない人はほとんどいないんじゃないでしょうか。

怖いのは、「自分にはわからないことがいっぱいある」と重々わかってるのに、「自分の考えがすべて」というようにふるまってしまう人がたくさんいることです。
そして、私もその一人に違いないこと。

うわっ!こわっ!!

なんでそうなっちゃうんでしょうね?

私と旦那が喧嘩をすることも、たまにはあるんですが、そのときは大概、お互いがお互いの価値観に目をそむけています。

たとえば、私が風邪で寝込んでいたとき、たまたま旦那も休みだったんですが、私が寝てる間、旦那は階下でゲームしてやがったんですよ。
それで喧嘩(笑)

だって、旦那が寝込んでるとき、私が
「旦那がぐっすり寝てる間に、晩御飯の支度でもしよう」
と台所にでも降りてきてごらんなさい?

絶対目を覚ますんですよ。
そしてすごい勢いで降りてきて、
「目ぇ覚ましてのりこがおらんかったら、心配するやろ!!」
と叫ばれるんですよ?

いやいや、晩御飯の支度はせなあかんやろ、と。

ましてや買い物なんかに行ってごらんなさい?
帰り道に前方から人影がえらい勢いで突進してくるんですよ。

えぇ、旦那です。
「どこ行ったかと思うやろ!!」
って(^^ゞ

風邪ひいてるくせに、寝とけや、と。

買い物以外に何があんねんと。

自分がこのていたらくなわけですから、私が風邪のときも、
「そばにいて、安心してあげよう」
と思ってくれよと思いません?

確かに、
「何か欲しいものはあるか?」
とか、
「やってほしいことはあるか?」
とは聞いてくれます。

でもさ~、旦那は家事ができないんですよ。
おかゆを作ってくれと頼んだとしても、作り方から教えなならん。

お米を洗って圧力なべに入れ、湯気があがったら火をとめるという簡単な作業をする方が、

「水はどれくらい入れるんや?」
「火は強火か?」
「『プシュ』っていうた。火ぃとめるんか?」
とうるさく聞かれるより、楽。

買い物に行ってくれるのはありがたいけど。
それ以外は、そばにおっとけよ、と。

でも、旦那にも、何かしらの言い分はあるんですよね。

こうやって、「自分の言い分」をお互いに言い立てることになる。

関係が良好なときは、私たちも「相手はどうしてほしいかな?こうしたら喜ぶかな?」と考え、相手に確認し、そして行動をするという、ごく真っ当な行動ができるわけですよ。
でも喧嘩の最中は、相手が何を考えているかを考えず、考えてないことをも考えず、自分の言い分ばっかり言い立ててしまってる。

まぁ、私たち夫婦は、結局私が言い負かし、旦那が反省し、旦那が反省したのを見て私も反省し、
「お互いに悪かったね」
という結論になるのでいいのですが……。

片方が「絶対自分の非を認めない」というタイプの場合は困ります。
そこでこちらが、「私『も』悪かった」と言ったとしても、相手は「そうだね、あなた『は』悪かったね」となり、また同じことが繰り返されるだけといことになりそうですもんね(^^ゞ

なんかこう……どこかの国の態度を思い出してしまいますけどさ……。
そろそろ断末魔だと思うんだけどねぇ。
独裁者や一党独裁政権は、国民のためにも、早く滅びてほしい。

自分の非を認めない相手とは、関わらないのが一番だと思うんですよ。
(自分の目から見て)他人のことを軽く考え、自分の非は軽く考え、それでいいと思ってるように見える人ってのは、結局すごく相性が悪い……価値観や考え方が違うってことだと思うんですよ。
力関係などから程度の差こそあれ、たぶん、相手から見ても同じように見えるんじゃないかな?

