風恋人
嫌いなんです、私。
なんかしらんけど、こういう店の名前を見ると、
「ずぇったい入らん」
と即座に決意してしまう(笑)
昔よく見たのは、「来夢来人」でしょうか……。
そういや、「limelight」の意味を知らんかったので調べてみると、舞台照明に使われるライトのことなんですね。
よくはわかりませんが、「来夢来人」は、まったく場違いなアテ字だと思う(-"-)
日本にカタカナがないならば、「風恋人」も、「来夢来人」もしょうがないでしょうよ。
でも日本には、カタカナもあれば、英語だってふつうに使われるようになってきてるっつぅの!!
なんでわざわざ漢字にする必要がある??
なんかすっごいいや!
……というか、そこはかとなく漂ってくる、
「オシャレでしょ?」
な勘違いがいや。
日本語粗末に扱っといて、何がオシャレやねん!!
とはいえ、たとえば、香港などに旅行する友人がいたりすると、
「マクドのメニュー持ち帰りできたら頼む。できへんかったら写真撮ってきて!」
と頼んだりします。
ご存知の通り、中国語には「ひらがな」や「カタカナ」がありませんから、すべて漢字で表現されるんですよえね。
それを見るのが面白い。
見た感じ、音を拾って漢字をあてはめているものと、意味をとりあげて漢字をあてはめているものがあるようですね。
今、撮ってきてもらった写真が手元にないんで、ネットで検索してみれば、ハンバーガーは「汉堡包」みたい。
「ハンバオバオ」みたいな読み方になるみたいですね。
中国語は母音が10以上あるらしいから、日本語で表記するのは不可能ですが(^^ゞ
つまりこれは「漢字で音を表現してる」のでしょう。
反対に意味を表現していると思われるのは、たとえばフィレオフィッシュ。
「麦香魚」
チキンバーガーが、「麦香鶏」らしいから、「麦香」は、麦のバンズに挟まれた〜……とでもいう意味でしょうかね??
ちなみに、チキンナゲットは「麦楽鶏」みたいですから、「香」と「楽」のイメージを考えてしまったりします。
個人的にうまいなと思うのは、
「可口可楽」
でしょうか。
わかります?
「けこけぇれぇ」
みたいな発音になるようです。
はい。
コカコーラですね。
音も意味もそれらしくなってるのが、いい。
なんというのでしょうか。
「風恋人」
とは、違うでしょ?????
漢字に対する姿勢というか、敬意みたいなものが、決定的に違う(と、思う)。
なんつ〜んだろ。
「風恋人」的な漢字の使い方って、漢字の品位を大事にしてないように思えて。
なんかやなの。
すごく、やなの。
カタカナつかえ!
日本人はカタカナ使え〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!
ゼイゼイ。
まぁ、そこまで熱くなることでもないんですけどね(笑)
でもその点、アルファベットのお国は、あんまり無理がありません。
短大時代、第二外国語はドイツ語をとってたんですが、スペルをみたら、なんとなく意味がわかるものもいくつかありました。
たとえば、曜日などはとても似てます。
日曜日はSonntag。月曜日はMontag。
tag=dayだということもわかってきますよね。
太陽がsol(だったはず)ってのも、sunと同じ肌合いです。
授業の中で、
「ドイツ人の名前をあげていく」
という、山手線ゲームのようなものをしたことがありますが、どうしても思いつかないときは、英語の名前を思い出そうとしてました。
それをドイツ語に変換すればいいわけですよ。
たとえば、
Michaelは、英語ならマイケルですが、ドイツ語ならミハエルです。
Albertは、英語なアルバート、ドイツ語ならアルベルトですね。
もともとゲルマン語から発生した言語ですから、何か通じるものがあるんでしょうね。
そういう意味でも、日本語の「ひらがな」「カタカナ」って、すごく独特だと思いませんこと?
日本人ならそれを大切にせんか〜〜〜〜〜〜いっ!!
何が「風恋人」や。
「フレンド」や。
日本人なら「フレンド」やぁあああああああ!!!!!!!
ぜいぜい。
でもでもでも。
まだここまでは許せた。
でもこないだ、JR池部駅近辺で、思わず目を見開いてしまう案件を発見!!
「豊豆樹」
一瞬、首をかしげ、次の瞬間、
「見るんじゃなかった!!」
と激しく後悔。
たぶん、「ほおずき」???????
に、に、に、日本人なら、「鬼灯」って書きやがれ!!
フンガー!!!
ちなみに、「酸漿」って書き方もあるけど、これは、漢方などで使う漢字みたいですね。
私が最初に宇太水分神社に参拝したとき、大変でした。
榛原駅からのバスは1時間に1本ほどしかないし、10キロほどだったから歩こうと思って、歩き出したのはよかったんですよ。
往復20キロぐらいなら、さほど苦痛なく歩ける距離だしね。
歩くことはよい。
が……。
腹は減るのでございます(>_<)
でもでもでも、道すがら、喫茶店もレストランも、皆無なのでございました。
道行く人に、
「このあたりに食事処はありませんか?」
と尋ねまくるも、
「………………ないんちゃうかなぁ」
と判を押したような答え(T_T)
あれには参った。
途中で、一つだけお店のようなものを見つけて走り寄りましたが……。
あぁ無情。
定休日なのでした。
結局神社に参拝して、榛原駅のミスドで15時半のランチをしましたが、あのときはもう、ぐったりだったなぁ。
でもでもでも。
こんな状況でもね。
絶対入らんのやからね、私は。
絶対絶対、入りませんとも。
「豊豆樹」「風恋人」「来夢来人」には、意地でも入らんからな、覚えとけ!!!!!!!!
こうなったらもう、意地です(笑)
なんかしらんけど、こういう店の名前を見ると、
「ずぇったい入らん」
と即座に決意してしまう(笑)
昔よく見たのは、「来夢来人」でしょうか……。
そういや、「limelight」の意味を知らんかったので調べてみると、舞台照明に使われるライトのことなんですね。
よくはわかりませんが、「来夢来人」は、まったく場違いなアテ字だと思う(-"-)
日本にカタカナがないならば、「風恋人」も、「来夢来人」もしょうがないでしょうよ。
でも日本には、カタカナもあれば、英語だってふつうに使われるようになってきてるっつぅの!!
なんでわざわざ漢字にする必要がある??
なんかすっごいいや!
……というか、そこはかとなく漂ってくる、
「オシャレでしょ?」
な勘違いがいや。
日本語粗末に扱っといて、何がオシャレやねん!!
とはいえ、たとえば、香港などに旅行する友人がいたりすると、
「マクドのメニュー持ち帰りできたら頼む。できへんかったら写真撮ってきて!」
と頼んだりします。
ご存知の通り、中国語には「ひらがな」や「カタカナ」がありませんから、すべて漢字で表現されるんですよえね。
それを見るのが面白い。
見た感じ、音を拾って漢字をあてはめているものと、意味をとりあげて漢字をあてはめているものがあるようですね。
今、撮ってきてもらった写真が手元にないんで、ネットで検索してみれば、ハンバーガーは「汉堡包」みたい。
「ハンバオバオ」みたいな読み方になるみたいですね。
中国語は母音が10以上あるらしいから、日本語で表記するのは不可能ですが(^^ゞ
つまりこれは「漢字で音を表現してる」のでしょう。
反対に意味を表現していると思われるのは、たとえばフィレオフィッシュ。
「麦香魚」
チキンバーガーが、「麦香鶏」らしいから、「麦香」は、麦のバンズに挟まれた〜……とでもいう意味でしょうかね??
ちなみに、チキンナゲットは「麦楽鶏」みたいですから、「香」と「楽」のイメージを考えてしまったりします。
個人的にうまいなと思うのは、
「可口可楽」
でしょうか。
わかります?
「けこけぇれぇ」
みたいな発音になるようです。
はい。
コカコーラですね。
音も意味もそれらしくなってるのが、いい。
なんというのでしょうか。
「風恋人」
とは、違うでしょ?????
漢字に対する姿勢というか、敬意みたいなものが、決定的に違う(と、思う)。
なんつ〜んだろ。
「風恋人」的な漢字の使い方って、漢字の品位を大事にしてないように思えて。
なんかやなの。
すごく、やなの。
カタカナつかえ!
日本人はカタカナ使え〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!
ゼイゼイ。
まぁ、そこまで熱くなることでもないんですけどね(笑)
でもその点、アルファベットのお国は、あんまり無理がありません。
短大時代、第二外国語はドイツ語をとってたんですが、スペルをみたら、なんとなく意味がわかるものもいくつかありました。
たとえば、曜日などはとても似てます。
日曜日はSonntag。月曜日はMontag。
tag=dayだということもわかってきますよね。
太陽がsol(だったはず)ってのも、sunと同じ肌合いです。
授業の中で、
「ドイツ人の名前をあげていく」
という、山手線ゲームのようなものをしたことがありますが、どうしても思いつかないときは、英語の名前を思い出そうとしてました。
それをドイツ語に変換すればいいわけですよ。
たとえば、
Michaelは、英語ならマイケルですが、ドイツ語ならミハエルです。
Albertは、英語なアルバート、ドイツ語ならアルベルトですね。
もともとゲルマン語から発生した言語ですから、何か通じるものがあるんでしょうね。
そういう意味でも、日本語の「ひらがな」「カタカナ」って、すごく独特だと思いませんこと?
日本人ならそれを大切にせんか〜〜〜〜〜〜いっ!!
何が「風恋人」や。
「フレンド」や。
日本人なら「フレンド」やぁあああああああ!!!!!!!
ぜいぜい。
でもでもでも。
まだここまでは許せた。
でもこないだ、JR池部駅近辺で、思わず目を見開いてしまう案件を発見!!
「豊豆樹」
一瞬、首をかしげ、次の瞬間、
「見るんじゃなかった!!」
と激しく後悔。
たぶん、「ほおずき」???????
に、に、に、日本人なら、「鬼灯」って書きやがれ!!
フンガー!!!
