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堕落

用事を済ませたら寝ようなんて考えてたら、いつまでたっても寝られない。

おととい、それに気付きましたんで、昨日はブログ書いて晩ご飯の支度をし、あほ犬の散歩を済ませて最低限の掃除だけ終わったら、後は寝てました。

寝てなきゃいけないほどしんどくもなかったんですが、こういう機会でもなきゃゆっくり本を読む機会もないなと思ったんで(笑)

坂口安吾を出してきました。
「堕落論」

最初に読んだのは20台半ばだったと思うんですが、衝撃的でしたね。

ラストの段落は白眉なので、引用してみましょう。
青空文庫で全文が読めますよ。

戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるであろう。だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。

これだけじゃわからないかもしれませんが、戦後、日本人は戦時中の緊張感・集中力・勤勉さ・純粋さから堕落したという考えがこの時代にあったという前提を頭に入れてもう一度読んでもらえれば、なんとなくわかってくるか……と。

処女を刺殺するとは物騒ですが、これはつまり、
「美しいものは美しいままで終わらせたい」
という考えの、ちょっと極端な例です。

この前に、安吾の美しく清純な姪が、20歳で自殺をしたことが示されています。

いったい。
安吾の文章のこの奇妙な魅力はなんなのか。
読み返していて何度も首をかしげました。

難解というか、必要以上にもったいぶった書き方が多いんですよ、なんか(笑)
だから当然共感なんかさっぱりできません。

それなのに、どうにも胸に喰い込んで仕方がない。

20代に読んだときは、大いに共感したものですが、この年になると無理でした(^^ゞ
そこまで悲観的な立場から思考を始めることないやんって思った(笑)

多分、安吾の文章が、何かしら人を惹きつけてしまうのは、思わず知らずにじみ出ている、対象物に対する無垢な優しさがあるからではないかと思います。
すなわち、「無償の愛」。

織田作之助、太宰治、小林秀雄など、絢爛たる交友関係の中で、安吾は特に骨太な無頼派の印象があります。
でも、本当は、彼らの中で飛びぬけて優しかったんじゃないのかなぁと思う。

安吾は太宰を「人間観察者」と言うけれど、太宰は他人を通して自分を見ていました。
安吾はその反対だったんじゃなかろうか。
自分の魂の奥の奥を覗き込むことで、実は他人を慈しみ、癒したかったんじゃないかなぁと。

なんとなくそんな気がします。

「まっとうな人間じゃなきゃ文学は書けない」

そう看破する安吾は、誰よりも多分、まっとうだったんだと思う。

そう思うんだけど、読んでてまったく頭に入ってこなかったんですよね、なぜか(^^ゞ
なんでなんでしょうね。

「悪妻論」
なんて、すごく面白いことがところどころに書かれてました。

「日本男性の哀しいところは、日本女性は良妻であるための教育をされているが、愛妻であるための教育はされていないことだ」

なんて、この時代の男性にしてはさすがだと思ったんですけど、いかが(笑)?

こちらも青空文庫で全文が読めます。

然し、日本の亭主は不幸であつた。なぜなら、日本の女は愛妻となる教育を受けないから。彼女らは、姑に仕へ、子を育て、主として、男の親に孝に、わが子に忠に、亭主そのものへの愛情に就てはハレモノにさはるやうに遠慮深く教育訓練されてゐる。日本の女を女房に、パリジャンヌを妾に、といふ世界的な説がある由、然し、悲しい日本の女よ、彼女らは世界一の女房であつても、まさしく男がパリジャンヌを必要とする女房だ。日本人の蓄妾癖は野蛮人の証拠だなどゝはマッカな偽り、日本の女房の型、女大学の猛訓練は要するに亭主をして女房に満足させず、妾をつくらずにゐられなくなる性格を与へるためにシシとして勉強してゐるやうなものだ。


今の時代にあっても、
「大人しくて、絶対僕の言うことに逆らわないような女性がいい」
というようなことを言う男性がいてるのにね(笑)

とはいえ、安吾は、「だから跳ね返りがいい」と言ってるわけじゃありません。

いはゆる良妻の如く、知性なく、眠れる魂の、良犬の如くに訓練されたドレイのやうな従順な女が、真実の意味に於て良妻である筈はない。そしてかゝる良妻の附属品たる平和な家庭が、尊ばれるべきものでないのは言ふまでもない。男女の関係に平和はない。人間関係には平和は少い。平和をもとめるなら孤独をもとめるに限る。そして坊主になるがよい。出家遁世といふ奴は平安への唯一の道だ。

つまり、男女が一緒になるなら、傷ついたり苦しんだりすることを覚悟して一緒になるべきなんだと言うてはります。

ま、そりゃそうですよね。
なんの苦労もない、辛いことのない人生なんて、多分探したってみつかりません。

あったとすればそれは、
「苦労や哀しみに気づかない人生」
じゃないかと思う。

それはそれで幸せかもしれないけれど、そういう人生を送るには、本人の資質が必要で、今現在苦労に悩み、哀しみにもがいている人間は、そういう人生は手に入れられないと思うんだよね(^^ゞ

まぁそんなわけで、昨日は午後から半日坂口安吾でしたが、最初に読んだときの衝撃が嘘のように、なんの感慨もわいてきませんでした(^^ゞ

年かのぅ……。

その後、本棚をゴソゴソしてたら、松尾貴志の「オカルトでっかち」なんて本が出てきたんで、パラパラ読んでました。

内容は別にこれといって特別発見はないんですが、織田無道なんてなつかしい名前が出てきて、ちょっとしんみりしたりして(笑)
清田益章さんって、今は「脱超能力者」を名乗ってるんですってね(^^ゞ

その他、「中川一郎氏の自殺」なんて文章がでてきて、
「え?親子そろって、不審を疑われる亡くなり方してんの?」
と、慌ててパソコン立ち上げて調べたり。
Jr.の亡くなり方も、かなり唐突だったもんね。

一昔前のエッセーって、結構発見がありますわ。

ってことで昨日、はおでんでした。

おでんって作るのは簡単だけど、喜ばれるんで嬉しいメニューです。

都祁の畑からは、大根とじゃがいも。
1020oden.jpg

はっきり行って、こんなにおいしい、「おでんのじゃがいも」は初めてです。

全然もさもさしてない。
しっとりしてんの。
あぁおいしい(#^.^#)

二日分作ったんで、今日は出かけます。
いってきま~す♪
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のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

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