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祖母の遺影は10年以上前のものでした。

棺桶に入った祖母の顔、亡くなる二日前のやつれた顔、そして遺影の顔。

同じ人とは思えなかったんですよね~(^^ゞ

でもどれも祖母なんだと思うと、不思議な気持ちです。

読経の間、祖母のいろんな「顔」が思い出されました。

まだ意識のあったころ、私が行くと、
「のりこ、おばあちゃん、もうあかんわ」
と必ず言う祖母に、
「そりゃ94歳やもん。年なりやよ、年なり。なるようになる」
と答えると、
「そうやなぁ」
と笑って答えた、その顔。

恒例となっていたせいか、その顔が一番浮かんだかなぁ。

そしてもう一つ。
もう認知がかなり進んだころのことです。

言いだしたら聞かない性格の祖母に、父は私たち孫を会わせようとしない時期がありました。
孫の顔を一度見ると、そのあとしばらくずっと、
「のりこに来てもらって~」
とうるさく言い続けるんだそうで。

なんせ認知なので、もし一度来ても、帰ればすぐ忘れて、
「のりこに~」
となる(^^ゞ

エンドレスになるのを嫌がったようです。

顔さえ見せなければ忘れてるから、と。

ただ、耳も遠くなっていたので、玄関先に私たちがいても気付くことはなく、とりあえず祖母には顔を見せないようにしてさっさと用事を済ませ、帰っていました。

そんなとき、たまたま祖母のいる部屋に用事ができ、用事をしていると、ふと視線が刺さりました。
寝ていたはずの祖母がこちらをじ~っと見てたんですね。

それがもう本当に、童女のようなあどけない表情で(^^ゞ

そこにいるのが私と旦那だと気付いてはいないようでしたが、何か、わくわくするような目でこちらを見ていました。

旦那は祖母に本当に優しくしてくれました。
私が働いていたころ、旦那の方が休みをとりやすかったので、旦那だけが休暇をとったときなどは、祖母を花見に連れていってくれたりして。
だから祖母は旦那のことがすごく好きでした。

……というわけで、祖母が私の雰囲気に嬉しそうな表情をしたのか、旦那の雰囲気に嬉しそうな表情をしたのかは、はっきりしません(笑)

「外に連れてってくれる人が来た!!」
ってことで、旦那を見てたような気もする(^^ゞ

最後の方、旦那の顔を見ると、
「てつおさん、どっかに連れてってほしいわぁ」
と言うてましたしね。

素直な旦那は、そう言われると、本気にして計画をたててましたが、
「後が大変」
という父の言葉で、結局叶うことはありませんでした。
母は、
「連れて行ってくれたら喜ぶと思うけどねぇ……」
と言ってたんですけども。

「かあちゃんのことは僕が一番よう知っとる」
という父の言葉に、
「でも、会社員時代、家庭を省みなかったお父さんより、実質世話をしてきたお母さんの方が、ケーススタディはできてるよ。どういうときおばあちゃんが何をして欲しがるかということはお母さんの方がわかるんちゃう?」
と誰も言えなかったんですよね(^^ゞ

そういやね。
父が単身赴任から帰ってきて、家具を運び入れようとするとき、なぜかどこに何を置くかと指揮をとりたがったことがありました。
そのとき祖母が一喝したんですよね。

「何もわかってない者が偉そうに口出しせんとき!うちのことはなんもせぇへんくせに。邪魔やから外に出とき!!」
って(笑)
企業戦士だった父に、多少酷な言葉だったかもしれませんが、それは実際その場にいた者の総意でございました。
わかんないならわかんないでいいのに、なんで指揮とりたがるんだか……。

旦那も朝から晩まで働きまくってますが、家事はできるだけ手伝ってくれます。
それでいて、家事については決してでしゃばらず、私の指示に従ってくれるんだけどなぁ。
古い時代の男性は、そういうものなのかもしれません。

父に意見できるのは……というか、父が意見を聞くのは祖母だけでしたから(^^ゞ
自分の世話という場面で、
「あんたは黙っとき!!」
と言えなかった祖母は、ある意味不本意だったかもしれません。

でもまぁ……。
もし私が認知になって自分の考えを言えなくなったとき、旦那がしてくれることなら、それが的外れでも嬉しいと思うんですよね。
好きな人が自分のためを思ってやってくれることなら、やっぱり嬉しいんじゃないかなと。