ちなみに、「酸漿」って書き方もあるけど、これは、漢方などで使う漢字みたいですね。
私が最初に宇太水分神社に参拝したとき、大変でした。
榛原駅からのバスは1時間に1本ほどしかないし、10キロほどだったから歩こうと思って、歩き出したのはよかったんですよ。
往復20キロぐらいなら、さほど苦痛なく歩ける距離だしね。
歩くことはよい。
が……。
腹は減るのでございます(>_<)
でもでもでも、道すがら、喫茶店もレストランも、皆無なのでございました。
道行く人に、
「このあたりに食事処はありませんか?」
と尋ねまくるも、
「………………ないんちゃうかなぁ」
と判を押したような答え(T_T)
あれには参った。
途中で、一つだけお店のようなものを見つけて走り寄りましたが……。
あぁ無情。
定休日なのでした。
結局神社に参拝して、榛原駅のミスドで15時半のランチをしましたが、あのときはもう、ぐったりだったなぁ。
でもでもでも。
こんな状況でもね。
絶対入らんのやからね、私は。
絶対絶対、入りませんとも。
「豊豆樹」「風恋人」「来夢来人」には、意地でも入らんからな、覚えとけ!!!!!!!!
こうなったらもう、意地です(笑)
エニアグラム
エゴグラムってのは知ってたけど、最近「エニアグラム」なるものが注目されてる(?)んですね。
両方とも、性格論やら性格分析に使われるものですが、「グラム」という通り、それを図表化しようというわけです。
エゴグラムは有名……かな?
自分の中の、5つの要素をポイント化するものですね。
高校のときにこのテストを受けさせられた記憶がありますから、随分古いものでしょう。
5つの要素とは、WIKIによれば
「CP(批判的親)
厳しい心。自分の価値観を正しいものと信じて譲らず、責任を持って行動し、他人に批判的である。この部分が低いと、ルーズな性格になる。
NP(養育的親)
優しい心。他人を思いやって行動し、保護的で親切である。この部分が低いと、冷淡な性格になる。
A(大人)
合理的な心。現実を重視しており、物事をきちんと計算して行動し、合理的である。この部分が低いと、非合理的な性格になる。
FC(自由な子ども)
自由奔放な心。明るく無邪気でユーモアがあり、わがままで自己中心的である。この部分が低いと、閉鎖的でネクラな性格になる。
AC(順応した子ども)
従順な心。他人に嫌われたくないという気持ちが強く、言いたいことを言わずに我慢してしまい、妥協的である。この部分が低いと、マイペースな性格になる。」
となります。
超〜〜〜〜〜〜〜ぅおうお、意外なことに、私この中でAが一番高かったんですよ〜。
うそよね〜?
そして、超〜〜〜〜〜〜〜〜〜うおうおうおうおう、意外性のないことに、ACが一番低かった(笑)
とりあえず、高校時代からマイペースだったのは確かなようですね(^^ゞ
「人に嫌われたくない」という思いがあんまり強くなかったのは、生まれ持ったものなんでしょうか?それとも後天的理由があるのかな?
たぶん両方だと思います。
人前に出ることが多かったので、見知らぬ人から中傷を受けることも多く、
「んなこと気にしてたら生きていけるか!」
と開き直った時期がありましたし。
高校時代にはすでに開き直ってたんだったかなぁ??
かわいくないやつ(笑)
私の親友の一人は高校時代からのつきあいですが、学校帰り、
「何が一番怖い?」
という話になり、
「ん〜、強迫観念が一番怖い」
と言ってたのを思い出しますね(^^ゞ
今検索してみると、「強迫観念」は、「ある種の考えが, 自分では不合理であると自覚しているのに,自分の意志に反して何回も強い圧迫感 をもって絶えず頭に浮かんで日常生活にも支障をきたすほど悩む状態」といった風に説明されてますが、当時の彼女は、どちらかというと「思い込み」という意味で使ってたと思います。
思い込みで可能性を壊すのが怖い、と。
かわいくないやつ(笑)
そういう友人ができることを考えても、当時の私は超〜〜〜〜〜〜〜ぅおうおうおうおうおうおうかわいくなかったんだと思います(笑)
こういう「性格の図表化」って自分の性格を客観的に見るにはいいんでしょうね。
で、エニアグラムというのは、自分の中の性格を図表化するというよりは、自分のタイプを見つけ、人との関わり方を図表化してるという感じでしょうか?
まず人のタイプを9つに分類します。
これまたWIKIから引いてくれば、
「1.批評家:職人。完全主義者。鑑識力が高い。神経質。融通が利かない。
2.援助者:人助け。細かい気遣い。八方美人。人を操作したがる。
3.遂行者:成功。計画実行。行動的。人を駒のように扱う。
4.芸術家:天才。孤高の志士。一番病。ナルシスト。
5.観察者:博士。分析屋。内向的。皮肉屋。有益性を重んじる。
6.忠実家:安全第一。石橋を叩いて壊す。新しい物事への拒絶。
7.情熱家:楽天家。好奇心旺盛。自由人。飽きっぽい。
8.挑戦者:唯我独尊。理想主義者。自信家。他人に操られるのを嫌う。
9.調停者:平和主義者。器用な経営者。葛藤を嫌う。逃避。怠慢。」
ネット上に、いくつかのテストがあるので3種類やってみましたが、どれも私のタイプは「7」と出ました。
あらま、そうですか(^^ゞ
次点は「8」でしたが、こっちの方があてはまってる気もしないでもないこともないこともないような(笑)
日本エニアグラム学会というNPO法人のサイトによれば、この分類は3×3であらわされるようですね。
すなわち、
「●本能センター(腹=gut) ・・・8・9・1
●感情センター(心=heart)・・・2・3・4
●思考センター(頭=head)・・・5・6・7」
の分類と、
「■自己主張型・・・タイプ3,7,8
■義務遂行型・・・タイプ1,2,6
■引き下がり型・・・タイプ4,5,9」
の分類。
「本能センターは、活動のエネルギーで、生存と行動に関係しています。
感情センターは、感じるエネルギーで、自分の気持ちをどう受け取り表現するかに関係しています。
思考センターは、考えるエネルギーで、安全な居場所を探すことと関係しています。」
とも説明されていますから、私は、安全な居場所を求めつつ、自己主張をするタイプってことですか(^^ゞ
なんかどうなのこれ(^^ゞ?
すげぇやなやつじゃないっすか(^^ゞ?
まぁいいけど(え?よくない??)
そしてまた、
「各性格タイプの人が、さらに人間的な成長をする時に、それぞれ統合の方向にあるタイプの性格特性の良い面があらわれると考えられています。
反対にストレスを受けた場合などには、分裂の方向にある性格タイプの特徴があらわれると考えられています。」
とあり、
「統合の方向 (1→7→5→8→2→4→1、9→3→6→9)
分裂の方向 (1→4→2→8→5→7→1、9→6→3→9)」
とも説明されてるのがなかなか興味深い。
たとえば私の場合、調子が良くて成長するときは、冷静な観察者・分析家となり、ストレスが多いと批評家になると。
自分の性格が、「情熱家」というのはあまり納得できませんが、これは納得するなぁ。
つまり、自分の中に9つの個性がすべて入ってるんですね。
その中のどれが一番強く表れているかということ。
まぁ、「人の個性は9種類しかないんかい」とつっこまれたら、
「すんません」
というしかありませんが、性格を、ある種の類型にあてはめて考えるのも、性格分析の手法としてはある程度有効かもしれません。
まぁ、こだわりすぎると失敗しますけどね(笑)
友人のいうとおり、「思い込み」というのは恐ろしいものです。
ただ、私が性格分析をしてみたいという相手はいるんですよ。
それが、旦那です。
私は旦那のことを「夫婦として生まれてきた半身」とは思ってます。
この先何があっても、旦那のことだけは守っていこうと決めてますし、世界で一番大事な人です。
旦那の気持ちを最優先していきたいとも思ってます。
が、旦那のことを理解しているかと聞かれたら、決してそうじゃないんですね〜これが(^^ゞ
そもそも、人から、
「旦那さんってすごく優しいんでしょ?」
と聞かれたとき、返答に困ったりします。
あれは優しいというより……「ベタ甘(笑)」
旦那のことを知らない人が見たら、
「何か裏があるんじゃないの?」
と疑うレベルです(^^ゞ
私が見る限り……ですが、旦那は自分の感情にとても素直に見えます。
感情のままに行動するというか(^^ゞ
そして旦那の感情は、怒りや否定よりはずっと、慈しみや肯定に傾きやすい。あとたぶん、「悲しみ」と。
ふつうの人間なら怒り出す場面で、
「あんなことを言わなくちゃいけないなんて、しなくちゃいけないなんて、かわいそうやなぁ。よっぽどつらいんやなぁ」
と同情するのが旦那です。
昔、一緒に「アマデウス」を観たとき、
「サリエリ、かわいそう!サリエリ、かわいそう!」
って横でうるさかった(^^ゞ
まぁ、私もサリエリはかわいそうだと思うけどさ。
そしてたぶん……たぶんですが、旦那の性格の特徴として……たぶん、たぶんですよ?
たぶん、「のりこ第一主義」ってのがあるように思えてなりません。
私が喜ぶことが旦那の喜びだし、私の悲しみが旦那の悲しみ……というところが、間違いなくあります。
それはもちろん私だってそうですよ、当然です。
旦那が喜べば、単純にうれしいし、旦那が悲しんでいたら私も悲しい。
ただ、旦那の場合は、その度が激しいような。
もうずっと昔、旦那はテレビの開発をしてました。
そのため、北海道に出張してたのですが、当初3週間の予定は、延期に延期で半年に。
理由は、「現場をわからない役員が、わけのわからない注文をつけてくるから」とかいうようなものだったみたいです。
その結果、ライバル会社が、似たような製品を先行して発売。
結局旦那が開発にかかわったテレビは没になったと思います。
そしてやっと大阪に帰ってきたときの会話。
私「ほんま、ムカつくなぁ!」
旦「うん!!(プンプンしながら)」
私「悲しいよな」
旦「うん……(下を向いて)」
私「でもまぁ、いい経験になったかな?」
旦「うん♪」
って、あんたはキューピーさんかぁあああああああああ!!!!!
と、これだけを聞いたら、旦那のことをアホやと思うでしょ?
