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「古代エジプトうんちく図鑑」を読了しました。
私は割と読むのが速い方だと思うんですが、2日かかりましたね。
何しろ情報量が多いんですよ。

「図説エジプト神話物語」に載せられてた神話についても、この「うんちく図鑑」にはさらっともしくはさらに詳しく紹介されてましたから、「神話物語」は必要なかったかも(^^ゞ

しかもその上、すべての情報量は、「神話物語」の50倍はあったと思う。
ヘロドトスの「歴史」とか、早稲田大学の吉村教授の研究書など、多くの資料を引用して、客観的な情報が満載です。

これで値段は、「神話物語」の約半分。

……本の値段て、不思議ですよね(^^ゞ


さて、この本を読んでいて、日本の皇室の特異性なんてものを考えてしまいました。

敢えて言いきれば、「皇統一系」というのは、ファンタジーだと私は思ってます。

古代日本にだって、さまざまな王朝があったはずです。
そんな中、現代の皇室につながる「皇統」というものが、日本の中心であると主張するのならば、その初代である神武天皇は、最高神であり太陽神である天照大神の子孫でなくてはなりませんからね(^^ゞ
本当は、いろんな勢力が争い合って、最終的に勝ち残ったのが、大和朝廷だったのでしょう。

でも少なくとも、日本書紀が書かれてから現在までの皇室は、一系で続いています。
日本書紀が完成したのは720年とされてますから、1300年近く、一系で続いている王族というのはかなり特異ではないのかな。

その上、日本書紀の編纂者たちは、当時の天皇が、天照大神から一系で続く皇室の子孫であると主張しました。
つまり、事実でなかったとしても、当時の天皇は歴代の過去の天皇の子孫であるという立場に立ったわけですよね。
それもまた珍しいことなのではないのか……と。

例えば、ギリシャ神話の神々はすっげぇ浮気者ですね。
ゼウスなんか、何人の女性を手篭めにしてることか(^^ゞ

それは
「ギリシャの人々は、神を人間的なものと捉えた」
とかそういう単純なものではないと思ったりします。

ギリシャ神話を体系的に理解してるわけじゃないので間違ってたらごめんなさいですが、例えばトロヤ戦争の英雄たちは、必ずと言って良いほど、「神の子」とされてます。

勇猛な英雄として名高いアキレスの母親は、海の神テティスとされています。
神話では、テティスはアキレスを不死身にするため、産まれたばかりの彼の体を海に浸けます。
これでアキレスの体は弓矢を通すことがなくなったのですが……残念ながら、一か所だけ、盲点があったのです。

そう!!

テティスは耳に経文を書くのを忘れていたのです。

……じゃなくて、テティスはアキレスの足首を持って海に浸けたんですよね。
だから足首だけは「不死身の体」とはならなかった。

そこがつまり「アキレス腱」なわけですが……。

と話がごっつい逸れました(T_T)

このようにですね。
ギリシャの英雄たちはみな、自分たちの出自を神に求めました。

んなわけで人気の神様は、子孫をたくさん持たなくちゃならなかった……ということじゃないでしょうかね。
とするとせっせと子どもを作らなきゃ。
でも同じ相手と子作りしてては、子孫の系統は増えません。

ってことで「浮気者の神」が出来上がっちゃったんじゃないか、と。
私はそう思っておるわけですが、いかがでしょ(^^ゞ

そしてそのような状況下ならば、ある王朝を倒して、新しい王朝が出来るとき、新しい王は、
「実は私も神様の子孫でんねん」
と宣言し、自らの正当性を主張すれば良いわけです。

現に、エジプトの代々の「のっとり王朝」の初代王は、
「私はアメン神に選ばれた」
とか、
「実は私はアメン神の云々」
というような主張をしたようで。

そんなわけで、エジプトの王朝は、系統が何度かガラリと変わってるんですね。

日本のように、一系にこだわってしまうとそれができない。
あくまでも、天照大神から累々と続いてきたとしなくちゃいけないわけですから。

もちろん日本の場合は、途中武士が実質的に権力を持ってしまった時期がそれなりに長かったという事情もあるでしょうが……それで続いてきたことにより、いろいろな特別な事情が生まれたかもしれません。