そういう意味では、祖母と父は、なんといっても母子ですから。
これで良かったのかなとも思います。
そのあたり、子どものいない私にはよくわかりません。

ただ、もし万が一、私の方が先に逝くことになったとき、
「のりこのことは僕が一番知っとる。子どものころののりこを見てるのは僕と母さんだけや」
とか言いだしそうで怖いんですよね。
実際、酔うとそういうことを言ってましたし(T_T)

わかってるはずないじゃんよぅ。
だって、私にとって旦那は、世界中の誰よりも大事だってことさえわかってないやん(>_<)

祖母が認知になってから、エンディングノートの下書きを始めましたもん、私(^^ゞ
「何かあったときは、すべて旦那の意志に従うようにしてください」
って。
これだけはほんま、何があってもお願いしたい!!!!!!

父が憎いとか、愛された記憶がないとか言うつもりはまったくないんですよ。
なんせ育ててもらったんだから。

反抗的な子どもだった私は、何かあるごとに、
「誰に食べさせてもらってるんや!!」
と怒鳴られ、そのくせアルバイトをしたいというと絶対許さなかった父に対しては、理不尽さしか感じませんでした。
でも、アルバイトについては、結局私が言い負かしたんですよ。
それを考えれば、父に聞く耳がまったくなかったということはありません。

大人になって働くようになってみれば、なつかない娘に対してそう言いたくなる気持ちはなんとなくわかる気がします。
でも、「わかる気がする」と、「共感する」とはまた別モノというか(^^ゞ
そう。
私は父になつきませんでした。
なるべく顔を合わさないよう、父がたまたま家にいる日は、食事の時間以外、部屋に籠ってました。
中学生になっても……どころか、小学生のころから、父と風呂に入ったことなぞありません。

父から見れば、可愛げのない子どもだったと思います。
大人になってみれば、
「悪かったなぁ」
と思うんだけど、それじゃあ父とベタベタできるかと聞かれたら、
「む……無理っす……なんかこう、生理的に」
ってなる。

なんでなんでしょう(^^ゞ
そうなんですよ。
生理的に、ダメだったんですよね~。

大人になってからも、旦那より自分の方がわかってるてな態度をとられると、
「ゾワッ!!」
となるというか……。

岩月謙司教授の著書によれば、これは、幼女時代に大人の男から性的虐待を受けた女の子の特徴だそうですが(^^ゞ
としたら、父はとばっちりっすなぁ(^^ゞ

ごめんね、パパン。

……ってことで許してもらいましょう。
だって、私一人が悪いんじゃないももももも~~~~~~ん。

ただ、父の他人に対する基本的態度は、「バカにする」なんですよね。
社会的には「紳士」みたいなんですけど。

父が好んで読むのは、偉い人が書いた他人を批評するような本か、推理小説なんですが、私はどちらもあんまり得意じゃない。
私は普通の小説が好きなんですが、父から見ればそれは、
「読む気もしないもの」
なんですね(^^ゞ

「そんなもん、本を読んでるうちに入らん」
って言うてました。

私がライターを始めたとき、なぜか言われたのは、
「お父さんの方がずっとたくさんの本を読んでる!」
だったんすよ(^^ゞ
そういう人と、共感するのは、ちょっち……無理かなぁ(^^ゞ
お互いに、相性が悪いってことじゃないかと思います。たぶん。

肉親の情はあるんだけども。
大事にしたい気持ちはあるんだけど。
ただ……決して「理解者」ぢゃ、ないんだよ~~~~~ん。
それだけはわかってほしい。心の底から、それだけは。

それなのに……「自分が一番わかってる」と言われるのだけは困る……。
けど、そうなりそうで怖いので、エンディングノートなわけです。

祖母はどう思ってたのかなぁ?
「父と娘」と「母と息子」ってのは、根本的に違うよね?