それがそうでもないんですよね。
一度通った道は絶対忘れないし、それだけで、頭の中にほぼ完ぺきな地図を書き上げてしまいます。
そのほかにもいろいろ、
「賢いんちゃうん?!」
と思わされるところもあるんですよ、えぇ。
ときどき、どんな脳みそしてるのか、すごく知りたくなるんですね〜……。
どれだけ好きな相手でも、大事な相手でも、その心を完ぺきに理解することはできません。
でもだからこそ、いつもいつでも、相手の気持ちを見つめていたいと思うのです。
旦那が何を感じ、何を思い、何を考えているのか、そばでじっと見ていたい。
それが夫婦ってものなのかなぁと。
私はそう、思ってます。
だから、私たち夫婦は「理解しあってる」とは言えないと思いますが、ときどき言葉に出さなくても共感しあえてるときがあるんですよ。
たとえば、同じ花を見て、まったく同時に顔を見合わせ、
「ニマッ」
ってするとか。
それがなんなんだと言われたら困りますが……。
私はそういう瞬間を大事にしたいなぁなどと思ったりしてます。
でも、旦那の脳みそは解剖してみたいんですよ(^^ゞ
それとは関係なく。
だって、すごく珍しいと思うんだもん(笑)
両方とも、性格論やら性格分析に使われるものですが、「グラム」という通り、それを図表化しようというわけです。
エゴグラムは有名……かな?
自分の中の、5つの要素をポイント化するものですね。
高校のときにこのテストを受けさせられた記憶がありますから、随分古いものでしょう。
5つの要素とは、WIKIによれば
「CP(批判的親)
厳しい心。自分の価値観を正しいものと信じて譲らず、責任を持って行動し、他人に批判的である。この部分が低いと、ルーズな性格になる。
NP(養育的親)
優しい心。他人を思いやって行動し、保護的で親切である。この部分が低いと、冷淡な性格になる。
A(大人)
合理的な心。現実を重視しており、物事をきちんと計算して行動し、合理的である。この部分が低いと、非合理的な性格になる。
FC(自由な子ども)
自由奔放な心。明るく無邪気でユーモアがあり、わがままで自己中心的である。この部分が低いと、閉鎖的でネクラな性格になる。
AC(順応した子ども)
従順な心。他人に嫌われたくないという気持ちが強く、言いたいことを言わずに我慢してしまい、妥協的である。この部分が低いと、マイペースな性格になる。」
となります。
超〜〜〜〜〜〜〜ぅおうお、意外なことに、私この中でAが一番高かったんですよ〜。
うそよね〜?
そして、超〜〜〜〜〜〜〜〜〜うおうおうおうおう、意外性のないことに、ACが一番低かった(笑)
とりあえず、高校時代からマイペースだったのは確かなようですね(^^ゞ
「人に嫌われたくない」という思いがあんまり強くなかったのは、生まれ持ったものなんでしょうか?それとも後天的理由があるのかな?
たぶん両方だと思います。
人前に出ることが多かったので、見知らぬ人から中傷を受けることも多く、
「んなこと気にしてたら生きていけるか!」
と開き直った時期がありましたし。
高校時代にはすでに開き直ってたんだったかなぁ??
かわいくないやつ(笑)
私の親友の一人は高校時代からのつきあいですが、学校帰り、
「何が一番怖い?」
という話になり、
「ん〜、強迫観念が一番怖い」
と言ってたのを思い出しますね(^^ゞ
今検索してみると、「強迫観念」は、「ある種の考えが, 自分では不合理であると自覚しているのに,自分の意志に反して何回も強い圧迫感 をもって絶えず頭に浮かんで日常生活にも支障をきたすほど悩む状態」といった風に説明されてますが、当時の彼女は、どちらかというと「思い込み」という意味で使ってたと思います。
思い込みで可能性を壊すのが怖い、と。
かわいくないやつ(笑)
そういう友人ができることを考えても、当時の私は超〜〜〜〜〜〜〜ぅおうおうおうおうおうおうかわいくなかったんだと思います(笑)
こういう「性格の図表化」って自分の性格を客観的に見るにはいいんでしょうね。
で、エニアグラムというのは、自分の中の性格を図表化するというよりは、自分のタイプを見つけ、人との関わり方を図表化してるという感じでしょうか?
まず人のタイプを9つに分類します。
これまたWIKIから引いてくれば、
「1.批評家:職人。完全主義者。鑑識力が高い。神経質。融通が利かない。
2.援助者:人助け。細かい気遣い。八方美人。人を操作したがる。
3.遂行者:成功。計画実行。行動的。人を駒のように扱う。
4.芸術家:天才。孤高の志士。一番病。ナルシスト。
5.観察者:博士。分析屋。内向的。皮肉屋。有益性を重んじる。
6.忠実家:安全第一。石橋を叩いて壊す。新しい物事への拒絶。
7.情熱家:楽天家。好奇心旺盛。自由人。飽きっぽい。
8.挑戦者:唯我独尊。理想主義者。自信家。他人に操られるのを嫌う。
9.調停者:平和主義者。器用な経営者。葛藤を嫌う。逃避。怠慢。」
ネット上に、いくつかのテストがあるので3種類やってみましたが、どれも私のタイプは「7」と出ました。
あらま、そうですか(^^ゞ
次点は「8」でしたが、こっちの方があてはまってる気もしないでもないこともないこともないような(笑)
日本エニアグラム学会というNPO法人のサイトによれば、この分類は3×3であらわされるようですね。
すなわち、
「●本能センター(腹=gut) ・・・8・9・1
●感情センター(心=heart)・・・2・3・4
●思考センター(頭=head)・・・5・6・7」
の分類と、
「■自己主張型・・・タイプ3,7,8
■義務遂行型・・・タイプ1,2,6
■引き下がり型・・・タイプ4,5,9」
の分類。
「本能センターは、活動のエネルギーで、生存と行動に関係しています。
感情センターは、感じるエネルギーで、自分の気持ちをどう受け取り表現するかに関係しています。
思考センターは、考えるエネルギーで、安全な居場所を探すことと関係しています。」
とも説明されていますから、私は、安全な居場所を求めつつ、自己主張をするタイプってことですか(^^ゞ
なんかどうなのこれ(^^ゞ?
すげぇやなやつじゃないっすか(^^ゞ?
まぁいいけど(え?よくない??)
そしてまた、
「各性格タイプの人が、さらに人間的な成長をする時に、それぞれ統合の方向にあるタイプの性格特性の良い面があらわれると考えられています。
反対にストレスを受けた場合などには、分裂の方向にある性格タイプの特徴があらわれると考えられています。」
とあり、
「統合の方向 (1→7→5→8→2→4→1、9→3→6→9)
分裂の方向 (1→4→2→8→5→7→1、9→6→3→9)」
とも説明されてるのがなかなか興味深い。
たとえば私の場合、調子が良くて成長するときは、冷静な観察者・分析家となり、ストレスが多いと批評家になると。
自分の性格が、「情熱家」というのはあまり納得できませんが、これは納得するなぁ。
つまり、自分の中に9つの個性がすべて入ってるんですね。
その中のどれが一番強く表れているかということ。
まぁ、「人の個性は9種類しかないんかい」とつっこまれたら、
「すんません」
というしかありませんが、性格を、ある種の類型にあてはめて考えるのも、性格分析の手法としてはある程度有効かもしれません。
まぁ、こだわりすぎると失敗しますけどね(笑)
友人のいうとおり、「思い込み」というのは恐ろしいものです。
ただ、私が性格分析をしてみたいという相手はいるんですよ。
それが、旦那です。
私は旦那のことを「夫婦として生まれてきた半身」とは思ってます。
この先何があっても、旦那のことだけは守っていこうと決めてますし、世界で一番大事な人です。
旦那の気持ちを最優先していきたいとも思ってます。
が、旦那のことを理解しているかと聞かれたら、決してそうじゃないんですね〜これが(^^ゞ
そもそも、人から、
「旦那さんってすごく優しいんでしょ?」
と聞かれたとき、返答に困ったりします。
あれは優しいというより……「ベタ甘(笑)」
旦那のことを知らない人が見たら、
「何か裏があるんじゃないの?」
と疑うレベルです(^^ゞ
私が見る限り……ですが、旦那は自分の感情にとても素直に見えます。
感情のままに行動するというか(^^ゞ
そして旦那の感情は、怒りや否定よりはずっと、慈しみや肯定に傾きやすい。あとたぶん、「悲しみ」と。
ふつうの人間なら怒り出す場面で、
「あんなことを言わなくちゃいけないなんて、しなくちゃいけないなんて、かわいそうやなぁ。よっぽどつらいんやなぁ」
と同情するのが旦那です。
昔、一緒に「アマデウス」を観たとき、
「サリエリ、かわいそう!サリエリ、かわいそう!」
って横でうるさかった(^^ゞ
まぁ、私もサリエリはかわいそうだと思うけどさ。
そしてたぶん……たぶんですが、旦那の性格の特徴として……たぶん、たぶんですよ?
たぶん、「のりこ第一主義」ってのがあるように思えてなりません。
私が喜ぶことが旦那の喜びだし、私の悲しみが旦那の悲しみ……というところが、間違いなくあります。
それはもちろん私だってそうですよ、当然です。
旦那が喜べば、単純にうれしいし、旦那が悲しんでいたら私も悲しい。
ただ、旦那の場合は、その度が激しいような。
もうずっと昔、旦那はテレビの開発をしてました。
そのため、北海道に出張してたのですが、当初3週間の予定は、延期に延期で半年に。
理由は、「現場をわからない役員が、わけのわからない注文をつけてくるから」とかいうようなものだったみたいです。
その結果、ライバル会社が、似たような製品を先行して発売。
結局旦那が開発にかかわったテレビは没になったと思います。
そしてやっと大阪に帰ってきたときの会話。
私「ほんま、ムカつくなぁ!」
旦「うん!!(プンプンしながら)」
私「悲しいよな」
旦「うん……(下を向いて)」
私「でもまぁ、いい経験になったかな?」
旦「うん♪」
って、あんたはキューピーさんかぁあああああああああ!!!!!
と、これだけを聞いたら、旦那のことをアホやと思うでしょ?
