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一つ目の話

昨日は旦那が会社を休んだので、以前から気になっていた、「奥田の蓮池」へちょっと脚を伸ばしてみました。

奥田の蓮池は、吉野の金峯山寺と深い関係があるらしく、同寺の蛙飛び行事・蓮華祭と連動して、7月7日に「蓮取り」が行われるそうな。

7月7日にここへ来るのはちょいと難しそうなんで、池の雰囲気だけ味わいに。

蓮池は今までも、何度か見たことがありますが、ここまでたくさんの蓮は初めて見たかも。

0630_3.jpg

蓮の花の、紙質のような、布質のような、なんとも言えない風合いと、鮮やかすぎずシックすぎもしないピンク色は、まさに「天上の華」。

あまりにも美しい光景ではあるのですが……。
この池に伝わる伝承は、なんともはや不思議なんです。

案内板は3つありましたが、情報が過不足なく、またわかりやすいものを転載しましょう。

奥田蓮池のひとつ目蛙

役の行者の母刀良売は、この蓮池の近くで療養していましたが、ある朝、池の中の捨篠神社に詣でました。 すると、池の中から光かがやく蓮の茎がのび、ふたつの白蓮が咲いたのです。蓮のうてなでは金色の蛙が鳴いていました。 刀良売は何げなく、萱を一本抜き取って蛙に投げると、あろうことか蛙の目を射抜き、片目を失った蛙はミズの中へ沈んでいきました。 そして、あたり一面を彩っていた誤植の霧と白蓮は消えて、もとの土色になったひとつ目蛙が浮かび上がってきたのです。 刀良売はそれから渋滞になり、とうとう亡くなってしまいました。 母を失った役の行者は、このことを契機に発心、葛城山で修業を積み、修験道を開いたのです。 そして吉野の山奥にわけ入り、蔵王権現をあがめ、蛙の追善供養と母の菩提をとむらいました。 いまも毎年七月七日には、奥田の村人が早朝から蓮池の蓮108本を切りとり、刀良売塚に詣でた後、吉野山蔵王堂に持参し、蓮華会の行事のひとつである「蛙とび」がおこなわれます。そして翌日、蔵王堂から大峯山への沿道のお堂に蓮を献じて蛙の供養をしています。

なんとも、すわり心地の悪い話だと思いませんか?

刀良売が神社詣でをすると、輝く蓮の茎が伸び、二つの白蓮が先、そしてその頂上には黄金の蛙が……。
というわけですから、刀良売は、神様に祝福されたわけでしょう。

ちなみに、捨篠神社は、現在池の横に鎮座し、「弁天神社」とも呼ばれているようです。

つまり、蛙は弁天様(川の女神)の、お使いってことでしょうか???

それにしても……。
「何気なく」とはいえ、その蛙に萱を投げつけるというのは、いったいどういう心境だったのか??
さっぱり理解できない話です。

その上、「何気ない」行動が、最悪の結末を引き起こしてしまうのです。

黄金の蛙は、醜い茶色の、一つ目蛙に生まれ変わり、刀良売は死んでしまいます。

このことが、役行者発心のきっかけになったとはいえ……。

後味の悪いこと、この上ない……(T_T)

さてさて。
役行者と弁天様は、よくよく考えてみれば、無関係ではありません。

役行者が吉野山金峯山寺で、「ふさわしい仏様をお遣わしください」と祈ったところ、まず、弁天様とお地蔵さまが具現なさったと言います。

この弁天様が、ここ捨篠神社の弁天様かどうかはわかりませんが……。
何か深いつながりがあったのかもしれません。

とはいえ、日本霊異記の「孔雀王呪経の呪法を修め、不思議な力を得、現世で仙人となり、空を飛んだ話」では、役行者が発心し、吉野山で数々の奇跡を起こした後も、役行者の母は生きていたとしています。

文武天皇の御世に、葛木山の一言主の大神が人にのりうつって讒言して、『役優婆塞は天皇を滅ぼそうとしている』といった。天皇は命じて、使いをつかわし、優婆塞を捕らえさせたが、なお不思議な力で簡単にはつかまらなかったので、優婆塞の母をつかまえた。優婆塞は母を許してもらうために、出てきてつかまえられた。すぐに伊豆の島に流された。そのとき体が海上に浮かび走ること陸を歩くがごとく、高い山にいて、飛ぶことは鳳がかけるようであった。昼は天皇の命にしたがって島にあって修業し、夜は駿河の冨士の山に行って修業した。


