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「彼女」を慕って

源九郎稲荷さんの行事にお誘いいただいて、お話しを聞く機会を、何度かいただいてます。
そこで私がいつも感じるのは、静御前の存在感。
遊郭街の片隅にある神社だからでしょうか。
女性らしい柔らかさを感じずにはいられません。

「遊女」という言葉には哀しい響きがあります。
男たちの欲を満たすために、体を投げ出すというようなイメージ。
貧しい少女が、親から売られてきたなどというエピソードが、なおさらその感を深くしているのかも。

でも、本来の遊女は、神聖なる女性だったと、私は考えてます。
折口信夫は、「水の女」で、神の神秘を解き放つ役目を担った、神聖なる水の女に言及しています。
そしてそれが遊女の始まりだった、と言われます。
「神」が、「客人」を含んだとき、水の女は遊女へとサラリと転身することに気づくでしょう。

彼女たちは、男に征服されるのではなく、男がその身内に溜めこんだ神秘を受けとめて解放する、神々しいほどに清らかな乙女だったのでしょう。

ときに。
日本の神話・伝承には、悲しくも優しい女性がたくさん登場します。
病に苦しみながらも、他の女性には自分と同じ悲しみを味あわせまいとする、崇高な女神たち。

淡島様や、岩長姫、中将姫という面々です。

個人的に、静御前は彼らと同じ性質をもつ女神ではないか、と。
そう考えています。

そんなわけで、静御前生誕の地と伝わる網野へ、行ってみたいとず~っと思ってました。

が。
遠いんですよね(^^ゞ
旦那の結石が再発した上に出張が重なり、なかなかチャンスがなく。
昨日やっと行くことができましたよ。

出発は朝6時前。
まだ暗い時間帯でした。

遠出なので、まず、24時間開店のGSでガソリンを入れます。
旦那は、
「多分、3100円分ぐらい入るかな?」
と予想を立ててたんですが、請求額はまさに3100円。

「なんか今日は良い予感?」
てなもんで、気分良く出発です。

舞鶴若狭自動車道に入ったころから霧がすごくてね(^^ゞ
六人部PAにて撮影した写真をご覧いただけます?

1009_shizuka8.jpg

こんな中、運転してくれた旦那、ありがとう(#^.^#)

途中で高速を降り、美山かやぶきの里へ寄ってみました。
名前をよく聞くので、どんな場所かと気になってたんです。

1009_shizuka7.jpg

この一画には、綺麗に維持されたかやぶき屋根の家が並んでいます。
どれぐらいに一度、屋根を葺き替えなくてはいけないのかわかりませんが、大変だと思う。
その割には、商売っ気がないんですよね。

かやぶきの家を利用した旅館などはありましたが、それ以外、おみやげものなどもごくごく自然というか、通常の価格というか(^^ゞ

それがわかってるなら、お金を落とすべきなんでしょうが、なんせここについたのが8時半ごろだったんで、私たちのお腹もすいてないし、食事処もまだ空いてないし(^^ゞ

さっと通り過ぎて、次の目的地に向かいます。

途中で見掛けた川の色は、綺麗でした。
1009_shizuka6.jpg

私が馴染んでいる吉野や曽爾の川に比べると、深く、暗い。
そこに朝日が当たって、なんとも清々しい雰囲気です。

というか、次の目的地が昨日の本命。
網野ですね。

静御前の生誕地、また最期の地と伝わるのは、私の近所ならば、大和高田市があります。
また、淡路島にも最期の地と伝わる「静の里」があります。
そしてまた、京丹後は網野にも。

私たちは網野の静御前を訪ねてやってきたわけです。
網野の海は薄青く、透明感がありました。
1009_shizuka5.jpg

どうです。
この晴れやかなこと。
綺羅綺羅しいこと。

静神社は、小高い丘の上に鎮座していました。
1009_shizuka4.jpg

案内板によれば、もともとの神社は天明二年の大火の大火で焼失し、現在の社は
「元のところから西へ二百メートル離れた位置に建てられ、静御前の木像を祀っています」
とのこと。

そもそもの神社は何をご神体としていたのでしょうね?

