スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

蘭陵王

何度も書いてますが、私は、「男とは」「女とは」という決めつけが大嫌いです。

確かに性差はありますよね。
例えば、100メートル走のタイム。
女子平均が男子平均を上回ることは、これ以前もなかったろうし、これ以降にも自然にはないでしょう。

反対に、例えば、人の表情を読む能力なんてものが数値化されるなら、女子平均は男子平均を上回り続けるでしょう。

でも、例えば、A君とB子さんが100メートル走で競ったとして、どちらが勝つと思います?
それは本人たちの身体能力次第です。

その人が男か女かなんてどうでもいい。
私が興味を持つのは、その人がどのような人か、です。

どんな人間にも、男性的な面と女性的な面があるはず。
誰かのことを「男っぽい」「女っぽい」と表現するのは、ちょっと一面的すぎる気がします。

さて。
昨日は三島由紀夫の短編集を読んでました。
「鍵のかかる部屋」という、新潮文庫からでてるものです。

初期の作品が多いということで、文章が洗練されているとは言い難く、やたらめったら理屈っぽく、さらに抽象的なものもあり、そういう作品を理解するのは諦めました(笑)
他人の小理屈に付き合ってられるかい(^^ゞ

でも面白いものも多いですよ。

特に「美神」という掌編はわかりやすくも面白い。
すぐ読めるはずなので、もし見かけられたら是非。

三島由紀夫の小説って、不思議ですよね。
「女」が実にイキイキと描かれている。

「女」を侮蔑しているようでもあり、賛美しているようでもあり。
憧憬を感じているようでもあり、唾棄すべきものと感じているようでもあり。
憎んでいるようでもあり、敬愛しているようでもあり。

個人的に一番好きなのは「愛の渇き」という中編なんですが、ヒロイン悦子は、非常に無機的に、同時に驚くほど感性豊かに、浮世離れしながらも現実的に、そして凡庸でありながら女神のような孤高性と絶対性を持つ女性として描かれてます。
……な~んて、偉そうに書いてみる(笑)

偉そうというより凡庸?
その通り(笑)

でもこういう書き方でごまかしたくなる気持ちも、読んでいただけたらわかるか、と。

精神にこだわれば誰ひとり魅力的な人間は登場しないのに。
肉を通してみれば誰もが蠱惑的であるという(笑)
なんか妙な世界ですよね、三島由紀夫の世界って。

誰ひとり共感できないのに、妙に惹かれるというか。

三島由紀夫がどういう人だったかについては、国語の授業で習うと思います。
日本の弱体化を嘆き、自衛隊市ヶ谷駐屯地でクーデターを呼び掛ける演説の後、割腹自殺をした。
多分、ここは絶対教わるんじゃないでしょうか。

でもその人となりについては、よくわかりません。
子どもの頃は体が弱く、それをコンプレックスとして肉体を磨きぬいたとか。

太宰治について辛辣な評価をしつつも、彼の作品は熱心に読んだとか。

何かこう、非常にモロく、矛盾したものを感じます。

彼の晩年の作品に「蘭陵王」があり、「鍵のかかる部屋」に収録されています。

蘭陵王は、古代中国の皇族の名。
本名は高長恭。

高長恭は武勇の人であったが、あまりにも優しげで美しい顔だちであったため、戦のときには猛々しい表情の仮面をかぶっていたというのですね。

「仮面」。
ペルソナ。

「人格」を意味する「パーソナリティ」は、この「ペルソナ」から来ているというのは、多分有名な話ですよね?

人はみな、自分に相応しいと思われる仮面を選びとり、その仮面に相応しい行動をする。
自分の地に近い仮面を選びとった人ほど、無理のない生き方ができるのかも。
でもそれでは高長恭は?

彼の場合、武勇に優れた人物ですから、生まれ持った「顔」の方が、彼の本性とかけ離れていたのかもしれません。
だからこそ、自分らしい「顔」をつけて闘った。
そういうことのように私は思えるのですが。

でも三島はこう書いています。
「蘭陵王は必ずしも自分の優にやさしい顔立ちを恥じてはいなかったにちがいない。むしろ自らひそかにそれを矜っていたかもしれない。しかし戦いが、是非なく獰猛な仮面を着けることを強いたのである。(中略)
本当は死がその秘密を明かすべきだったが、蘭陵王は死ななかった(後略)」

蘭陵王について、私の見方が正しいのか、三島が正しいのか、それとも二人とも間違っているのか。
いやそもそも正解なんかありゃあしませんが、三島は、死んで、自分の仮面の下の顔を世に知らしめたかったのかなぁとか。

彼もまた、蘭陵王のように、自分の本当の姿とは違う仮面をつけることを、つけつづけることを、何かに強いられた人なのかもしれません。

私は~……割と、地に近い「仮面」で生きてるんじゃないかなぁ。
あんまり無理してないです。
自分のアホさ加減を他人に知られることが全然怖くないし、だらしなさ加減が公表されても大笑いで済ませられます。
とても楽……なのですが、私は「平気」という仮面をかぶり続けているのかも、しれません。