ですから、刀良売という女性の伝説と、役行者の伝説は、どこかですれ違っている可能性はあるんですよね。
とはいえ「母が人質になったから」というのは、よくあるパターンの気もしますし。
実際は、母ではなく妹が人質になったとか、そういうごく微妙な問題だったかもしれませんが。

また、吉野山金峯山寺の「蛙飛び行事」は、ここ捨篠神社に伝わる伝説に登場する蛙とはなんの関係もありません。

ある、不信心な男が、神仏を侮ったため、天罰がくだり、絶壁に一人取り残されてしまうんです。
焦っていると、行者がやってきて、彼を蛙の姿に変え、絶壁から助け出した、と。

つまり、蛙飛び行事の蛙は、「罪を背負って蛙に変じ、今も反省し続ける男」なんですよね。

捨篠池の蛙は、刀良売に傷つけられた、可哀そうな蛙です。

しかし……その可哀そうな蛙が、なぜ醜い土色の、しかも一つ目の姿にさせられてしまったのでしょうか。

それが納得いかないわけです。
どうしても。

さて、一つ目については、柳田国男翁が、「一つ目の魚」について書いておられるのが有名でしょう。
しかし、一つ目の蛙までは言及されておらず、一緒にして良いのかどうか(笑)
(つか、ちゃんと読み返してないんで、読み直したらまた書き直すかも(^^ゞ)

一つ目の魚が住む池は、寺社のそばにある池であることが多いとありますから、この点は一緒ですよね。

よく聞く説では、一つ目は、製鉄と関係があると言われます。
鋳鉄の際、あまりの熱さに目がつぶれてしまう鋳物師が多かったからであるとか。

また、神に仕えるものが、霊力を得るために、わざと自分の体を傷つけた……目をつぶした姿を、「一つ目」と称したという説も聞いたことがあります。

寺社のそばにいる「一つ目」ですから、後者である可能性の方が高いのでしょうか?

ならば、蛙は「神の使い」から、「神に仕える身」に変じたというわけで……。

でも、「神の使い」と、「神に仕える身」って……同じやんか(^^ゞ
単に、「使者」としての役割を背負っているか、そうでないかという違いだけでは?

とすると、刀良売は、なんら後悔する必要はなかったんです。

グリム童話の「蛙の王子様」では、悪い魔法使いに蛙の姿に帰られた王子様は、王女様の手で壁に投げつけられることによって、もとの姿に戻ることができました。
グリムには異文がいろいろありまして、「壁に投げつける」ではなく「首をちょん切る」となっているものもあります。

御伽草紙の「天若彦物語」でも、蛇の姿であった天若彦は、娘に首をちょん切ってもらうことにより、元の姿に戻りました。

「体を傷つける」ことは、呪いを解くことでもあるはずです。

黄金の蛙は、刀良売に傷つけられることにより、霊力を得ることができた……という解釈はどうでしょうね?
とすれば、黄金の蛙とは、まさに役行者その人自身だったのかもしれません。

ここ捨篠神社は、刀良売が、子授けを祈った神社だという伝説もあるようですから、なおのこと、そう思われます。

平易な物語に直せば、こんな感じでしょうか。

刀良売は、捨篠神社のご加護により、役小角(役行者)を授かりました。

小角はすくすく育ちましたが、あるとき、母親のふとした過失で傷を負います。
そのおかげで、小角は霊力を得、発心をして修験の道を目指すのですが、母は後悔してなりませんでした。

母はその後、後悔のうちに死にます。

小角は、役行者として、その霊力は世に知られるようになりましたが、母の死を悲しみ、菩提を弔いました。
そして、過去の自分と決別するために、「蛙供養」を毎年行いました。

う~ん、無理がありすぎるかな(^^ゞ

ただ、「土色の一つ目蛙」が、悪いものだとは思えないのです。
そうではなく……黄金の蛙よりもずっと、素晴らしい存在だったのでは、と。

0630_5.jpg
蓮池の、清々しい華を見ていると、
そんな気がしてならないのでした。
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プロフィール

のりちゃん1968

Author:のりちゃん1968
大阪生まれ、大阪育ちのおばちゃんです。
40の大台を超えて、ますますおばちゃんに磨きがかかってます。

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Mail:norichan★norichan.jp
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