こじれちゃいますしね。

だって、相手が自分の非を認めないのに、こちらが認めてばっかりだったら、相手の思う通りにされちゃうでしょ?
だから当然、こっちだって認めない。
そうすると、相手はさらに自分の非を認めない態度にでる。

単純にお互いに「謝るのがへた」なだけかもしれない。
でもそれでも、相手とよっぽどちゃんとした信頼関係を築けているのでない限りは、「ちゃんと」……つまり相手が「心底から謝られてる」と理解できるような態度で謝っておかないと、関係は悪化するばかりになります。
こういう場合、よほどの変革がなければ、関係の改善は難しい。
でもさ、価値観や考え方が違うんですよ。
とすれば、お互いに「ちゃんとした謝り方」の定義も違うわけで(笑)

そういや、「うる星やつら」で、テンちゃんがラムちゃんのマフラーを燃やしてしまい、謝りたくても謝り方を知らず、いろんな人に「謝り方」を教えてもらいに行くという話がありました。

その中で、「面倒家の謝り方作法」は、腕を腰にやり「悪かったな!」ってのに笑った(笑)
実際、これが「謝罪」だと思ってる人って、相当数いるよね。
でもこれは謝罪じゃないと、私は思う。

「悪かった」と認めてはいるけど、「反省します。次からはしません。だから許してください」という一番大事なところが欠けてる(^^ゞ
これなくして、謝罪であるはずがありません。

もちろんこれは、私の価値観で。
「これでいい」と信じている人もおられるとは思いますが、そういう人とは一切かかわりたくありません。

ただ、こういう「謝罪」で済ませようとする人の場合、「それ相応の信頼関係が築けてるはずだからこれでいいのだ」と思いこんだりしてるんですよね(^^ゞ

んでもって、こういう人に限って、(相手にとっては)謝ってもいないのに、相手が許さないと、
「かたくなだ」
なんて相手を非難するんですよね~~~~~~……。

これでは、関係改善に至る可能性は極端に低いよね(^^ゞ
くわばらくわばら。
近寄ったらお互い不快になるだけです。

土台、無理なんですよ。
そういう人とはそばにいても、お互い腹立たしいだけやないですか。
なるべく距離を置くのが一番。
人間関係においては、いろいろ工夫をすれば、それが可能ですものね。

でも、国と国の関係においては、そうもいかんでしょうね……。
「ミサイルを撃ち込むぞ」
って言われ、
「照準さえ確かに定める技術もないくせに、何いうてんの?」
と挑発し、撃ち込まれた結果、自分の国やほかの国が被害にあったとしたら……。
困るよねぇ。

どないかならんもんか。


さて。
今朝、こんなニュースを見かけました。
「アリラン3号」は韓国が打ち上げた? 韓国TVは「H2A」ロケットの「日の丸」「NIPPON」を消す

へぇ~って思った。
不快だったんじゃないんですよ。

私が10代のころのことを思い出してしまったんです。

当時日本で人気だったテレビ番組の多くが、アメリカのテレビ番組の企画をパクッているという検証を、たけしの番組でやってたんじゃなかったかな、確か。

当時はまだ「ビートたけし」の名前だけでやってたと思うけど、たけしは、
「特に巨泉さんの企画の大半はアメリカのパクリだからねぇ」
と、別の番組でも言ってた気がする。

「話が違う」
って言われるかもしれないけど、「ほかの国の手柄を自分の国の手柄にする」っていう意味では、似てない?

そして当時、アメリカ人は日本人を、
「メガネ、出っ歯、カメラ」
と揶揄していたはず。
あちらさんも、まねっこ日本人に対して、多少なりとも不快感を抱いてたわけです。

なんか今の日韓の関係を見てると、当時の日米の当事者を変えただけの気がするんですよね……。

韓国籍の後輩が、韓国留学から帰ってきたとき、
「聞いてくださいよ!韓国人はドラえもんは韓国の漫画だって言い張るんですよ!」
って憤慨してました(^^ゞ

でも私、子供のころ、「トム&ジェリー」や「ウッドペッカー」を日本の漫画だと思い込んでたなぁ。

だから、これらのこと自体は、ありふれたことなような気がするんですね。
ただ、韓国の政治家たちが、「反日」を武器にすることがあるから、ややこしいわけで。
国民一人ひとりと話をしたら、決して日本で騒がれてるような「反日」ではないんじゃないかと思うんですけどね。