例えば天皇陵の保護。

「うんちく図鑑」を読んでちょっとびっくりしたのは、「後世のファラオたちによる盗掘」でした。
後期の王朝はかなり貧しい……と言えば語弊があるかもしれませんが、財力も資力もなくなってきたようで、過去の王の墓を暴いて、宝物を自分たちの財にしたのだとか。

これは、過去の王が自分たちの先祖ではなかったからでしょう。

日本の天皇陵は(財宝なんかとっくの昔に盗掘されてるかもしれないけど)、それなりに守られてますもんね。
とはいえ、戦国時代には御陵が本陣になったりしてますから、厳密に「守られてる」とは言えないけどさ。
また、現在の天皇陵が立ち入り禁止なのは、
「もし発掘なんかしたら、皇統一系じゃないことがバレバレになっちゃう」
という事情もあるのかもしれませんけどね(^^ゞ

ふむ。

さて。
エジプト王国が豊かだったのは、やっぱり有名王の時代だったみたいですね。

なぜ王の名が有名になるのかと言えば、やっぱりそりゃぁ、葬祭殿が立派だとか、ピラミッドがでかいからとか、副葬品が豪華だからってことでしょう。
でかいピラミッドが作られるのも、副葬品が豪華なのも、やっぱり豊かな王の時代ってことになるでしょうからね。

クフ王とか、ハトシェプスト女王とか、ツタンカーメン王とか。

だけど、エジプト王朝の後期になると、アレクサンダー大王やら、ローマのカエサルやら、外国で英雄が生まれることになります。
彼らはエジプトに攻め込んできましたし、それ以外にもエジプトの国力が落ちる理由はいっぱいあったみたいですね。

例えば、国内の紛争。

やっぱりというか、王と神官の間の軋轢なんてのもあったみたい。
なるほどね……。

政事を「まつりごと」と呼ぶのはなかなか言い得て妙なこと。

科学が発達していなかった時代、国王にとって何より必要なことは、
「神に寵愛されること」
であったことでしょう。

日本書紀の中で、皇極天皇は、疫病がはやるたび、飢饉がおこるたび、
「天皇に徳がないからだ!!」
などとうしろ指を指されています。

エジプトでもそれは多分同じだったのじゃないでしょうか。
何かよくないことが起きれば、
「王が神から愛されてないからだ」
と言われたのではなかろうかと思います。

だから王は、神に愛されなくてはならなかった。
とすれば祈りの力を持つ、また神託を告げる神官たちが大きな力を持つのは当然。

前回の史学学会で、民俗学の田中久夫先生は、「天皇と皇后は必ずしも夫婦ではなかった」という説を発表されました。
つまり、
「天皇とは政事を司る役職で、皇后は神祭りを司る役職だった」
と。

もしそれが事実ならば、確かに、天皇と皇后は必ずしも夫婦である必要はありません。

でも、表むきの政事と、神祭りを司る二人が夫婦だったとしたら、エジプトにおける「王と神官の軋轢」のようなことは生じずに済みます。

国の中心である夫婦が、それぞれ政治と神祭りを司る……。
これってむちゃくちゃ画期的なことではなかろうか、などと。

沖縄の国王と聞得大君は夫婦じゃないもんなぁ。

他の国はどうなんだろ?

ふ~む……。
なんかすごく面白いですよね。

……とはいえ、今朝はちょっと気が散ってる状態です。
さっきまで、HⅡ-Aロケット打ち上げの実況中継を観てたんで、あっちみたりこっちみたりしながらこのブログを書いてました(^^ゞ

なんで中身が支離滅裂だったらすいません。
なははは。

と、言い訳をして、さ、今日も一日を始めます。

天気が良さそうだから、ごっそり洗濯するぞ~~~~~!!!!!!
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プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

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Mail:norichan★norichan.jp
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