晩年の祖母にとって、これがベストだったのかどうかわかりません。
今はまだ、目にする祖母、思い出す祖母、すべての顔が生々しすぎて。

それが少しずつ風化していったら、
「ばあさまは幸せだったんだろうな」
と思えるかなとも思ってます。
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「家」・「間」:南里

自分もいつ、いかなるとき
大切な人をおいて
死んでしまったり、意識が通じなくなったり
とかと考えたとき
まず、財産目録や
大切な人への遺言を書いておこうと
思い立ったんです

しかし、涙が流れて来て書けない・・・

こんなにも多くの
愛情や思いやりに包まれ
こんなにも多くの人が
支えてくれ
共に生きている喜びが湧いてきました

だから、今は
その恩に報いるために
少しでも恩返しができればと思います

孝行の念が、出てきて、
初めて子育てが完了する
そして
全ての生物のうち
人だけが、親孝行をします

おはようございます♪

介護という尊い行い
お父さんがついていてくれて良かったと
お話を読んでいて思ったんです

ちゃんと読んでなかったらスミマセン
お祖母さんとお母さんとは
本来の血のつながった「母と娘」という母子関係ではないので
「母と息子」という本来の母子関係の方が
しっかりとお母さんのことを想うことが
できるような気がします

そして男という存在は
この本来の「母子関係」を
しっかり守り、充実させ、結実させる使命を
担ってるんじゃないかなと気づき、思いました

「家」を守る、整える、成長させる
のは親、大人の仕事で
それを内側から行うのは、母
それを外側から行うのは、父

国を整えるというところで、政教一致
国の整え方というところで、政教分離
教育は、国民の内側から
政治は、国民の外側から
働きかけて国を整える
それと同じかなぁなんて思ったんです

家族、家業、国家
私たちが大切にしたいと思うものには
『家」という文字がつきます

昨日の話のようになってきてうれしくなってきました
「家」は、自分が何者であるかという
「存在に対して価値を与えるもの」
タテ、ヨコ、高さ、時間、名前
と5次元で存在することになります!~♪♪♪

そして
3つのものを整えることに想いを巡らせます
タテヨコ高さは「空間」
「時間」
名前は「人間」
「間」という文字がつきます

「間」に心を込め大切にすることとは
空間であれば、整理整頓、掃除、手入れなど
時間であれば、時間を守る、早く仕上げる、人に余裕を与えるなど
人間であれば、礼儀正しくする、親切にする、思いやるなど
じゃないのかなぁと

この国語・漢字・言葉の秘めたるチカラに驚いています

まだまだ、いろいろな発見が
のん様のブログには
ちりばめられています
ダイヤモンドも
原石を発掘しただけでは
輝きませんもんね
ダイヤモンドはダイヤモンドで磨くように
人も人同士で
お互い高め合っていくように思いました
”若旦那~♪なんり、深感恩

No title

祖母についてはあれでよかったのだと思えるときがくる気がします。

ただ、通夜も告別式も、参列者は母ゆかりの人ばかりでした。
近所の人や、母の友人など。
父ゆかりの人は誰ひとり(笑)
親族さえ、父の方は……。
母方の親族は(当然血は繋がってませんが)全員、姪たちまで出席してくれたのにね。

「てつおさんは何を考えてるんや、非常識な!!世間の常識はお父さんが一番よく知ってるんや!母ちゃんの告別式に出ないなら、自分の母親の葬式にも出るな!(←もうムチャクチャ(^^ゞ一親等と二親等では対応全然違うという社会通念さえ知らないくせに、なんの常識だか……)」
と旦那を恫喝して、片道半日以上かかる出張先から(しかも重要なプロジェクト中)帰ってこさせ、告別式に参列させたと同時に(旦那は「あそこまで言うほど悲しいんやな」と無理して出張から帰ってきましたが、どれだけの負担をかけたか、父は決して知ろうとしないでしょう)、自分の妹の夫が参列しないことには、何も言えないようでした(笑)

生前、旦那が祖母を大事にしなかったというのならまだその言葉も理解できますが、孫の中で祖母のために一番労力を使ったのは、旦那と義妹です。
内孫だった私でもなきゃ、弟でもない。
祖母の死を前にして冷静ではなかったことはわかりますが、最低限の敬意と信頼、そして感謝があれば、上記の言葉が出てくるはずありません。