それがそうでもないんですよね。
一度通った道は絶対忘れないし、それだけで、頭の中にほぼ完ぺきな地図を書き上げてしまいます。
そのほかにもいろいろ、
「賢いんちゃうん?!」
と思わされるところもあるんですよ、えぇ。
ときどき、どんな脳みそしてるのか、すごく知りたくなるんですね〜……。
どれだけ好きな相手でも、大事な相手でも、その心を完ぺきに理解することはできません。
でもだからこそ、いつもいつでも、相手の気持ちを見つめていたいと思うのです。
旦那が何を感じ、何を思い、何を考えているのか、そばでじっと見ていたい。
それが夫婦ってものなのかなぁと。
私はそう、思ってます。
だから、私たち夫婦は「理解しあってる」とは言えないと思いますが、ときどき言葉に出さなくても共感しあえてるときがあるんですよ。
たとえば、同じ花を見て、まったく同時に顔を見合わせ、
「ニマッ」
ってするとか。
それがなんなんだと言われたら困りますが……。
私はそういう瞬間を大事にしたいなぁなどと思ったりしてます。
でも、旦那の脳みそは解剖してみたいんですよ(^^ゞ
それとは関係なく。
だって、すごく珍しいと思うんだもん(笑)
価値観・距離感
世の中にはいろんな考え方があって、いろんな感じ方があって、そうやって世界が成り立ってます。
でも、中にはどうしてもその人の価値観や倫理観などが理解できないこともあって、そういう場合は、距離を置くしかないと思うんですよね。
たぶんどっちが正しいってもんでもないのだろうし、無理に合わせようとしたら、お互いに迷惑をかけあったり、傷つけたりすることになる。
基本的に私は、だれかと仲良くすることについて、厳密なところがあるように思います。
「囚人のジレンマ」を乗り越えられるなと信じる人以外とは、友達づきあいをするのは難しい(^^ゞ
「適当に付き合う」ということができないんですね。
そういうとこ、非常に不器用なんです。
ほんとに、不器用なんですよ(^^ゞ
さて、私が今まで生きてきた中で、「価値観が違うな」と感じたパターンをいくつか。
当時私は会社のお局で、毎日21時まで残業。
責任者という立場から精神的にもかなりヘトヘトでした。
土日は昼まで寝て、夜は早めに風呂に入り、ゴロゴロするとか。
旦那と二人で自然を見に行くとかで、なんとかリフレッシュして乗り切っておりました。
そういうとき、「食事会するから遊びにきて」としつこく誘いを受けて、断ってたわけですよ。
でもあんまり言われるし、いかないとややこしいことになりそうなので仕方なく行きましたが、ほぼグロッキー状態でバテておりました。
そしたらまた不満をぶつけられるんですよね(^^ゞ
「あんたは何も手伝わない!!何をしにきたの?!」
って。
何をしにきたのって……。
「来い」としつこく言われたから。
断ってもまだしつこく言われたから来たんやんか(>_<)
なら呼びつけないでよ……(>_<)
私だって来たくなかったんだよ〜(>_<)
また別のパターン。
OLをやめて、フリーランスとして働き始めたころのことです。
ある人から留守居を頼まれました。
でもその日は16時半にクライアントからメールがあり、即座に対応しなくてはいけなかったので、
「仕事があるから、必ず16時には帰ってきてね」
と念を押していたわけです。
そこから我が家までは最低30分はかかりましたからね。
ところが彼女が帰ってきたのは、16時半。
「約束は守ってくれなきゃ困る」
という私に、
「だって、久しぶりの友達に会ってしもたんやもん。すぐ帰るわけにはいかへんやん!!」
と強い口調で抗議されたんです。
「それが常識やろ?」
とでも言わんばかりでした。
でも私には彼女の考えがどうしても理解できませんでした。
そこで、
「それなら『人を待たせてるから。後で連絡するわ』って連絡先を聞けばええやん」
というと、
「連絡先を聞いてまで話したい相手じゃない」
……私には理解不能の世界でした。
走って帰り、クライアントに謝りつつギリギリ対応は済ませましたが、約束を破った本人であるはずの彼女が、
「あなたは厳しすぎる」
と不満そうで、一言も謝罪の言葉を口にしなかったことが、どうしても理解できなかったんですよね(^^ゞ
いや、私は実害受けてるんですけど……(>_<)
私なら、連絡先を聞くほどの相手じゃないなら、約束を破ってまで話をしたりなんかしません。
そんなうわべの付き合い、したくありません。
大切な友達が困ってるというならともかく……。
正直「非常識」としか思えませんでした。
私は学生時代、またOL時代、
「変わってる」
「何を考えてるかわからない」
と言われましたから、私の世界観や価値観が変わってるんだと思います。
うわべだけ「わかるわかる〜♪」と言っておけばいいのかもしれません。
でも私にはそういうつきあいは、苦痛でしかないんです。
私は、権威者が決めたことに盲目的に従うことはなんだか怖いし、着飾ることも興味がないし、人のうわさ話にも興味がありません。
ただ、きれいな花を見てたら楽しいし、歴史ある場所で昔の人が何を考え、何を思ったのかなどということを妄想してたら時間を忘れることができます。
そういう妄想を文章にして発信するのも楽しい。
でもそういう話をすると、
「そんなことして、何になるん?」
「うんちくが言いたいだけやろ?」
「ばかばかしい」
という人もいる(^^ゞ
「くだらん」
と吐き捨てられることもありました。
幸い、そういう人ばかりじゃなく、私の発信したものに共感し、歴史友達となってくれた人もたくさんいますが、そういう人は少数派なんだと思います。
旦那は私と目線を合わせ、同じものを見ようとしてくれますが、それは旦那だからでしょう。
ほかの人では決してこうはいきません。
だから私は、ほとんどの人とは価値観も世界観もあいません。
それは私が変なんですよね(笑)
よくわかってます。
だから、合わない人と無理に合わせる必要はないとも思うんですよ。
合わない人とは、距離を置いてつきあえばいい。
場合によっては、没交渉にすれば済むことです。
そうやっていれば平和なんですが……。
そうもいかないこともあるんですよね(^^ゞ
っていうか、実は上記「合わない人」はすべて、母のことだったりするのでございます……。
一部(私の価値観が自分と違うと知るや「ばかばかしい」「くだらん」と心底バカにした口調で吐き捨てた人)は父ですけども(^^ゞ
私がライターを始めたと両親に告げたとき、母の反応は、
「そんな、体を売って仕事をもらうようなこと、したらあかん!」
でした。
何を勘違いしてたのかはわかりませんが(^^ゞ
誤解のないよう説明しておけば、ライター始めて8年、体を売るようなハメになったことは一切ございません。
つぅか誰も欲しがらんっつぅの(笑)
少なくとも一番初めに勤めた「大手金融会社」のひどいセクハラ不倫地獄に比べれば、信じられないほど健全な世界なんですけどね。
でも、権威しか信じられない母には理解できないようです。
私が書店に並ぶような本を書かせていただけるようになって、やっと認めてくれるようになりました。
ただ、権威が認めたものだけを信じるというやり方は楽かもしれませんが、すごく危ういと私は思う。
このことも、両親の価値観との大きな齟齬になっています。
子供のころから、何かを始めようとするときは、両親には決して言わない、内緒にするのが習慣でした。
上記のように、ケチをつけられちゃいますからね(^^ゞ
私は言霊を信じるタチなんで、こういう言葉だけでもひどいダメージを受けるんですよ。
両親とも、良い人であることはわかっています。
父も母も、反社会的な人間では決してないし、間違いなく親切な人たちです。
強権的なところはあるし、私にとっては、「それは性的虐待以外の何ものでもない」と感じることはありましたが、本人に悪気がないことも理解しています。
ただ、決定的に、価値観も世界観も違う。
そして、私はそれを当然のことだと思っているけれど、両親にとってそれは、「さんざ世話になったくせに、自分たちと違う価値観を持つことは裏切り行為」と感じるのだろうということも……意識はしてなくても、無意識にそう感じているらしいということも、なんとなく感じています。
そう。
私と両親の不幸は、私の感性や価値観が、なぜか両親とはまったく違ったことだろうと思います。
特に私には、両親が同和差別を当然のように感じているらしいことが我慢できずにいやでした。
権威の認めたものだけを「是」とする人たちが同和差別を是認することは、自然なのかもしれません。
でも私にとってとにかくそれは、我慢できないことでした。
下品極まりない、野蛮なことだと思えるのです。
でも、幼いころ、私が自分の価値観に正直に行動しようとすると、それが両親には、
「反抗的」
「ずるをするための言い訳」
と映るようでした。
そこでまた、心ない言葉を投げかけられたり、怒られたりします。
本人たちは「叱ってる」つもりなのだと今はわかります。
でも、彼らとまったく違う価値観を持つ私には、わけもわからず怒られてるとしか思えませんでした。
あるとき私が、
「人が差別を作り出すのは自然の成り行きかもしれない」
といったことがあります。
もちろん、差別を是認する言葉ではなく、
「それは人間が弱いから。でも人間は叡智があるのだから強くなれる。だから差別は撤廃できるはずだ」
と続けようとしたんですが、そこで母が、
「やっとあんたも差別を認めたな」
と言ったので、言葉を失いました。
そのとき、価値観のあまりにも大きな違いを実感せずにいられませんでした。
母は悪い人ではないのですが……。
私にはない強さと優しさを持っており、「すごいな」と思うことも多々あるのです。
ただ、親しくなれる人でもありません。
生きていくうえで見ている方向が、あまりにも違うのです。
価値観の違いを実感し始めた私の、最初の行動は、「わかってくれ!」と抗議をすることでしたが、そうすればするほど相手は攻撃的になるとわかったので、「距離を置く」という方法に変えたんですね。
分かり合えないのなら、距離を置くのが一番です。
でもうちの両親は、それさえ反抗的だと言いましたけどね(^^ゞ
そのころから、一度たりとも、
「私の感性を理解してくれ」
と言ったことはなかったと思います。
考えてみれば、私も両親が何を考えてるのかわかりませんでしたから。
分かり合うなんていうのは無理だと思い知るしかありませんでした。
私の価値観を、
「くだらん」「そんなことして何になるの?」と蔑まれたことも、とくに苦には感じませんでした。
そりゃわからないだろうなと思います。
反対に、わかるはずがないと思うのに、
「親なんだから誰よりわかってる」
と言われる方が、不気味でした。
どう曲解しているのだろうと想像して、いやな気分になりました。
絶対わかってないと思うからこそ、「わかってるつもり」になられることが苦痛でした。
相手がわかってるつもりなのに「全然違う……」というと、それがまた反抗的態度だと受け止められて、恫喝されましたから(^^ゞ
私だって両親の感じ方考え方がさっぱりわからないんだから、先方が私のことをわからないのは当然です。
当たり前なんです。
なんの不思議もありません。
私や旦那の仕事は技術職です。
典型的なブルーカラーです。
ホワイトカラーの世界しか知らない父や母が理解できなくて当然。
権威あるものが認めたものしか認められない両親が、認められなくて当然なんです。
それはいいんです。
ただ、両親の価値観を「これが正解なんだ」と押し付けられることだけは、心底堪忍してほしいのですね……。
普段、元気なときは聞き流しもできるんです。
でも、今のように、ダメージを受けまくっているときに、デリカシーのない言葉を投げつけ、
「頼むから、今だけはほうっておいてほしい」
と頼んでも、
「心配して電話してるんやん」
と私が悪いように言われるは……お願いですから、堪忍してください……。
心配してくれてるのはわかるんですよ。
わかるけど……。
なんでそんなに無神経な言葉を口にできるんだろう(>_<)
でもたぶん母は、自分がどれほど無神経な言葉を投げつけているのか、自覚さえしえないのだと思います。
仕方ないんですよ。
世界観も感性も違うんだから。
仕方がないけれど、私は「言葉」に十分苦しめられるタチなんです。
だからお願いだから放っておいてほしいのにね……。
私の願いは、彼らと私たちの価値観が決定的に違うこと。
彼らが自分たちのそれを私たちに押し付けたことが一つの原因で今私たちが大きなダメージを受けているということを認めて、今後押し付けることは一切やめてほしいこと。
それさえわかってくれればいいんだけど……。
ただそれさえわかってくれればいいんですよ。
とはいえ、父の口から、
「おまえたちとは価値観が違う」
という言葉が出たことは何度かあります。
ただそれは、
「だからお前らはおかしい」
という結論に結びつくんですね(^^ゞ
そういう態度が通ると思っているということが、はからずも彼らの生きてきた世界の狭さを露呈させている、と、私は思うのですが……。
でも、自分たちは間違ってない、すべて正しいと思ってるようです。
「あんたが今苦しんでることと、お母さんたちになんの責任もない!」
と言われてしまいました……。
私は少なくとも一因はあると思ってるから、今後価値観を押し付けるのはやめてくれと頼んでるのにね。
「あんたらのことを家族やと思ってるからいうたんやろ?!」
って……。
家族なら、無神経な価値観のゴリ押しが許されるの?
