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ドン・ジョヴァンニ

21歳だっけ、22歳だっけ。
会社辞めてすぐ、パーッと旅行へ行ったんですよね。

ヴェネツィアは特に印象的だったなぁ。
で、帰ってきてすぐ「カサノヴァ回想録」を読みました。

ヴェネツィア観光地のひとつに、「ためいき橋」があります。
ドゥカーレ宮殿から牢獄へ渡された橋。
この橋を渡ったら、もう二度と、自由にはなれないとされていました。

たった一人を除いては。

そう。その例外が、ジャコモ・カザノヴァ。
名高いプレイボーイですね。

カザノヴァ回想録は河出文庫で完訳版が出てますが、結局一巻しか読みませんでした。
そ~んなに面白いとも思わなかったんですよね。
ただ、男女が楽しく遊んでるだけという印象(^^ゞ

男は複数の女性と恋をし、そして別れもするのですが、不思議なことに、そこには憎しみも悲しみもありませんでした。
相手が若い尼さんだってこともあるんでしょうか?
もとより結ばれるつもりのない恋。
まったく悲壮感がないんですよ(^^ゞ

美しく、才能にあふれ、恋をする相手が複数であってもその一人一人に敬意をはらい、その喜びを自分の喜びと感じ、別れた後もそれを変えることがない。

なんかよくわかりませんが、「色恋」ってのは、そういう人にしかできないのかもしれないですよね。
いや、なんかよくわかりませんが(笑)

面白いとも思わなかったけど、いやな気分にもならなかったんで、プレイボーイの双壁とも言える、ドン・ファンについても興味を持ちました。
でもその当時……今から20年以上前ですから、インターネットなんてものはなく、平凡社の百科事典でそのストーリーのあらすじを知る程度。

そのあらすじはごく単純。
プレイボーイのドン・ファンが、騎士の娘を手に入れようとして失敗し、その騒ぎで娘の父を殺してしまうんです。
そんな罪を犯したにも関わらず、女遊びをやめないドン・ファン。
自分が殺した騎士の墓……その上には騎士の石像が立っています……を通ったとき、
「おやお久しぶり。今夜我が家ではパーティを行います。ぜひいらしてください」
と招待します。

もちろん冗談のつもりでしょう。
ところが、その石像がパーティへやってきます。

そして、ドン・ファンの罪を糾弾し、彼を地獄へと引きずり込むのでした。

その後、映画「アマデウス」で演じられた「ドン・ジョヴァンニ」が「ドン・ファン」のことであると知って、なんとなく納得したものがありました。

カザノヴァとドン・ファンの決定的な違いは、羞恥心と、そして恐怖心なのかなって。

人間の感情にはいろいろなものがあります。
喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、時により厄介なものですが、それぞれに役割があります。

私が一番厄介だと思う感情は、「恐怖」と「羞恥」。

どちらも正しく使えればいいんです。
でも、正しく使えてないことが多いような気がしませんか?

羞恥はとても重要な感覚ですよね。
これがあるから、
「恥ずかしくない生き方をしよう」
と、自分勝手にならないよう、人に迷惑をかけないよう、気を付けて生きることができるんです。

もちろん、気を付けていても、他人に迷惑をかけることはよくあります。
でも、いつも「なるべく迷惑をかけないようにしよう」と気を付けることが自然になっていれば、人から、
「それ、迷惑ですよ」
と注意されれば、素直に反省できるじゃないですか。
「そうだったんだ。すいません!これから気をつけます」
って。

問題は、「迷惑にならないようにしよう」と考えないでいて迷惑をかけてしまった場合、もしくは薄々迷惑になっていることをわかりながら自省していなかった場合です。
最初に羞恥がなかった場合です。

そういうときに人から、
「迷惑ですよ」
と注意されたら、反省より先に、今更といった感じで恥ずかしさが来ます。
そういう時、あんまり美しい態度には出られないですよね、人間って(^^ゞ
逆ギレしたり、逆恨みしたり、言い訳したり。
そういう反応になりがちです。

だから。
そういう恥ずかしい行動にならないためには、なるべく人に迷惑をかけないように気を付けてる方がいいかなと思う。
他人に対する敬意を、あらかじめ忘れないことが一番だと思うんですよ。
それが結局自分のためだと思うんですよね(^^ゞ

「羞恥」が暴走しないための対処は、これであらかたできるかなと思ってます。

問題は、「恐怖」。
恐怖にすくんでしまったとき、どうしたらいいんでしょうね?
腹をくくる???