悪い人ではないと思うんですね。
社会的地位みたいなものがつかなきゃ、あそこまでにはならなかったろうと思うし。
とはいえ、通夜にも告別式にも参列し、心から祖母を悼んでくれた義母を見て、父が自分の言葉を恥ずかしいと思ってくれたかどうかはわかりません。
はっきり物を言う義父に対しては少し気まずそうにしていましたが、その息子に対して本人の葬儀に出るなそれが筋だろうと怒鳴ったその張本人であるおとなしくいつもニコニコしている義母に対しては恥ずかしく思っているような態度は見えませんでした。
自分の言葉の非を悔いてくれているのならいいのですが、そうではなく、私たちの口から自分の暴言が、義父に伝わっていることを恐れ、義父の顔色をうかがっていました(そんなことを言ったら義父母が悲しむだけですから言うはずもないってことさえわからないようでした)。

育ててもらった恩や、助けてもらった恩については忘れませんが、旦那と義母に対する今回のとんでもない暴言も私は一生忘れません。
許す許さないと言われれば、「そう言う問題じゃない」と言いますが、ただ忘れはしません。
それは、誰とも比較にならないほど旦那が大事だから、です。
父が旦那に対しては何を言っても許されると思っているのなら、私は旦那を守らなくてはいけないでしょ、だって(^^ゞ

ただ、母は「僕が母さんの一番の理解者だ」と父に言われても、否定しないように思います。

何か逆説的ではありますが、「夫婦」を大事にすることの重要さをひしひしと感じる経験でした。

No title

うちも母が亡くなったとき、ひと悶着ありましたね。

父も弟も技術系で、事務職は私が一番得意。見ていて、「何やってるねん。さくさくせんな、あかんで」(思っただけで、口には出していません)と仕切ろうとしたら、父が切れました。

私の言ったことは理にかなっていたとは思うのだけど、こういう場では、理より感情重視かと、折れて、てんやわんやのままにしておきました。それをこっそり、母方の叔母に愚痴ると、「葬式とはそういうもの」、つまり短期決戦のオオゴトなので、みんな変にテンションが上がって、家族間で感情がぶつかりあいがち、といったことを言われた記憶があります。

そして、そのおかげで、哀しみをゆっくり味わっている時間がなくて、それも仏様の思し召し…みたいな?

でも、仏様が悲しむから、これ以上はダメというところで踏みとどまるんだよ、って。

その叔母も認知症を長年患った後、去年亡くなりました。

のりちゃんのお父様とのことも、今回のあれこれは忘れられなくても、親子だと、時間が経つと許せるようになるんじゃないかなぁ。ずれていたらごめんなさい。

それにしても、旦那様、ステキな方ですね。

エンディングノート、元気なうちに私も始めとこうかな。

ありがとうございます

それ、母方の祖父のとき、私もやっちゃいました(笑)
祖父は叔母とそのお婿さんと一緒に暮らしてたんですが、お婿さんがすごく大人しい人のため、「船頭多くして船山登る」状態になってたんですね。
中でも、お婿さんのお父さんが、お婿さんに対してあれこれ指図されてる内容が、私には効率的にも合理的にも変だと思えて、
「それは今やるべきことじゃないんじゃないですか?」
などと声かけちゃったんです。
お婿さんがすごく困った表情をされてるのを見て、反省しました(^^ゞ

父については、旦那に対する言葉も「忘れない(許さない、じゃなく忘れない)」のですが、今回、反論する相手にはとことん弱腰で、優しい相手にはとことん強権的だったことは、多分、「忘れられ」ません(^^ゞ
子どもの頃によく言われた「誰に育ててもらってるんや!」という恫喝も、今では「虐待の一種」だとされていますが、私にはそれよりも、相手を軽蔑しきったように口にする同和差別や女性差別などの方が堪えてました。親が恥ずかしい行為をするところを見せるのは、子どもにとっては虐待と同じなんですよね……。それで私は、「男とは、女とは」という言葉や差別が大嫌いな人間に育ったわけですが(^^ゞ
その上、今回のことで、ほとほと「とほほほほ」な気分になっちゃったんですよ、どうにも。