私は親しい人ほど大事にしたいから、相手の価値観を大事にしたいと思います。
大事な相手だからこそ、自分の考えが、相手の迷惑になってないかといつも心配します。
それが私と大事な友達たちとの関係です。
彼らの思う「親しい関係」と私たちの思う「親しい関係」は決定的に違うのでしょう。
でも、言えばいうほど、彼らは、
「(大恩ある)親を否定しやがる、この娘は!!」
と被害者的な感情になるらしいです。
父は強権的なタイプですが、母も、「自分が悪いのではないか?」と自省しない人だということは、よくよく知ってはいるんです。
本当につまらないことでも、決して自分の非を認めないんですよね(^^ゞ
「早朝の電車で大声でしゃべるのは迷惑」
「一車線しかない制限速度50キロの道路で、20キロで走るのは法規違反じゃなくてもマナー違反」
「いくらエスカレーターは歩くものじゃないといっても、いろいろな都合の人がいるのだから、横に並んで立つのはマナー違反」
とても些細なことではありますが、私にとって、母の行動が非常識に映ることが多々あります。
でも、
「やめようよ」
というと、
「あんたは何?腕なんか組んで(その日寒かったので腕を組んであっためてました)エラそう!何様?」
「でもあんたは運転へた!」
……と、だから何?な反応しか返ってきませんでした。
私がそのとき問題にしていることと、本質的に何の関係もないことで攻撃するんですね。
これが母の常套手段です。
そして決して反省しない。
間違いを犯したって、次からただせば恥でもなんでもないと思うのだけれど。
自分の間違いを認めることができないのだと思います。
だからいつまでたっても直らないんだよね……。
だから、私が自分の思うようにならないと、
「あんたは興奮してる」
「もういい!!!」
という反応になってしまうのです。
私から見れば、興奮して冷静ではないのは、先方なのですが……。
言っても理解してもらえないのはわかってるんだけど。
言えばいうほど疲れるだけだとわかっているのだけれど。
でも、言わなきゃテリトリーに土足でズカズカと入ってこられるのです。
自分たちの思う通りにならなければ怒るのです。
わかってるんだけど、頼むからこれ以上、侵略してこないで……。
お願いだから。
今私の精神が限界なんだとなぜわかってもらえないんだろう。
自分が人に対して悪いことをしているなどということを想像もしたことがない、「無辜の人々」って、とても怖いと思うのです。
ただ、願いが叶うのならば、今後1年ぐらい、関わらずソッとしておいてもらえたら、少しは精神状態も楽になるかと思うんですけど……。
許されないんだろうな。
育ててもらい、お世話になった、子供だから(笑)
親子関係って、とても理不尽だと思わずにいられないのです。
親だって、何を考えているかさっぱり理解できない怪物みたいな私のために、お金や労力をかけてきたわけですよね。
もっと自分たちの思う通りになる娘ならよかったろうに。
そう考えると、申し訳なくて仕方ない気分にもなります。
でも私は、彼らの思うような娘にはなれません。
なぜもっと、互いに感謝し合える関係になれる者同士が親子としてこの世に生を受けないのでしょう?
なんとかならんかね(^^ゞ
もう今、ほんとにつくづく疲労困憊なので、深く考えてみる余力がありません(>_<)
でも親たちは、
「わがままだ!!」
「私たちはあんたのためを思って!」
っていうんですよね。
あなたがたの価値観のゴリ押しを、
「肉親だから」
という理由だけで飲んだことを、今私がどれだけ後悔し、呪っているか。
そのことだけでもわかってもらえたらいいのに。
「私たちは関係ないやん!!」
などと無神経に言える人にはわかりっこないのでしょう。
できるならば、もう関わりたくない……。
なのに、価値観が違うことすらわかってくれない相手が、私たちのことを心配してるからといって、
「心配してるんやろ!!それもわからんのか?!」
って言われたって……。
それはもう恫喝でしかありません。
「あれが恫喝か?!」
と母は言いましたが……。
辞書では、
「自分の利益を確保するために罵倒や怒声などで相手を畏怖させる行為を指す。」
とあります。
畏怖させてるって、わかってないんですね。
あなた方は、私を育てた親なんですよ。
莫大なお金を負担させてますよね。
知ってます。
何度も聞きもしました。
そしてもちろん実感としてわかってます。
そういう関係、なんですよ……。
そういう相手から、
「仕事が忙しいからって、おばあちゃんの葬式に出れないというなら、お前の親の葬式に出るな!!」
と怒鳴られて、それが恫喝じゃないと?
それを義父や義母に聞かれて、恥ずかしくないんでしょうね……。
私は想像するだに恥ずかしかったけど。
聞かれることはないだろうと思ってるから、
「あれは家族だと思ってるから言ったことで恫喝じゃない」
なんてアホな、甘えたことが言えるんでしょう。
客観的に考えてほしい。
恥ずかしい人たち……。
そしてそれが誰に影響を与え、だれに迷惑をかけ、どんな結果になってるのかということも。
想像してみさえしないのでしょう。自分たちは誰にも迷惑をかけずに生きてると信じ込んでるんでしょうね。
そのくせ人から指摘されれば、
「関係ない!!」
と逆ギレするのでしょう。
なるべく迷惑をかけないようにしようと、周囲に注意を払って生きていれば、他人から指摘されたら、
「しまった!すいません」
と思えると思うのですが、自分は正しいに決まってると思っていれば、他人からの指摘は中傷としか感じられないのだと思います。
悲しい人たち……。
たぶん、先方は本気で「自分たちは何も間違ってない。すべて正しい」と思ってるのでしょう。
でも私にはそれに付き合いきることはできません。
しょうがないよね。
価値観が違うんだもん。
あなた方が私を、あなた方の価値観の中で心配してることは想像できます。
でもそれは今の私にとっては、ただ傷つく理由にしかならないんです。
普段なら、
「悪気はないんだもん」
と思えるんだろうけど、今の私の精神状態に、追い打ちかけるように、「こちらの心配を認めろ!」って言われたってさ。
……そんなしんどいこと、しなくちゃいけないのかな……
「私たちは心配して言ってるねんで!!」
というセリフが価値観の押しつけだとわかってくれたらね……。
今、この状態で、両親が私にしてくれ得る一番の優しさは、ほっといてくれることなんだけどなぁ。
できれば10年……いや、5年ぐらいでもいい。
「帰ってこなくて大丈夫。自分の世界観の中で羽根を伸ばしなさい。私たちは関わらないから」
って言ってもらえたら、どれほど安堵できるだろう。
どれだけ楽に息ができるだろう。
しんどくて、息苦しくて、悲鳴をあげそうになることがあります。
自分で自分を弱い人間だとは思いませんが……。
どんなにしんどい状況でも、「いつかは抜け出せる」と思えるからこそ、前を向いて頑張っていこうと思えるんですよね(^^ゞ
雅子様の病気がよくならない理由、わかる気がするんですよ。
「一生この環境下で生きていかなくちゃいけないんだ」
と思うと、なかなかね。
とりあえず今の精神状態をなんとかせにゃあかんのだけど(^^ゞ
両親が悪い人では決してない。
ただ、価値観が合わなかったから、そのうえ「親子」という力関係だからこじれてしまっただけだ、と理解してるだけに、余計にね……。
いや。
笑って済ませなくては。
これぐらい、なんともないと言いたい。
もっとタフになりたい。
美しく強いものを見て、それに同調したい。
醜いものは、見なければいい。
ってことで、昨日撮影してきた写真を。

この花はなんでしょう?

ホオジロ。
鳴き声がきれいなので、
「珍しい鳥か?」
と色めき立って、
「なぁんだホオジロか」
とガッカリすることは(←失礼?)日常です(笑)

カワラヒワ。
鳴き声がきれいなので癒されます。

クマバチってエゴの花も好きなんですね。

春の草原。
クローバーって、ただの白なのになぜこんなにふんわりしてるんでしょう?

ニワザキショウとの共演。
白とピンクってきれいです(#^.^#)
紅白饅頭?
……よっしゃ。がんばるかぁ!!