関係ないですが、三島由紀夫が最後の演説に際して、「七生報国」の鉢巻きをしていたというのが、なんとなくショック。

この言葉、楠公さんの言葉として知られていますが、違います。
太平記に残されている言葉は、「七生滅敵」です。
生涯、南朝の忠臣であり続けた楠公さんであれば、「敵を滅ぼす」=「国に報いる」かもしれないけどさ。
なんかこれって……欺瞞だと思うんですけどね(^^ゞ

だいたいこのセリフは、楠公さんの弟である正季のものじゃん。

嘘くさ~……。

という嘘に、三島由紀夫までが染まってたのかなぁと。
なんだかねぇ(^^ゞ

で、昨日から引きずっております、「鍵のかかる部屋」です。
読み返してみましたが、やっぱりさっぱりわからん(^^ゞ

鍵のかかる部屋の中に、いったい何があるのか?
何があると、一雄は信じていたのか?

そこの「主」が、桐子から房子へと変わったときの、一雄の心の変化の意味は?

そしてなぜ一雄は、このパラダイスを追われたのか。

まったくわかりません。
全然わかりません。

誰か教えてください。

以前も書きましたが、「パラダイス」という言葉は、ペルシャ語で「閉じられた庭」という意味だそうで。
エデンの園も、閉じられたからこそ、追放されたアダムとイブは二度とそこに戻れなかった。

でも、一雄のパラダイスがまったくわからん(^^ゞ
まだ9歳の房子を「引き裂きたい」という思いにめくるめく一雄は、その部屋の中で何を感じてたんでしょうか?

この「鍵のかかる部屋」は、多分最初に買った三島本だったと思います。
なぜこの本を選んだのかというと、確か誰かが……夏目房之介氏だった気がする……絶賛していたからなんですね。

で、読んでみて、
「なるほど」
と思った記憶があります。

当時私はまだ高校生でしたが、本当にわかってたのかなぁ(^^ゞ

「わかった」と思い込んだ自分……いや、そのときの自分がかぶっていた「仮面」を思ってしまうのでした。
いやぁ~ねぇ。
スポンサーサイト

trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめteみた.【蘭陵王】

何度も書いてますが、私は、「男とは」「女とは」という決めつけが大嫌いです。確かに性差はありますよね。例えば、100メートル走のタイム。女子平均が男子平均を上回ることは、これ以前もなかったろうし、これ以降にも自然にはないでしょう。反対に、例えば、人の表情を?...

コメントの投稿

非公開コメント

慎み:南里

人前に丸裸で出て行かないことや
大切な人に不快感を与えないように
身を飾り律して接待するという行為も
真の自分を偽るということではなく
真の自分を作る、鍛えるという行為だと
思いました

そのまま取り出して
外に放出してはならない状態やエネルギーを
浄化や制御する働きであれば
これは
ほんとうに美しいというか
人の道というか
「慎み」と呼ばれるもので
本能に理性という仮面をつけて
生きて行くことを
「自律」っていうように思いました

こんにちは♪

地域活動の新旧引き継ぎの会合で
出勤が遅くなりました
ごめんなさい~

仮面をかぶっていることに
結局いやな想いをするのは
本人であるということが
よくあるんだなあと思うのと同時に
仮面をかぶっていることに
「不誠実」「正直ではない」
という印象を相手に持たせることを
好まないんだなあって思います

でも、自分を偽って生きていても
やがて、それが自分が本来求めていた
自分の理想的な姿へ導くのであれば
仮面をつけることも
とても役に立つし、一つの修業にもなるんですね

「ほんとうのやさしさとは
 人に気づかれないもの」

「佐賀のがばいばあちゃん」
に出てくる名言です

そして、私たちの偉大な先達
良寛は、九十か条にも及ぶ
「戒語」を掲げ
慎独を貫いたと伺ったことがあります

私たちには、明らかにせずに
天国までもって逝くべき思いがあるように
思うんです
精神的なケガレたモノを
天国に持ち帰るのが
人として生きることなのかも知れないなあ
なんて思いました
”若旦那~♪、なんり、深感恩

No title

ちょっと違うかもしれませんが……

>自分の理想的な姿へ導くのであれば仮面をつけることもとても役に立つし、一つの修業にもなるんですね

モデリングって言葉があるでしょ?
「こうなりたい」と思う人を見つけて、
何かあるごとに、
「あの人ならこういうときどうするだろう?」
と考えて行動する。

そうするといつの間にか、理想の人に近づけているっていうんですね。

これもまた「仮面」のひとつだと思います。

誰だって、「仮面」はつけてるはずなんですよね。

だからこそ、どんな仮面をつけるかでその人がきまる。

イエス・キリストの仮面をかぶるか。
ダライ・ラマでもいい。
御釈迦様でもいいかもしれないし……。

もしかしたら、「自分さえよければいい」の仮面かも。

どの仮面を選びとるか、でその人がきまるのかもしれませんね。

だからこそ、それを大事にしないとですね(#^.^#)
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。