ほんと、父のゆかりの人からは、弔電もなかったんですよね……。
参列がなかったのは、家が遠いからなのだと理解もできるんですけど。
弔電は、市長、市会議員、葬儀会社、祖母が最後に世話になったホーム、いとこ(食品メーカー)の社長、そして旦那の上司だけでした。
旦那の上司は、旦那が「おばあちゃんは親みたいなもんだから」と無理に休みを頼みこんだので、「そんなに大事な人なんか。それなら一親等と同じように対応させてもらおかな」と言ってくださったようです。
なんというか……、これを機会に、会社での肩書より、好かれてるかどうかの方がずっと大事だということを、父がわかってくれたらいいのになと思ってます。

Keikoさんへのレス

書いてるうちに、なんとなく整理がついてきました。
結局私にとって一番堪えたのは、父が「自慢できる人」であることが滅多になかったということなんだと思います。

算数の問題を教えてくれるときとか、海で流された私を助けにきてくれたときとか、父を「尊敬できる」と思ったことも思いだせるのですが、他人に対する(ごく当然と言った風な)差別的言動や、独善的な態度など、「恥ずかしい」と感じさせられたことの方が断然多かったんですよね。
それはもう、価値観の違いなのでしょうがないのですが……。

ただ、今回のことは、義父母のこともあって、ただただ恥ずかしく、情けなかったんですよ。
比較しちゃったんですねぇ(^^ゞ

でも今回、最後の挨拶で、祖母への思いのあと、母への感謝の言葉を言ってくれました。
「母が一番苦労してるってわかってるのかなぁ?」
と思っていたもので、その言葉を聞いて本当にホッとしました。
この先、今まで祖母に対していたと同じように母に敬意をはらって接してくれたら、「尊敬できる父」と思えるかなと思いますし、救われるのですが(^^ゞ

No title

うちも差別発言ありますよ。昔、よく文句を言って、「おまえは、とにかく理屈やから」と返されました。議論にもなりません。

脱線してしまうと、こちらにいる友人にも多々いて、すごく気分が悪くなることがあります。日本だったら、付き合わないかもしれないのですが、ステキな部分もあるので、なるべく目を瞑ってお付き合いしています。やはり、日本人の友人は貴重ですから。

父については、母がいつも「お父さんはすごい、えらい」と持ち上げていました。あの世代はみんな戦後、苦労していますしね。「は?」と思うこともあったものの、母の言葉がどこかにすりこまれていたような気がします。私が書くようなことじゃないけど、お母様のために、できるだけ、今回のあれこれについては記憶のかたすみにやってください。

のりちゃんの旦那さんなら許してくれると思います。

>ただ、母は「僕が母さんの一番の理解者だ」と父に言われても、否定しないように思います。
だと思います。だから、今回のことでのりちゃんがお父さんに対して、複雑な気持ちを持ってしまったことは、たぶんお母様が一番辛いと思います。お母様は知らないのかもしれないですけど。


No title

ありがとうございます(^^ゞ
でもただ、うちの場合、Keikoさんが思っておられるようなパターンとは違うと思います。
すいません。

理屈ではない生理的なものなんです(^^ゞ
なぜそこまでいやなのか、父の横暴さとは違うところに原因があると思います。岩月教授の著書で私のような人間は本当は、「親から性的な扱いを受けた女性の典型的パターン」と書いてありました。ただそういうことを考えたくもないし、そういう記憶がはっきり残っているわけでもないので考えたくない……でもそこを対処しなければ根本的解決にならないんだろうなぁ~……という感じです。
だから、努力でどうにかなるものでもない中、それなりに改善してきたつもりだったんですが、今回のことで、元に戻っちゃったなぁっていうところなんです。

理屈じゃないんですよ~、すいません。

No title

ただ、父が意図的に性的なことをしたとも思ってません。
私が高校生のとき、着替えの最中に部屋に入ってきたので抗議すると、
「何を生意気な!誰に食べさせてもらってると思ってるんだ。」
と居座られたことがあります。
大人になってからも、家には脱衣所がなく、丸見えになるので、
「私が風呂に入るときはここを通らないで欲しい」
と言いましたが、やっぱり同じ反応(^^ゞ

単純に、「性に関しても自分にはすべての権利がある」という態度だったのが、幼い私にはとても気持ちが悪く、それが意識に刷り込まれてしまったんだろうなぁという風に解釈してます。

それを平気で受けとめられる人もいると思うんですが、私にはど~にも(^^ゞ
理屈ではなく、「気味が悪い」って感じちゃうんですよね……。
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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