でも、中にはどうしてもその人の価値観や倫理観などが理解できないこともあって、そういう場合は、距離を置くしかないと思うんですよね。
たぶんどっちが正しいってもんでもないのだろうし、無理に合わせようとしたら、お互いに迷惑をかけあったり、傷つけたりすることになる。
基本的に私は、だれかと仲良くすることについて、厳密なところがあるように思います。
「囚人のジレンマ」を乗り越えられるなと信じる人以外とは、友達づきあいをするのは難しい(^^ゞ
「適当に付き合う」ということができないんですね。
そういうとこ、非常に不器用なんです。
ほんとに、不器用なんですよ(^^ゞ
さて、私が今まで生きてきた中で、「価値観が違うな」と感じたパターンをいくつか。
当時私は会社のお局で、毎日21時まで残業。
責任者という立場から精神的にもかなりヘトヘトでした。
土日は昼まで寝て、夜は早めに風呂に入り、ゴロゴロするとか。
旦那と二人で自然を見に行くとかで、なんとかリフレッシュして乗り切っておりました。
そういうとき、「食事会するから遊びにきて」としつこく誘いを受けて、断ってたわけですよ。
でもあんまり言われるし、いかないとややこしいことになりそうなので仕方なく行きましたが、ほぼグロッキー状態でバテておりました。
そしたらまた不満をぶつけられるんですよね(^^ゞ
「あんたは何も手伝わない!!何をしにきたの?!」
って。
何をしにきたのって……。
「来い」としつこく言われたから。
断ってもまだしつこく言われたから来たんやんか(>_<)
なら呼びつけないでよ……(>_<)
私だって来たくなかったんだよ〜(>_<)
また別のパターン。
OLをやめて、フリーランスとして働き始めたころのことです。
ある人から留守居を頼まれました。
でもその日は16時半にクライアントからメールがあり、即座に対応しなくてはいけなかったので、
「仕事があるから、必ず16時には帰ってきてね」
と念を押していたわけです。
そこから我が家までは最低30分はかかりましたからね。
ところが彼女が帰ってきたのは、16時半。
「約束は守ってくれなきゃ困る」
という私に、
「だって、久しぶりの友達に会ってしもたんやもん。すぐ帰るわけにはいかへんやん!!」
と強い口調で抗議されたんです。
「それが常識やろ?」
とでも言わんばかりでした。
でも私には彼女の考えがどうしても理解できませんでした。
そこで、
「それなら『人を待たせてるから。後で連絡するわ』って連絡先を聞けばええやん」
というと、
「連絡先を聞いてまで話したい相手じゃない」
……私には理解不能の世界でした。
走って帰り、クライアントに謝りつつギリギリ対応は済ませましたが、約束を破った本人であるはずの彼女が、
「あなたは厳しすぎる」
と不満そうで、一言も謝罪の言葉を口にしなかったことが、どうしても理解できなかったんですよね(^^ゞ
いや、私は実害受けてるんですけど……(>_<)
私なら、連絡先を聞くほどの相手じゃないなら、約束を破ってまで話をしたりなんかしません。
そんなうわべの付き合い、したくありません。
大切な友達が困ってるというならともかく……。
正直「非常識」としか思えませんでした。
私は学生時代、またOL時代、
「変わってる」
「何を考えてるかわからない」
と言われましたから、私の世界観や価値観が変わってるんだと思います。
うわべだけ「わかるわかる〜♪」と言っておけばいいのかもしれません。
でも私にはそういうつきあいは、苦痛でしかないんです。
私は、権威者が決めたことに盲目的に従うことはなんだか怖いし、着飾ることも興味がないし、人のうわさ話にも興味がありません。
ただ、きれいな花を見てたら楽しいし、歴史ある場所で昔の人が何を考え、何を思ったのかなどということを妄想してたら時間を忘れることができます。
そういう妄想を文章にして発信するのも楽しい。
でもそういう話をすると、
「そんなことして、何になるん?」
「うんちくが言いたいだけやろ?」
「ばかばかしい」
という人もいる(^^ゞ
「くだらん」
と吐き捨てられることもありました。
幸い、そういう人ばかりじゃなく、私の発信したものに共感し、歴史友達となってくれた人もたくさんいますが、そういう人は少数派なんだと思います。
旦那は私と目線を合わせ、同じものを見ようとしてくれますが、それは旦那だからでしょう。
ほかの人では決してこうはいきません。
だから私は、ほとんどの人とは価値観も世界観もあいません。
それは私が変なんですよね(笑)
よくわかってます。
だから、合わない人と無理に合わせる必要はないとも思うんですよ。
合わない人とは、距離を置いてつきあえばいい。
場合によっては、没交渉にすれば済むことです。
そうやっていれば平和なんですが……。
そうもいかないこともあるんですよね(^^ゞ
っていうか、実は上記「合わない人」はすべて、母のことだったりするのでございます……。
一部(私の価値観が自分と違うと知るや「ばかばかしい」「くだらん」と心底バカにした口調で吐き捨てた人)は父ですけども(^^ゞ
私がライターを始めたと両親に告げたとき、母の反応は、
「そんな、体を売って仕事をもらうようなこと、したらあかん!」
でした。
何を勘違いしてたのかはわかりませんが(^^ゞ
誤解のないよう説明しておけば、ライター始めて8年、体を売るようなハメになったことは一切ございません。
つぅか誰も欲しがらんっつぅの(笑)
少なくとも一番初めに勤めた「大手金融会社」のひどいセクハラ不倫地獄に比べれば、信じられないほど健全な世界なんですけどね。
でも、権威しか信じられない母には理解できないようです。
私が書店に並ぶような本を書かせていただけるようになって、やっと認めてくれるようになりました。
ただ、権威が認めたものだけを信じるというやり方は楽かもしれませんが、すごく危ういと私は思う。
このことも、両親の価値観との大きな齟齬になっています。
子供のころから、何かを始めようとするときは、両親には決して言わない、内緒にするのが習慣でした。
上記のように、ケチをつけられちゃいますからね(^^ゞ
私は言霊を信じるタチなんで、こういう言葉だけでもひどいダメージを受けるんですよ。
両親とも、良い人であることはわかっています。
父も母も、反社会的な人間では決してないし、間違いなく親切な人たちです。
強権的なところはあるし、私にとっては、「それは性的虐待以外の何ものでもない」と感じることはありましたが、本人に悪気がないことも理解しています。
ただ、決定的に、価値観も世界観も違う。
そして、私はそれを当然のことだと思っているけれど、両親にとってそれは、「さんざ世話になったくせに、自分たちと違う価値観を持つことは裏切り行為」と感じるのだろうということも……意識はしてなくても、無意識にそう感じているらしいということも、なんとなく感じています。
そう。
私と両親の不幸は、私の感性や価値観が、なぜか両親とはまったく違ったことだろうと思います。
特に私には、両親が同和差別を当然のように感じているらしいことが我慢できずにいやでした。
権威の認めたものだけを「是」とする人たちが同和差別を是認することは、自然なのかもしれません。
でも私にとってとにかくそれは、我慢できないことでした。
下品極まりない、野蛮なことだと思えるのです。
でも、幼いころ、私が自分の価値観に正直に行動しようとすると、それが両親には、
「反抗的」
「ずるをするための言い訳」
と映るようでした。
そこでまた、心ない言葉を投げかけられたり、怒られたりします。
本人たちは「叱ってる」つもりなのだと今はわかります。
でも、彼らとまったく違う価値観を持つ私には、わけもわからず怒られてるとしか思えませんでした。
あるとき私が、
「人が差別を作り出すのは自然の成り行きかもしれない」
といったことがあります。
もちろん、差別を是認する言葉ではなく、
「それは人間が弱いから。でも人間は叡智があるのだから強くなれる。だから差別は撤廃できるはずだ」
と続けようとしたんですが、そこで母が、
「やっとあんたも差別を認めたな」
と言ったので、言葉を失いました。
そのとき、価値観のあまりにも大きな違いを実感せずにいられませんでした。
母は悪い人ではないのですが……。
私にはない強さと優しさを持っており、「すごいな」と思うことも多々あるのです。
ただ、親しくなれる人でもありません。
生きていくうえで見ている方向が、あまりにも違うのです。
価値観の違いを実感し始めた私の、最初の行動は、「わかってくれ!」と抗議をすることでしたが、そうすればするほど相手は攻撃的になるとわかったので、「距離を置く」という方法に変えたんですね。
分かり合えないのなら、距離を置くのが一番です。
でもうちの両親は、それさえ反抗的だと言いましたけどね(^^ゞ
そのころから、一度たりとも、
「私の感性を理解してくれ」
と言ったことはなかったと思います。
考えてみれば、私も両親が何を考えてるのかわかりませんでしたから。
分かり合うなんていうのは無理だと思い知るしかありませんでした。
私の価値観を、
「くだらん」「そんなことして何になるの?」と蔑まれたことも、とくに苦には感じませんでした。
そりゃわからないだろうなと思います。
反対に、わかるはずがないと思うのに、
「親なんだから誰よりわかってる」
と言われる方が、不気味でした。
どう曲解しているのだろうと想像して、いやな気分になりました。
絶対わかってないと思うからこそ、「わかってるつもり」になられることが苦痛でした。
相手がわかってるつもりなのに「全然違う……」というと、それがまた反抗的態度だと受け止められて、恫喝されましたから(^^ゞ
私だって両親の感じ方考え方がさっぱりわからないんだから、先方が私のことをわからないのは当然です。
当たり前なんです。
なんの不思議もありません。
私や旦那の仕事は技術職です。
典型的なブルーカラーです。
ホワイトカラーの世界しか知らない父や母が理解できなくて当然。
権威あるものが認めたものしか認められない両親が、認められなくて当然なんです。
それはいいんです。
ただ、両親の価値観を「これが正解なんだ」と押し付けられることだけは、心底堪忍してほしいのですね……。
普段、元気なときは聞き流しもできるんです。
でも、今のように、ダメージを受けまくっているときに、デリカシーのない言葉を投げつけ、
「頼むから、今だけはほうっておいてほしい」
と頼んでも、
「心配して電話してるんやん」
と私が悪いように言われるは……お願いですから、堪忍してください……。
心配してくれてるのはわかるんですよ。
わかるけど……。
なんでそんなに無神経な言葉を口にできるんだろう(>_<)
でもたぶん母は、自分がどれほど無神経な言葉を投げつけているのか、自覚さえしえないのだと思います。
仕方ないんですよ。
世界観も感性も違うんだから。
仕方がないけれど、私は「言葉」に十分苦しめられるタチなんです。
だからお願いだから放っておいてほしいのにね……。
私の願いは、彼らと私たちの価値観が決定的に違うこと。
彼らが自分たちのそれを私たちに押し付けたことが一つの原因で今私たちが大きなダメージを受けているということを認めて、今後押し付けることは一切やめてほしいこと。
それさえわかってくれればいいんだけど……。
ただそれさえわかってくれればいいんですよ。
とはいえ、父の口から、
「おまえたちとは価値観が違う」
という言葉が出たことは何度かあります。
ただそれは、
「だからお前らはおかしい」
という結論に結びつくんですね(^^ゞ
そういう態度が通ると思っているということが、はからずも彼らの生きてきた世界の狭さを露呈させている、と、私は思うのですが……。
でも、自分たちは間違ってない、すべて正しいと思ってるようです。
「あんたが今苦しんでることと、お母さんたちになんの責任もない!」
と言われてしまいました……。
私は少なくとも一因はあると思ってるから、今後価値観を押し付けるのはやめてくれと頼んでるのにね。
「あんたらのことを家族やと思ってるからいうたんやろ?!」
って……。
家族なら、無神経な価値観のゴリ押しが許されるの?