ここから100メートルほど坂をくだったところに、静御前生誕の地と伝えられる地があります。
1009_shizuka2.jpg

そこにあった案内板はそのまんま転載してみましょう。

静は磯に生を享け、父は磯野善次といい、『磯の衆』と呼ばれた海士の一族であった。幼名を静尾といい、七歳で父を失い母に連れられて都へ上った。母は白拍子として有名になり、静も都で指折りの白拍子へと成長していった。
やがて義経に見初められ、愛妾となるが義経はその後、兄頼朝に追われる身となり、はなればなれに、その後疲れ果てた心身を休めるため、生まれ故郷の磯へと帰ってきた。
静は眺望のよい三つ塚法城が成に草庵を結び、義経の無事と、由比が浜で殺された愛児の冥福を祈りつつ、花月を友として暮らしたと伝えられている。また一説に、草庵は静の出生地の屋敷跡で、母娘共々に余生を送ったとも言われている。今もこの屋敷跡下の海岸を『尼さんの下』と言っている。


つまり、静御前は海の民であった、と。
ここ京丹後は「姫」に縁の深いところです。

浦島太郎の伝承地ということは、龍宮の乙姫にも関わります。
そして、天羽衣伝説が伝わるということは、羽衣天女とも。

この二人の女性は、「異界の美女」であるということにも注目してみたい。
この地に影響した、「異界」とは、そしてその地からの使いとも言えるこれら美女は?

私はその美女たち中に静御前の名も入れてみたいと思うのですが……。

海の民であった静御前。
やはり海の民による沖縄では、極楽浄土を「ニライカナイ」と呼び、海の向こうにあると考えています。
海の向こうに「常世」があると考えた、海の民たち。
静御前の心にある「常世」は、いったいどこにあったのでしょうね?

さて、「尼さんの下」へ降りてみましょう。
1009_shizuka3.jpg

この日は波も穏やかで、かなたを遠く見渡せば、常世が確認できそうなほど。

この波は、どこからやってくるのでしょう?
1009_shizuka1.jpg

ここで拾った綺麗な石は、今パソコンの上に飾ってあります。
銀色なんですよ。
なんなんだろう、この石は?

そんなに重くはありません。

調べてみたら、どうやらアルミの鉱滓のようです。
アルミの生産が始まったのは、19世紀のことですから、静御前には関係ありませんが(^^ゞ
でも、冷たい銀色が、何か彼女を連想させずにはいられないのです。

この後は、いくつかの神社を訪ねて帰途へ。
計算違いだったのは、網野に食事処がほとんどなかったことでした。

漁港だから、何かおいしいお魚が食べられるかと思ったんだけど(^^ゞ

そして、予定通りだったのは……。

朝、予定より少し早い時間に出発したのが良かったのか、静神社を出発したのは、予定より2時間も早い時間だったんですよ。

「早く帰れてよかったね」
と思ってたのに!!!!!!


……事故渋滞で、2時間のロス。

予定通りの帰着となったのでした(^^ゞ

ガソリン代が、予想通りピッタリだったのは、
「今日はスムーズに行くという予兆」
じゃなく、
「今日は結局予定通りとなる予兆」
だったようで(^^ゞ


がっかり(笑)
でもまぁ、今日は連休最終日ですからね。

何か楽しく過ごします。
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No title

おお~網野ですか!

酒の会に出たブリはこの網野の浅茂川港から出て捕ったモノです。
六人部PAはいつも待ち合わせのところですわ~

No title

おおおお!!そうでしたか。
網野には漁港はあったんですが、食事処がなくて(T_T)
魚ランチをするつもりが、結局もっていったおむすびだけで済ませました。

あんな遠くまで釣りに行ってはるんですね~(#^.^#)

いつもご馳走様です。
プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

HP:http://www.norichan.jp/
Mail:norichan★norichan.jp
(★を@に替えてください)

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