さぁ?

思いがけず恐ろしいものに直面してしまうことは、あり得ます。
そのとき、恐怖を、より弱い人に押しつけようとしたり、八つ当たりしないよう、少しでも体力と知力を、普段からつけておこうとは思ってます。

恐怖心も重要な感情です。
これがあるから、生き延びるために智恵を働かせるんですから。
恐怖に打ちのめされて、思考停止してしまわないためには、日ごろから鍛えておかないとダメなんでしょうね。

カザノヴァは、いつも恋をした相手に対して、敬意を忘れませんでした。
だから、失敗をしても、間違った羞恥心を持たずにすんだんでしょう。
そして、彼の才智は、恐怖心に打ち勝った。
誰も出たことのない牢獄から、見事脱獄したところを見ると、才智だけでなく大胆さも持ち合わせてたってことでしょうね。

それに反して、ドン・ファンは、ただ相手をもてあそぶことしか考えていませんでした。
彼女を傷つけ、苦しめ、そして捨てる。
だから、彼の中には羞恥と恐怖が積もり積もっていたのかもしれません。

「自分は誇れるような人間ではない。そしていつか復讐されるに違いない」
そういう、無意識の羞恥と恐怖です。

そしてそれが彼を滅ぼした。

彼を地獄に引きずり込んだ石像(亡霊)とは、彼の心に巣食った羞恥と恐怖だったに違いない。

……んなことを思ったんですね。

アマデウスでサリエリが感じたものとは違いますけど(笑)
ただ、共通しているのは、わが身を滅ぼすのは、自らが作り出した亡霊なのだという点でしょう。

もちろん、ドン・ファンの生き方は当然ながら、カザノヴァの生き方を推奨しません。
でも、この浮世に足を落ち着けるのではなく、風のように駆け抜けざるを得ないのならば、後者の生き方を選びたいとは思います。


さて。
ここまでが前置き。

長いっすよね(^^ゞ
すいません。
なんせ、本文が短いもんで(笑)

昨日、「シャーロック・ホームズ シャドウゲーム」を観てきました。
封切られた途端、いそいそ観に行った映画なんて、久しぶりかも。
ロウ様がかっこよくってもう!!

そして、この映画の中でも、「ドン・ジョバンニ」が非常~に印象深く使われてました。

この場合、ドン・ジョヴァンニは、モリアティー教授を暗示してるんでしょう。

シャーロキアンならずとも、ホームズ最大の敵、モリアティー教授が、シャーロックホームズと共にライヘンバッハの滝の泡と消えたことはご存知でしょう。
そして実はホームズだけ助かっていて、奇跡の生還をすることも。

この場合、最悪にして最強の悪人・モリアティー教授を地獄に引きずり込むのはホームズなわけですが。

ただ、私はこの映画を観ていて、昔、思った、「ドン・ファンとカザノヴァの違い」を思いだしてました。
ホームズとワトソンには、羞恥と恐怖がないんですもん。

いや、ホームズとワトソンだけじゃありませんね。
ワトソンの妻であるメアリーも同じ。

夫の友人のせいで、夫のみならず自分まで厄介な事件に巻き込まれてるのに、怒りこそすれ、おびえたり八つ当たりしたりはしません。
ましてや、自分より弱い人間に、それを転嫁しようなんて決してしない。

夫が大けがをしたときも、ホームズに対して、
「必ず勝って」
なんて言うてはります。かっちょいいなぁ。

そんな気高い女性が、羞恥を感じる必要なんかあるはずはありません。
自分を恥じる必要なんかない。誇りを持てばいい。

前作・シャーロックホームズもそうでしたが、今回のシャドウゲームも、観ていて非常に爽快です。
そしてその大きな原因は、彼らの誰もが、間違った羞恥や恐怖を一切表現していないからかな、と。


ならば私も、爽快な人間でいたいじゃないですか(笑)
頑張ろうっと。
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のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

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