私は親しい人ほど大事にしたいから、相手の価値観を大事にしたいと思います。
大事な相手だからこそ、自分の考えが、相手の迷惑になってないかといつも心配します。
それが私と大事な友達たちとの関係です。
彼らの思う「親しい関係」と私たちの思う「親しい関係」は決定的に違うのでしょう。
でも、言えばいうほど、彼らは、
「(大恩ある)親を否定しやがる、この娘は!!」
と被害者的な感情になるらしいです。
父は強権的なタイプですが、母も、「自分が悪いのではないか?」と自省しない人だということは、よくよく知ってはいるんです。
本当につまらないことでも、決して自分の非を認めないんですよね(^^ゞ
「早朝の電車で大声でしゃべるのは迷惑」
「一車線しかない制限速度50キロの道路で、20キロで走るのは法規違反じゃなくてもマナー違反」
「いくらエスカレーターは歩くものじゃないといっても、いろいろな都合の人がいるのだから、横に並んで立つのはマナー違反」
とても些細なことではありますが、私にとって、母の行動が非常識に映ることが多々あります。
でも、
「やめようよ」
というと、
「あんたは何?腕なんか組んで(その日寒かったので腕を組んであっためてました)エラそう!何様?」
「でもあんたは運転へた!」
……と、だから何?な反応しか返ってきませんでした。
私がそのとき問題にしていることと、本質的に何の関係もないことで攻撃するんですね。
これが母の常套手段です。
そして決して反省しない。
間違いを犯したって、次からただせば恥でもなんでもないと思うのだけれど。
自分の間違いを認めることができないのだと思います。
だからいつまでたっても直らないんだよね……。
だから、私が自分の思うようにならないと、
「あんたは興奮してる」
「もういい!!!」
という反応になってしまうのです。
私から見れば、興奮して冷静ではないのは、先方なのですが……。
言っても理解してもらえないのはわかってるんだけど。
言えばいうほど疲れるだけだとわかっているのだけれど。
でも、言わなきゃテリトリーに土足でズカズカと入ってこられるのです。
自分たちの思う通りにならなければ怒るのです。
わかってるんだけど、頼むからこれ以上、侵略してこないで……。
お願いだから。
今私の精神が限界なんだとなぜわかってもらえないんだろう。
自分が人に対して悪いことをしているなどということを想像もしたことがない、「無辜の人々」って、とても怖いと思うのです。
ただ、願いが叶うのならば、今後1年ぐらい、関わらずソッとしておいてもらえたら、少しは精神状態も楽になるかと思うんですけど……。
許されないんだろうな。
育ててもらい、お世話になった、子供だから(笑)
親子関係って、とても理不尽だと思わずにいられないのです。
親だって、何を考えているかさっぱり理解できない怪物みたいな私のために、お金や労力をかけてきたわけですよね。
もっと自分たちの思う通りになる娘ならよかったろうに。
そう考えると、申し訳なくて仕方ない気分にもなります。
でも私は、彼らの思うような娘にはなれません。
なぜもっと、互いに感謝し合える関係になれる者同士が親子としてこの世に生を受けないのでしょう?
なんとかならんかね(^^ゞ
もう今、ほんとにつくづく疲労困憊なので、深く考えてみる余力がありません(>_<)
でも親たちは、
「わがままだ!!」
「私たちはあんたのためを思って!」
っていうんですよね。
あなたがたの価値観のゴリ押しを、
「肉親だから」
という理由だけで飲んだことを、今私がどれだけ後悔し、呪っているか。
そのことだけでもわかってもらえたらいいのに。
「私たちは関係ないやん!!」
などと無神経に言える人にはわかりっこないのでしょう。
できるならば、もう関わりたくない……。
なのに、価値観が違うことすらわかってくれない相手が、私たちのことを心配してるからといって、
「心配してるんやろ!!それもわからんのか?!」
って言われたって……。
それはもう恫喝でしかありません。
「あれが恫喝か?!」
と母は言いましたが……。
辞書では、
「自分の利益を確保するために罵倒や怒声などで相手を畏怖させる行為を指す。」
とあります。
畏怖させてるって、わかってないんですね。
あなた方は、私を育てた親なんですよ。
莫大なお金を負担させてますよね。
知ってます。
何度も聞きもしました。
そしてもちろん実感としてわかってます。
そういう関係、なんですよ……。
そういう相手から、
「仕事が忙しいからって、おばあちゃんの葬式に出れないというなら、お前の親の葬式に出るな!!」
と怒鳴られて、それが恫喝じゃないと?
それを義父や義母に聞かれて、恥ずかしくないんでしょうね……。
私は想像するだに恥ずかしかったけど。
聞かれることはないだろうと思ってるから、
「あれは家族だと思ってるから言ったことで恫喝じゃない」
なんてアホな、甘えたことが言えるんでしょう。
客観的に考えてほしい。
恥ずかしい人たち……。
そしてそれが誰に影響を与え、だれに迷惑をかけ、どんな結果になってるのかということも。
想像してみさえしないのでしょう。自分たちは誰にも迷惑をかけずに生きてると信じ込んでるんでしょうね。
そのくせ人から指摘されれば、
「関係ない!!」
と逆ギレするのでしょう。
なるべく迷惑をかけないようにしようと、周囲に注意を払って生きていれば、他人から指摘されたら、
「しまった!すいません」
と思えると思うのですが、自分は正しいに決まってると思っていれば、他人からの指摘は中傷としか感じられないのだと思います。
悲しい人たち……。
たぶん、先方は本気で「自分たちは何も間違ってない。すべて正しい」と思ってるのでしょう。
でも私にはそれに付き合いきることはできません。
しょうがないよね。
価値観が違うんだもん。
あなた方が私を、あなた方の価値観の中で心配してることは想像できます。
でもそれは今の私にとっては、ただ傷つく理由にしかならないんです。
普段なら、
「悪気はないんだもん」
と思えるんだろうけど、今の私の精神状態に、追い打ちかけるように、「こちらの心配を認めろ!」って言われたってさ。
……そんなしんどいこと、しなくちゃいけないのかな……
「私たちは心配して言ってるねんで!!」
というセリフが価値観の押しつけだとわかってくれたらね……。
今、この状態で、両親が私にしてくれ得る一番の優しさは、ほっといてくれることなんだけどなぁ。
できれば10年……いや、5年ぐらいでもいい。
「帰ってこなくて大丈夫。自分の世界観の中で羽根を伸ばしなさい。私たちは関わらないから」
って言ってもらえたら、どれほど安堵できるだろう。
どれだけ楽に息ができるだろう。
しんどくて、息苦しくて、悲鳴をあげそうになることがあります。
自分で自分を弱い人間だとは思いませんが……。
どんなにしんどい状況でも、「いつかは抜け出せる」と思えるからこそ、前を向いて頑張っていこうと思えるんですよね(^^ゞ
雅子様の病気がよくならない理由、わかる気がするんですよ。
「一生この環境下で生きていかなくちゃいけないんだ」
と思うと、なかなかね。
とりあえず今の精神状態をなんとかせにゃあかんのだけど(^^ゞ
両親が悪い人では決してない。
ただ、価値観が合わなかったから、そのうえ「親子」という力関係だからこじれてしまっただけだ、と理解してるだけに、余計にね……。
いや。
笑って済ませなくては。
これぐらい、なんともないと言いたい。
もっとタフになりたい。
美しく強いものを見て、それに同調したい。
醜いものは、見なければいい。
ってことで、昨日撮影してきた写真を。

この花はなんでしょう?

ホオジロ。
鳴き声がきれいなので、
「珍しい鳥か?」
と色めき立って、
「なぁんだホオジロか」
とガッカリすることは(←失礼?)日常です(笑)

カワラヒワ。
鳴き声がきれいなので癒されます。

クマバチってエゴの花も好きなんですね。

春の草原。
クローバーって、ただの白なのになぜこんなにふんわりしてるんでしょう?

ニワザキショウとの共演。
白とピンクってきれいです(#^.^#)
紅白饅頭?
……よっしゃ。がんばるかぁ!!
土台
昨日は、枝豆とオクラの植え付けでした。
写真がないのでよくわからないと思うのですが、ポットに土を入れて種をまき、あらかじめ苗を作ってあったんです。
そしてその苗を畑に移すわけですが……。
これがね〜もう、大変(^^ゞ
苗がスポンと抜けないんですよ。
畑主さんに聞くと、
「苗を作る土をもう少し圧縮しとかなあかんかったな」
とのこと。
苗の作り方からちゃんと聞いときゃよかった(>_<)
まぁこれも勉強ですね。
畑へは今、私たち夫婦と、奈良在住の男性が作業をしています。
彼はFACEBOOKを見て参加表明してくださったんですが、チャキチャキ動いてくれはるんで、私たちも影響されてます(笑)
で、苗も我が家と彼の家で作ったんですが、大阪のほうが温かいのか、我が家の苗のほうが成長もいい。
根もちゃんと張っている。
……ということで、うちの苗は結構「スポン」と抜けてくれたんですよ。
成長の悪い苗は、土がボロボロになってしまい、うまく抜けてくれません。
よく言うでしょ?