実際上記後輩は、「日本の文化が盗まれてる!おかしい!!」と言ってるわけですし。
彼女は自分の祖国に愛着も愛情も持っている人ですよ。
それでも、変なものは変だと言明してました。

構図的には、往時の日本のアメリカに対する態度とあまり違いはないと思う。
いやまぁそれは、「日本技術は韓国技術より一歩か二歩程度は先んじてる」という前提ありきになるんで、「なんて高慢な考えだ」と言われたら困っちゃいますけども(^^ゞ

でも、そう考えたとき、20年後の日韓関係は、大きく変わってるだろうと思います。
これはもう少しの辛抱かな?

問題は……赤い国々だよね(^^ゞ

だってさ~、国民は情報統制により、強制的に「無知の無知」にされてるんだもん。
ほんまにねぇ。
どないかならんもんか。
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気持ちに感謝:南里

「正しい」とはどういことかを説明することに
悩んでいましたが
「神さまがほほえんでくれること」
という結論に達しました
お天道様に、すがる回答になっちゃいましたね

おはようございます~♪

私たちの存在や悩みなんて小さい小さいんですよね
金環食で思ったんですね
そして、天がニコッって
でも金環食の日時をしっかりと計算できる
人っていうのも偉大だ~なんて思います

「無知の知」なんてのも
小さい小さいって思うけれども
じゃあ分かって行動しているかい?
と聞かれたら
「すみません」
という、深くて偉大な言葉です

人に対して何かを行う場合

想い→行動→結果

という流れで
行動と結果の部分で
口論になるんだなあと
いつも感じているんです

そして、この
「想い」が、それこそ
「神さまがほほえむ」様なものなら
ほんとうは許せるはずだと
思っているところがあります

「みんなが喜ぶように」
「私のことを想って」
「私の幸せを願って」
などの「想い」を肯定する作業
「想い」への感謝を伝えるという
人のほんとうにいい部分の作業が
欠落していることをよく感じます

「良かれ」と想ったことが、悪い結果になることは
だれでも体験していることだと思います
「良かれ」と想ったことを、良い結果に導くために
夫婦は互いに関わり合うんだと思います

夫婦という一つの単位
この宇宙の調和を高度に発展させるために
人が考え抜かなくてはならない
男女という相反する性質の「融合」の入口なんだと
最近、のん様のレポートで感じ始めてきています

「夫婦」
相反するものが
協力し合う一つのエネルギー体は
きっと壮大で、美しい
宇宙の姿という結論の縮図なのだと感じています

命に価値を与えることのできる唯一の生物
人間は
やったことは認め
できたことは誉め
すばらしいことは賞賛する
ということができるすばらしい存在であることを
自他共に忘れてしまうことを知る術も知らないという
パラドックスの中にいるんですね~♪

よき想い 悪い結果に 終われども
 うなずかれつつ 神はほほえむ
”若旦那~♪、なんり、深感恩

No title

若旦那の言葉を読んでいると、「赦」って言葉が浮かんできますね(#^.^#)
……なぁんて言いながらちょちょっと検索してたら興味深いことを発見!

今日のブログネタはそれで行きます。
若旦那、ネタをありがとう(#^.^#)!!

さて、「神様がほほえんでくれること」っていう感覚、素敵ですね。
もちろん、「どんなことをしたら神様が微笑んでくれるのか」というのは、自分の価値観によります。

でも、
「自分がいいと思うこと」
じゃなくて、
「神様が」
なんですよね(#^.^#)

281028さんが昔教えてくださいました。
(ある信仰深い年配の女性曰く)
「信仰とは、自分より偉いもんを持つこと」
って。

http://choirhelperr.at.webry.info/200909/article_1.html

だから、「おてんとうさまにすがる」ってことは、とても大切なことかなとも思ったりします(#^.^#)
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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