木の生えた斜面は土砂崩れしにくいって。
これを見てると本当だなと思います。
根が張ることによって、土が強固になるんですね。
木は土の養分を吸って育ちます。
土に生かされていると言っていいかも。
でも、土はその木に守られているんですね。
「共生」
こんな形でのギブ&テイクもあるんだなと思います。
でもまぁなんとかボロボロさせながら苗を畑に植え替え終わりました。
枝豆を2列半。
オクラを半列。
畝どうしの幅は1.1メートル。
種を撒く間隔は、枝豆で35センチ。
オクラで50センチとなります。
……こういうことは来年のために覚えとかんとね(^^ゞ
「来年はあんたらのしたいように、好きにやってもらおかなぁ」
という畑主さんの言葉は、たぶん冗談だと思いたい……。
無理。
奈良の彼は、いつも「次に何をすべきか」と考えて動く人なので、作業はいつもサクサク終わります。
昨日も結局1時間ぐらいかからなかったかな?
「勝手に生えてんねん」
とおっしゃるフキをいただいて、家の中で肥料について学びます。
肥料の基本は、NPKです。
わかります?
つまり、窒素とリン、そしてカリウム。
窒素は葉を茂らせ、リンは根を丈夫に、カリウムは実を大きく甘く実らせます。
だから、たとえば青菜類は窒素肥料が重要。
大根を植えるのに、カリウムばっかりあげても意味がない。
ただ肥料をあげればいいってもんじゃないのよ!
あと、鶏糞などの有機肥料は発酵が必要なので即効性がないとかね。
そして、発酵の際のガスが、植物に害を与えることもあるとか。
もう、いろいろ勉強すること、ありすぎ(笑)
とはいえ、これで、ジャガイモ、トウモロコシ、枝豆、オクラが畑に育ち始めました。
再来週はナスですよ!
どんどん秋が楽しみになってまいります(#^.^#)
写真がないのでよくわからないと思うのですが、ポットに土を入れて種をまき、あらかじめ苗を作ってあったんです。
そしてその苗を畑に移すわけですが……。
これがね〜もう、大変(^^ゞ
苗がスポンと抜けないんですよ。
畑主さんに聞くと、
「苗を作る土をもう少し圧縮しとかなあかんかったな」
とのこと。
苗の作り方からちゃんと聞いときゃよかった(>_<)
まぁこれも勉強ですね。
畑へは今、私たち夫婦と、奈良在住の男性が作業をしています。
彼はFACEBOOKを見て参加表明してくださったんですが、チャキチャキ動いてくれはるんで、私たちも影響されてます(笑)
で、苗も我が家と彼の家で作ったんですが、大阪のほうが温かいのか、我が家の苗のほうが成長もいい。
根もちゃんと張っている。
……ということで、うちの苗は結構「スポン」と抜けてくれたんですよ。
成長の悪い苗は、土がボロボロになってしまい、うまく抜けてくれません。
よく言うでしょ?
木の生えた斜面は土砂崩れしにくいって。
これを見てると本当だなと思います。
根が張ることによって、土が強固になるんですね。
木は土の養分を吸って育ちます。
土に生かされていると言っていいかも。
でも、土はその木に守られているんですね。
「共生」
こんな形でのギブ&テイクもあるんだなと思います。
でもまぁなんとかボロボロさせながら苗を畑に植え替え終わりました。
枝豆を2列半。
オクラを半列。
畝どうしの幅は1.1メートル。
種を撒く間隔は、枝豆で35センチ。
オクラで50センチとなります。
……こういうことは来年のために覚えとかんとね(^^ゞ
「来年はあんたらのしたいように、好きにやってもらおかなぁ」
という畑主さんの言葉は、たぶん冗談だと思いたい……。
無理。
奈良の彼は、いつも「次に何をすべきか」と考えて動く人なので、作業はいつもサクサク終わります。
昨日も結局1時間ぐらいかからなかったかな?
「勝手に生えてんねん」
とおっしゃるフキをいただいて、家の中で肥料について学びます。
肥料の基本は、NPKです。
わかります?
つまり、窒素とリン、そしてカリウム。
窒素は葉を茂らせ、リンは根を丈夫に、カリウムは実を大きく甘く実らせます。
だから、たとえば青菜類は窒素肥料が重要。
大根を植えるのに、カリウムばっかりあげても意味がない。
ただ肥料をあげればいいってもんじゃないのよ!
あと、鶏糞などの有機肥料は発酵が必要なので即効性がないとかね。
そして、発酵の際のガスが、植物に害を与えることもあるとか。
もう、いろいろ勉強すること、ありすぎ(笑)
とはいえ、これで、ジャガイモ、トウモロコシ、枝豆、オクラが畑に育ち始めました。
再来週はナスですよ!
どんどん秋が楽しみになってまいります(#^.^#)
霜
下りたそうです。今朝。
都祁には(^^ゞ
でも、今日は都祁の畑へ行ってきます。
オクラと枝豆の植え替え作業をするんですが、明日も霜が降りたら、やばいかなぁ?
畑作業は、天気との兼ね合いが大きい。
そして、天気が人間の都合やらテクニックやらでなんともならないということに改めて気付いたりします。
つくづく、地球は生きてるんですよね。
さてさて。
おととい、新しい仕事の打診をいただきました。
ライターの単価が下がっているというのは、皆さんがおっしゃってますが、1文字2円とか、1.5円とか。
お世話になっている編プロさんからのお話ならお請けするんですが、結構キツイっす(^^ゞ
ただそれでも、勉強になるような内容なら嬉しいんですけどね……。
どう〜しても割に会わなければお断りすることにもなるんですが、別の編プロさんから打診を受け、テストとして少しやってみて、
「これは無理だ」
とお断りした仕事が、別の編集さんから打診を受けることになったってことは……。
あれからどうなったんだろう??
お断りした理由は、時間に猶予がないからなんですね。
依頼をうけたら2時間ほどで原稿をあげなくちゃいけない。
請けてしまったら、家を出られませんし、その仕事に追いかけられることになります。
そして、単価がすごく安いんですよね……。
この仕事のために取材を断るわけにもいかないし、外出もしたいしということでお断りしたんですが、編プロさんも、
「これはちょっとキツイ仕事ですよね」
とおっしゃってました。
で、別の編集さんが、まったくもってその仕事について、
「誰かやってくれる人、いませんかねぇ?」
と募集してはった、と。
編プロさんとしても、この仕事は
「割に合わない」
と感じてはるってことでしょうね。
それでタライマワシ的になってる?
でもどこかの編プロさんが請けはるんでしょうね。
それで少しでも収入になればいいんだけど、実際のところ、
「受ければ受けるほどキツイ」
になるんじゃないのかなぁ……。
そういう仕事が増えてきているようにも思います。
出版社の社長さんから、
「大変!!」
という話も聞かされます。
不景気をつくづくしみじみ感じますねぇ(^^ゞ
不安に思ってしまったら閉塞的になるんで、なるべく楽観してますが(^^ゞ
その点、大地と天気は変わりません。
人間の世界がどうだろうが、太陽は変わらずひかりと熱をくれるし。
大地はさまざまなものを生みだします。
そちらに意識を同化すれば、浮上するものもあるはず!
ってことで、そろそろ出掛ける準備をします。
……っていうかね(>_<)
パソコンの調子が悪くて(T_T)
最近毎日のようにハングしますねん。
で、書いた記事が消えてしまいまして……(>_<)
今日はこれくらいにしときますけども……ふふっ。
ってことで、出掛けます(笑)
落ち込んでるとき、橋下さんの動画は、妙に元気が出るなと気付いた次第です。
なんかすごいわかりやすい、勧善懲悪の時代劇みたい(笑)
とりあえずしばらくは、元気が出ること探していきます!
都祁には(^^ゞ
でも、今日は都祁の畑へ行ってきます。
オクラと枝豆の植え替え作業をするんですが、明日も霜が降りたら、やばいかなぁ?
畑作業は、天気との兼ね合いが大きい。
そして、天気が人間の都合やらテクニックやらでなんともならないということに改めて気付いたりします。
つくづく、地球は生きてるんですよね。
さてさて。
おととい、新しい仕事の打診をいただきました。
ライターの単価が下がっているというのは、皆さんがおっしゃってますが、1文字2円とか、1.5円とか。
お世話になっている編プロさんからのお話ならお請けするんですが、結構キツイっす(^^ゞ
ただそれでも、勉強になるような内容なら嬉しいんですけどね……。
どう〜しても割に会わなければお断りすることにもなるんですが、別の編プロさんから打診を受け、テストとして少しやってみて、
「これは無理だ」
とお断りした仕事が、別の編集さんから打診を受けることになったってことは……。
あれからどうなったんだろう??
お断りした理由は、時間に猶予がないからなんですね。
依頼をうけたら2時間ほどで原稿をあげなくちゃいけない。
請けてしまったら、家を出られませんし、その仕事に追いかけられることになります。
そして、単価がすごく安いんですよね……。
この仕事のために取材を断るわけにもいかないし、外出もしたいしということでお断りしたんですが、編プロさんも、
「これはちょっとキツイ仕事ですよね」
とおっしゃってました。
で、別の編集さんが、まったくもってその仕事について、
「誰かやってくれる人、いませんかねぇ?」
と募集してはった、と。
編プロさんとしても、この仕事は
「割に合わない」
と感じてはるってことでしょうね。
それでタライマワシ的になってる?
でもどこかの編プロさんが請けはるんでしょうね。
それで少しでも収入になればいいんだけど、実際のところ、
「受ければ受けるほどキツイ」
になるんじゃないのかなぁ……。
そういう仕事が増えてきているようにも思います。
出版社の社長さんから、
「大変!!」
という話も聞かされます。
不景気をつくづくしみじみ感じますねぇ(^^ゞ
不安に思ってしまったら閉塞的になるんで、なるべく楽観してますが(^^ゞ
その点、大地と天気は変わりません。
人間の世界がどうだろうが、太陽は変わらずひかりと熱をくれるし。
大地はさまざまなものを生みだします。
そちらに意識を同化すれば、浮上するものもあるはず!
ってことで、そろそろ出掛ける準備をします。
……っていうかね(>_<)
パソコンの調子が悪くて(T_T)
最近毎日のようにハングしますねん。
で、書いた記事が消えてしまいまして……(>_<)
今日はこれくらいにしときますけども……ふふっ。
ってことで、出掛けます(笑)
落ち込んでるとき、橋下さんの動画は、妙に元気が出るなと気付いた次第です。
なんかすごいわかりやすい、勧善懲悪の時代劇みたい(笑)
とりあえずしばらくは、元気が出ること探していきます!





